おとなの小論文教室。 感じる・考える・伝わる! |
Lesson183 タイミングの力 今日は、「依頼を成功させる秘訣はなにか?」 みたいな話をしようと思う。 (先週の「ひらく」に、熱いメールをありがとう。 「ひらく」については、とびとびになるけれど、 気づきがあるごとに、ここに掲載していくので、 ひきつづき、知恵を貸してください) ここ2週間に、出版社から仕事の依頼があいついだ。 編集者さんにも次々とお会いした。 フリーランスの人ならわかると思うけど、 仕事は、くるときに、必ず集中してくる。 こないときは、まったく来ない。 フリーランスになりたてのころ、しばしば、 「自分は、地球上から忘れ去られているのではないか?」 という日があった。 電話もこない。 メールもこない。 不思議にそういうときは、友人からの誘いもこない。 郵便配達さんのバイクの音がひびくと、 ダダダ、と下の郵便受けにすっとんでいくが、 カラだとわかって、がたんと閉める。 そういうときは、「さっぱり!」する。 仕事、さっぱり。 「さっぱり!」 と言って、しんと、空を見上げる。 潔く、なかなかいい気分だ。 ところが、仕事がくるとなると同時にくる。 必ず、一個ではこなくて、 必ず、同じ方向性のものが、複数まとまってくる。 「どっかで、だれかがしめし合せているのか」 と思うくらいだ。 これも、フリーランスの人ならわかると思うが、 この肉の皮で囲まれた体ひとつで、できる仕事は、 会社員のとき想像したより、ずっとずっと少ない。 つまり、依頼の総量はたいしたことはなくとも、 受け皿がちいさいから、仕事を断らざるをえなくなる。 「ああ、この仕事、 まとまってこずに、ばらけてきてくれたら。 あのさっぱりした時期にきてくれていたら……!」 かなわぬと、わかってるのに、 なんどでも、そう願ってしまう。 それで、ふと思ったのだ。 受けた仕事と、受けきれなかった仕事、 いったい何が、違うんだろう? 私は、もともと編集者だ。 「どうしたら、著者に 依頼を引き受けてもらえるんだろう?」 みたいなことを、ずっと考えてきた。 だから、その謎を 思いもよらず書き手の側にまわって、 体をはって解明できるこの機会に、興味津々だった。 なぜ、私は、この仕事をお引き受けしたのだろう? なぜ、私は、この仕事をお引き受けできなかったのだろう? 依頼を成功させるものは何? と考えたら、 今回は、ひとつ、明確な答えがあった。 タイミングだ。 依頼は、1月に集中した、 今回に、受けきれた仕事は、この一歩前、 12月とか、10月末にいただいていた。 これより早くても 前の仕事がつまっていたし、遅ければ集中した。 タイミングの問題はおおきい。 もちろん、それだけではない。 仕事を見極めるには、志、対象、内容と、いろいろある。 それでも、受ける側にまわって、初めて、 依頼において、タイミングがこれほど雄弁だったのか! と驚いた。それは、打たれるような気分だった。 そのことを、タイミングのよかった編集者さんに言ったら、 「スピードこそが誠意」という言葉が返ってきた。 コミュニケーションにおいて、 時間は特別なもののような気がする。 時間の量は、自分の命を注ぐ量のあらわれだし、 スピードは、相手に対する優先順位の高さの表れだ。 メールでも、すぐさま、返信が帰ってくれば、 短くてもインパクトがある。 それは、日々の雑多なものごとの中で、 自分のことを優先してくれたことがわかるからだ。 スピードこそが誠意。 会社にいたころ、私は、頼みごとをしたり、 相手へのお手紙に時間をかけたい方だった。 あの、想いをこめた日々の中、知らずに私は タイミングをのがしていたのだろうか? そもそも、よいタイミングを生むものは何だろう? と、さらに考えた私は、その秘密の一端を、 タイミングのよかったもう一人の編集者さんの言葉にみた。 その人は、依頼したときのことをこう言った。 「思い出してみますと、 ズーニーさんにご連絡差し上げたとき、 正直言いまして、売れ行き状況とか、世間の反応とか、 そういうものから入ったわけではなく、 なにかあの時、感情が自然と昂じてきた気がします。 いろんな編集者の人からこうすべき、ああすべきと、 いろんなことを言われますが、 やっぱり自分の気持ちに正直になるのが一番なのかな、 と思いました。 ベストなタイミングは自分の中にあるのかもしれません」 ベストなタイミングで依頼をくださった2人は、 まだ編集者になるまえから、熱心な「ほぼ日」の読者だった。 ベストなタイミングには根拠がある。 私は、自分の経験をふりかえって、 失敗した依頼は、何か外側からはいっていたなと思う。 たとえば、何かのテーマで特集を組まなきゃいけなくなって、 「自分はそのテーマに弱い、どうしよう、だれに頼もう」 と、必要にせまられて、焦って、 「そのテーマに強いらしい人」を、 雑誌やムックからかきあつめてきて、選んで、 お茶漬けをかきこむように、その人の本を読み、 そそくさと依頼にでかける、ようなこともあった。 でも、そんな依頼、受ける側にまわったら、 わかるものだ、と、いまはよくわかる。 すでに世間に注目されたもの(1次情報)をかき集めて、 「この人がいいらしい」で、選ぶことは、 結局「2次情報」だ、 出遅れるのも、あたりまえの話で。 逆に、自分の想い、実感から起こした依頼は、 別に、マスコミの光があたってない1次情報をとか、 タイミングとか、ねらったわけではないのに、 気づけばそうなって、結果的に新鮮と人に映った。 2次情報でなく、1次情報……。 超売れっ子を争奪して勝ち取る仕事人も ほんとにすごいんだろうけど、私にかっこよくうつるのは、 どうしてか、まだ世間が光をあてていない人間に、 自分の内なる感覚を信じて、依頼をする仕事人の勇気だ。 と、ここまで考えたとき、「はっ」とした! 私は、いままで2冊本を書いた。 まだ1冊も本を書いたこともなく、 海のものとも山のものともわからなかった私に、 本を書かせようとした、この2人の編集者さんの勇気は? 私にとって、この2人のタイミング力っていったい?! じゃあ、じゃあ……と考えていった。 私がフリーランスになって、 あの「さっぱり」とした日々の中で、 いや、「さっぱり」とした日々を得たからこそ、 その中で、出会い、つきあってきたのは、 そういう開拓者のような、そういう恐れを知らない、 かっこいい仕事人ばかりだったではないか、と気がついた。 現実の中にスターがいた。 なんか、ぞくぞくしてきた。 ぞくぞくは次第に大きくなっていった。 私は有名ではない。 私のことも、私の本も、知ってる人より知らない人の方が ずっとずっと多い。 そのようにして、今あることの幸せを思う。 有名でないからこそ、2次情報や、 外側から判断した人が近づいてきようがない。 肩書きや地位がないからこそ、人は、 私や、私が書いたものの中身を見て、 揺れながら自分で判断するしかない。 内面でつながっている。 これはかけがえなく、よいことだと思う。 いま、明日が見えない人も、いま、つらくなっている人も、 きっと明日に向かって、きっとそれと気づかず、 きっとこんな、かけがえのない出会いをしている。 タイミングの力を学ぶべき師匠がいるとしたら、 それはきっと、 メディアの栄光の中にではなく、自分の現実の、 「さっぱり」とした日々に、あらわれている。 あなたもすでに出会っているのではないだろうか? 『あなたの話はなぜ「通じない」のか』 筑摩書房1400円 『伝わる・揺さぶる!文章を書く』 山田ズーニー著 PHP新書660円 内容紹介(PHP新書リードより) お願い、お詫び、議事録、志望理由など、 私たちは日々、文章を書いている。 どんな小さなメモにも、 読み手がいて、目指す結果がある。 どうしたら誤解されずに想いを伝え、 読み手の気持ちを動かすことができるのだろう? 自分の頭で考え、他者と関わることの 痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。 (書き下ろし236ページ) |
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2004-02-04-WED
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