YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson185 想う自分、現在の自分

昨春、みごと難関の出版社に就職したAさんから、
就職活動の厳しさについて、こんなメールをもらった。


<押し寄せる初めての現実に>

5年かけてようやく大学を卒業しました。
4年生を2回、つまり就職活動を2回経験しています。

回数に比例して面接・書類審査などの
「通過」の数も増えるという定説もなんのその、
2年間で通算100社は落ちたかと思います。

自己PRに志望動機。
「自分は何者?」の迷路に迷い込み、
消しては書いての繰り返しでした。
何を書いてもきれいごと、嘘を書いては自己嫌悪。

「わかってくれ!」と
「わかられてたまるか!」を同時に叫んで、
その結果、言語不明瞭の叫び声をあげているだけ
という状態にいました。

そんな日々を過ごしていた時期に出会ったのが
『おとなの小論文教室』でした。
私は懐かしさを覚えたのです。
誰かに理解されなくて落ち込んだり、
誰かを理解できなくて考えたり。
そうやって、「考える」ことで人と関わってきた自分を
思いだしたのです。

当時の私はコミュニケーションの
「スキル」を追うことに懸命でした。
外側を整えることで面接官と向き合おうとしていたのです。
「習得」の前に「理解」。
原点とも言える自分自身の「これまで」に
改めて目を向けることができました。

それをきっかけに事態は好転、
といけばドラマチックなのですが
現実はそれ以降も散々苦しみました。

ただこれだけは言えます。
『おとなの小論文教室』から学んだことは
就職活動を終えた今でも生きています。
「水面上」の氷山ではなく、
「水面下」の氷山に目を向けることを教えてくれたからです。

押し寄せる「初めての現実」につぶされそうになる
という側面が就職活動にはあります。

だからこそ、その場しのぎの文章術ではなく、
その根底に流れる自分自身を意識し、
それを踏まえての文章術をと考えます。

(Aさんからのメール)
………………………………………………………………………

ちょうど、このメールをいただいたころ、
私は大学で、低学年向けに短期の文章講座をはじめた。

学生たちは、就職活動がはじまると、
文章力の必要性を知って、あせって求めるけれど、
それが、なかなか身につかないそうなのだ。
それで、余裕のある低学年のうちから、との依頼だった。

講座の初回には、まず、
「やりたいこと」をめぐる、いま自分の本当の想い
を書いてもらった。

初回で目指すのは、
人から感心される立派なことを書くことではない。
どんなにささやかでも、かっこよくなくても、
「自分が本当に想っていること」を書く、ことだ。

書き終わったとき、自分でも、
「本当に自分が想ってることが書けた!」という納得感、
それを初回のゴールに設定した。

そのために必要なことは二つ。

「自分の頭で考える方法」を手にすることと、
「うそのない文章を書こう」という意欲を持つことだ。

私は、「問い」という道具を使って、
自分の考えを引き出す方法を
ナビゲーションした。

さらに、文章は水面に表れた氷山の一角のようなもので、
その下には、何倍もの大きな
書き手の想い・生き方・価値観=「根本思想」が
横たわっていることを伝えた。

根本思想は、言葉の製造元、
どんなに短い文章にも、色濃く表れてしまう。

ふだん環境を荒らしつづけている人が、
就職のためにと環境保護を訴えても、読み手に響かない。
文章は、この点で甘くない。
逆に言えば、根本思想はそれだけ強いものだからこそ、
書き手の「想い」と「言葉」が一致したとき、
非常に強く読み手を打つ。

この話をすると、
「え? 自分が想ってることなんか、
 文章に書いてもいいの?!」
と、そこから衝撃を受ける人もいる。
それくらい、自分の受けてきた教育の中で、
文章を書くことと、自分の内面とは、
距離がある、ととらえている人もいる。

その理系の大学に通う学生さんにとって、
講義室で、
自分が心から本当に想っていることを書くことは、
人によっては、初めての衝撃だったかもしれない。

そうして学生さんが書いて提出してきた文章を読むと、
予想通り、いまの学生さん、そのものの文章だった。

やりたいことがまだ見つからなかったり、
あっても言葉にしたら、非常にささやかなことだったり、
好きなことはあっても、それがどう仕事に結びつくのか
いっこうに見えなかったり。
そんな自分を反省してみたり、これでよいと想ってみたり。

読んでいると目頭が熱くなってきた。

ぜんぜん泣くような文章でない。
どうしたんだ? と自分の方が驚いた。
だってこれは、ごく普通の、
いまの学生そのものだ。

そう思って、はっとした。

まさに、「いまの学生そのもの」だ!
どこにも、なんのかっこをつけることなく、
体裁のいいオチでまとめあげることもなく、
どの答案も、どの段落も、
「本当のこと」だけが書かれていた。

だから、空々しさがなく、
「これは、ほんとうのことだ」
「これは、ほんとうのことだ」と、
読み進んでいくと、
私の内面から突き上げてくるものがあった。

書くのに勇気がいったろう。

そこには、自分の本当の想いを言葉にしたことへの衝撃、
本当のことを書いたら、これだけだったという痛み、
本当のことを書いたことへの、ささやかな誇り、
自分が書いたことへのほのかな愛おしさのようなものが、
ある緊張感をもってまざりあっていた。

その緊張感とは、考える、ということで、
うまくまとめ上げて逃げない、という緊張は、
文章のすみずみまで、最後まで途切れることはなかった。

若い人の「開きっぷり」に打たれた。

これは、参考書には、載らない文章だ。
もしかすると、改作後との差を出すための
「改作前」として載せられる文章かもしれない。

それでも、
こういう文章にこそ、敬意を払わなければいけない。
多くの人に読んでもらいたい、と強く想った。

以前、「一人称がいない」シリーズで、
読者のはるみさんからのメールに、
こうあったのを思い出した。

<問題の根本は、
 人々が「自分が望む自分」と「現在の自分」というものに
 大きなギャップを抱いているからではないかと思います>

就職活動の難しさも、まず、そこではないかと想う。

なにもしないままだと、
自分が想う自分は、現実の自分とズレている。
自分への幻想を抱いたまま、
就職活動にのぞみ、
そこで、はじめて、「こんなはずでは……」とゆらぎだす。

そんな土壇場になって、自分が揺らぎだしても
もう、そんな自分、なかなか受け入れることはできないし、
みたくない。明日が面接というときに、
弱い自分、醜い自分を、いまさらひっくり返して
わざわざ、みる人はいまい。

そこで、傾向と対策など、
洗練された情報を仕入れて、
外側から固めようとする。
自分への幻想は抱いたまま、
かっこをつけた言葉を書いているとどうなるか?
自分の実像と幻想に、
ますます距離ができてしまう。

それで受かっても幻想はつのり、
逆に、落ちたら「後悔」がつのる。
どっちにしても消耗感がある。

今回、書くことによって、
自分への幻想をとっぱらい、
自分の正体を見たことは、
学生さんにとってとても価値あることだと思った。

小さくても、弱くても、
それが、いまの自分。
ここから、就職活動にむけ、自分を高めていけばいいのだ。

まだ、自分の現実を見るとこさえもいってない、
スタートラインにも立てない人にくらべれば、
ずっと確かな歩みだ。

いま、就職活動には、会社側の求める傾向をとらえ、
わかりやすく対策を示した情報があふれている。
でも、そうした便利な情報を手にしても、
なお、学生が消耗感を強めているような気がする。

そういうマニュアルに載っていないのは、
自分の本当の想いであり、自分の現実の姿だ。

未経験の世界に挑むとき、
私もそうだったが、自分への幻想がある。
これを取り払うまでに、かなりのエネルギーを使い、
幻想が大きければ大きいほど、消耗も激しい。

だから、未経験の世界にアプローチするときは、
自分にうそのない文章を書くことで、
自分への幻想を取り払って、
常に、常に、常に、自分の正体を見つめて
前に進むことが大切だ。

書くことで、まず、
自分と自分の通じをよくしておく。
これが、できて、はじめて、
自分以外の他者に、言葉を通じさせることができるからだ。

本当の想いを書くことは、
何より、愉しいんだな、学生さんを見て思った。
書いているときは苦痛でも、
書き終わったとき、ひそかな「歓び」がある。

逆に、本当のことが書けないと、
文章は書いていて、どんどんつまらなくなって
元気が出なくなってしまう。

「歓び」がないと文章修行は続かない。

就職活動の人も、
春から未知の経験にアプローチする人も、
自分の幻想を取り去る、書く時間、
自分の想いを語る、書く歓びを
大切に、進んでいってほしい。




『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
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2004-02-18-WED

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