おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson 174 「セレブ」禁止令 「セレブ」という言葉がはやっている。 この言葉、私は、恥ずかしくてしょうがない。 私は、使わない言葉だけど、 人が使ってるのを聞くだけで、 恥ずかしくてしょうがない。 だから、私の周りでだけ、禁止語にしようと思う。 ちょっと前、「カリスマ」という言葉が流行った。 テレビで、ある美容師さんを紹介するとき、 字幕で肩書きに、でかでかと、 「カリスマヘアーメイクアップアーティスト」 と書かれていて、 もう、見るだけで、恥ずかしくてしょうがなかった。 「美容師」とか、「腕のいい美容師」 と口で紹介するだけじゃだめなんだろうか? 美意識の高いご本人は、こんな風に言われて 恥ずかしいんじゃないだろうか? これを他の人は、恥ずかしいと思わないんだろうか? あのときも、恥ずかしくて、恥ずかしくて どうしていいか、わからなかったが、 やっと、「カリスマ」が下火になったと思ったら、 こんどは「セレブ」が気になりだした。 この言葉の流行に関係したであろう 「セレブリティ」という映画は、たまたま観ていたが、 この映画に、なんの罪もなく。 また、この言葉が流行る、ずっと以前から、 「セレブリティ」と呼ばれている「名士」の方々にも、 私は、なんのうらみもない。 考えたら、「名士」、ご本人は、 決して、自分のことを「セレブ」とは言わない。 例えば、皇室のどなたかが、 「私たちセレブは……」 という言い方をされるか? というと、決してない。 また、私のふるさとで 農業をやっている親戚のおじちゃんや、 おばちゃんたちの文化圏でも、 ほぼ今世紀中に、登場しない言葉だと思う。 そうやって考えていくと、 いまの日本で、「セレブ」という言葉を 頻繁につかっているのは、 ある層に限られる。 たとえば、テレビで、 化粧品を紹介するアナウンサーが、 「これは、もう、 ニューヨークのセレブの間では常識のアイテム。 さあ、あなたも、さっそく手に入れて、 この冬、セレブの仲間入り!」 などと、言っているのを聞くと、 恥ずかしくて、恥ずかしくて、 「お願いだから、はずかしいので、勘弁してください」 とあやまりたいような気分になる。なぜだろう? マスコミの「セレブのお宅拝見」みたいな企画で、 お金持ちの家をたずね、 内装に何億かけたか、とか、 玄関の壷が、一個7千万円もするとか、 宝石やブランド品を次々見せてもらって、 「すごいですねー! これ総額おいくらですか?」 とか、聞いて、そのたび、 「すごい!」「すごい!」を連発しているのだけれども、 それは、本当にすごいことなのだろうか? 立派な家を建てる。 豪華な調度品を買う。 宝石や、ブランド品を次々と買いそろえる。 ということは、考えたら、 お金があれば、だれでもできることだ。 自分のセンスがなければ、 スタイリストを雇って買ってきてもらえばいい。 私でも、いま30億円ほどもらえれば、 あまり苦しまずにできると思う。 そう考えたら、そこの側面は、 あんまり、すごいことではないのかもしれない。 確かに、その30億円を創りだすような人生の方は すごいと思う。私はそっちの方に興味がある。 また、きっと、そういうお金持ちの人なら、 「ものを買う」以外にも、すごく面白いお金の使い方を しているにちがいない。 むしろそっちを紹介してくれるといいのだが、 なぜか、そういう部分には、あまり光をあててくれなくて、 豪邸・宝飾品・ブランド物……となる。 会社員の友人は、 お金持ちとの見合いを繰り返している同僚から、 真顔で、 「ねえ、セレブになるには、どうすればいいの?」 と聞かれたそうだ。 私は、平然と「セレブ」という言葉を使っている人が 不思議でしょうがない。 でも、かなり広範囲に観るから、 その人たちにすれば、私の方がおかしいのだろう。 今年、講演で、ずいぶん、あちこちの地方にまわった。 あちこちに泊まったり、 移動中、車窓の風景を見たりしながら、 「地方」には、二通りの風景があるな、と思った。 ひとつは、 東京の方を向いて、東京になれなかった地方の風景。 もうひとつは、 特に郷土色豊かでなくとも、 ちゃんと人が「そこに」生きている感じのする地方の風景。 地方にいくと、 とってつけたようなテーマパークとか、 形だけ「今風」にした店とか、 入ると、なんとも、寂しい、 虚しい感じに襲われるところがある。 ある地方で、カフェに入った。 システムだけは、 スターバックスのようなセルフサービスの店をまねてある。 店員の制服や、店構えも都会風にしている。 だが、どうしてだろうか? すいた店内で、初老のおじさんが、 自分で、お水を取りにいく姿や、 ビニールにパックされた紙おしぼりをとってくる姿が、 都会では、なんともおもわなかったのに、 田舎では寂しく映る。 それに、セルフサービスにしては微妙に値段が高い。 わたしも、地方出身者だから、あえていうと、 椅子も、テーブルも、 店員の制服も、メニューも、 はしばしから、田舎臭さがしみだしている。 どうしてか、地方では、 都会の仕事をまねようとすると、 逆に、仕事の「田舎臭さ」が浮き立ってしまう。 都会の「洗練」は、 たぶん、「洗練しよう、洗練しよう」として 出てきたものでなく、 厳しい競争社会や、効率主義の中で、 生き残っていくために、 いやでも、洗われ、練られ、した結果なのだと思う。 いやでも、洗われ練られた結果、 生じた何らかの「かっこよさ」を、そこだけ、切り取って、 田舎に移植しようとしても、 それは、そこの生活構造からにじみ出たものではないから、 「野暮」と映る。 洗練と野暮。 逆に、今年、地方のかっこよさを一番感じたのは、 宮崎に講演にいったときだった。 集まった高校生の講演後の質問が、 意表をついていて、面白くて、 答えていたら、あっという間に1時間たっていた。 わたしは、宮崎の高校生たちのインテリジェンスに 感動してしまった。 都市の高校生も好きだ。 だが、「質問」を求めると、なんというのかな、 本当にその子が、聞きたい、わからないこと を聞いてくるのではなくて、 「この場では、このような質問をすることが、 ふさわしいのではないか」 と気を利かせ、じつに解答しやすい質問をしてくれる。 答えながら、私は、なんとなく 予定調和な問答をしているなと思う。 大人に歓迎されそうな質問を、 あらかじめ想定して聞ける、 これは、知的に洗練されている。 都市の生徒の質問は、あるいは、要約すると、 「短時間に効率よく、 点の取れる文章を書くにはどうしたらいいか?」 というような、みもふたもないものも、多い。 こういう質問は、何人聞いても、 表現はちがうが、結局は同じ答えを導きだす。 ところが、宮崎の生徒は、文章を書く上で、 ほんとうに、腹からわからないこと、 わきでてくるような質問で、 次、なにが出るかわからず、 一人、一人、オリジナリティに満ちていた。 講演中も、目がキラキラ輝いていて 素敵だった。 あとで、 宮崎の高校生は、いわゆる「予備校的な刺激」に なれていないのだ、ということを聞いた。 都会の子は、洗練された情報があふれ、 効率的な学習方法、学習情報が充実している。 勉強をしていて、なにか、もやもやとしたら、 すぐ、予備校の先生から、参考書から、 「もやもや」は引き出され、形をあらわにされてしまう。 そこには、自分が感じた「もやもや」の正体を、 自分以上に適確な言葉で表現してくれ、 その解答をだしてくれ、 そこへ最短距離でアプローチする方法までも、 だしてくれる情報が、まちかまえている。 都会の子は、勉強で感じた「もやもや」を、 醗酵させる時間がない。これは、しんどいことだ。 しかし、情報が少ない地方にいれば、 勉強で感じた「もやもや」を、超効率よくは解消できず、 自分で抱えることになる。 もやもや、もやもやと、形にならず、抱え続けることで、 醗酵し、根が伸びる。 だから、 早くから情報の洗練を経験している都市の子に比べ、 地方の子は根が強い。潜在力がある。 その状態のところへ、ある日、都会から 少し洗練された情報がはいってくれば、 その刺激で、いままで、 たまりにたまっていた問題意識が炸裂する。 わたしが、宮崎の生徒たちに感じたインテリジェンスは、 考え続ける生活構造、根の強さから繰り出たもので、 ほんとうにかっこよかった。 だが、このかっこよさもまた 都会人がまねて、情報鎖国のようなことをやってみても、 「疎さ」とか、 「鈍さ」のような似て非なる形に映ってしまう。 「セレブ」という言葉を使う人の姿に、私は、 東京の方を向いて、 東京になれなかった地方の風景を見る。 「洗練」を生み出す、 生活構造や精神構造を理解せず、 洗練に咲いた「華」だけをまね、ほしがる心のあり方は、 「野暮」だ。 大切なのは、自分に「洗練」と映る人のマネをせず、 彼らの後を追わず、 自分の想いと歴史に根ざした 「スタイル」をつくりだすことではないだろうか? 『あなたの話はなぜ「通じない」のか』 筑摩書房1400円 『伝わる・揺さぶる!文章を書く』 山田ズーニー著 PHP新書660円 内容紹介(PHP新書リードより) お願い、お詫び、議事録、志望理由など、 私たちは日々、文章を書いている。 どんな小さなメモにも、 読み手がいて、目指す結果がある。 どうしたら誤解されずに想いを伝え、 読み手の気持ちを動かすことができるのだろう? 自分の頭で考え、他者と関わることの 痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。 (書き下ろし236ページ) |
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2003-11-26-WED
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