YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson186 まず、「一人」に通じるものを書く

「就職活動は、いったいぜんたい、
なんで、あんなに消耗するんだろうか?

学生たちは、そのときになって、はじめて、
文章力の必要性を知り、ガクゼンとして、
かけこみで文章術を求めるけれど、
それがなかなかうまくいかない。

半歩早めの、自己確立にたった文章力を。」

そう言われて、私は、いま、ある大学で、
低学年向けに、3回完結の文章講座をやっている。

就職だけでなく、転職や、昇進、独立など、
自分のいまいる「殻(から)」を打ち破って、
「外」に通じさせる文章を書くために、
準備として、何が必要なのだろうか?

そこで、スタートの1回目は、「やりたいこと」をめぐる、
うそのない自分の想いを文章にしてもらった。

これを読んでいる人の中に、もし、
進路などで、迷っている人がいたら、試してみるといい。

まず、大きめの白い紙を用意して、その真ん中に、
就職なら「就職」、
転職なら「転職」と書いて、丸で囲んでおく。
「マスコミに行きたい」
などある程度方向がきまっているなら
それを書いておくと、もっといい。

で、まわりの余白に、それについて気になることを
どんどん、どんどん書き出していくのだ。

「何にも浮かんでこない困った……。」
なら、それをそのまま書き出す。
就職をめぐって心が向くこと、
不安におもうこと、
わからないこと、
自分の揺れも、弱さも、そのままに書き出す。

何も出なくなったら、
今度は、書き散らかした項目の中から、
自分にとって、より切実なものを残し、
そうでないものを、斜線で消していく。

心が反応する項目に
じっくり耳を傾けて取捨選択していくと、
「やりたいこと」をめぐり、
いま、自分にとって「いちばん切実な問題」が残る。
それを主題に、
原稿用紙2枚くらいの、文章を書いてみる。

この段階で、大事なことは、
とにかく、自分にうそのない文章を書くことだ。

ことばをかざったり、
かっこよい決めゼリフでオチをつけてまとめたりせず、
書いていて、何かうそがあるな、
と思ったら、納得いくまで、言葉を探し、言葉を選ぶ。
人がその文章を見て、
どう言おうと、そんなことは関係ない。

自分でも、「本当に想っていることが書けた!」
その納得感がゴールだ。

書くことによって、自分への幻想をとりはらい、
自分と自分の「通じ」をよくしておく。

と、ここまで、先週紹介した。

書いた文章は、よくもわるくも、
「今の自分」だ。

人によっては、「やりたいこと」が何もなかったり、
「大好きなこと」はあるものの、
それがまったく仕事に結びつかず、途方にくれたり。
自分のとんでもない「野心」に出くわし、おどろきつつも、
認めざるを得なかったりする。
とにかく現実は、かすかに痛い。

でも、これでいいのだ、これこそが自分のスタートライン。

就職活動で、
どんなにダメージくらって、へこへこにへこんでも、
このスタートラインに戻るまでのこと。
このラインより、自分はへらない。だから、大丈夫!

さて、ここから次の一歩をどう踏み出すか?

次の課題は、
具体的な読み手を一人、
自分で自由に決めて、
その「たった一人」に伝わることだけを考えて、
「自分の意志を書く」ことだ。
読み手は
高校の時の先生でも、親でも、おばあちゃんでもいい、

ポイントはふたつある。
「自分の意志を打ち出す」ことと、それを、
「読み手に通じるように書く」ことだ。

「意志」とは、
「いまから、未来に向けてどうしたいか?」だ。
最初に、自分のありのままを書いた時点で、
「やりたいことがない」人は、「ない」なりに、
問題が山積みの人も、山積みなりに、
そういう自分を見つめた上で、
次の一歩をどうするか? 考えて、選択する。
どんなにちっちゃい選択であろうと、それが自分の意志だ。

このサポートとして、
「自分の主旋律を考える」ワークをやってもらった。
過去から現在まで、自分はどのように生きてきたか?
その結果、いま、何を想っているか?
やりたいことをめぐって社会はどうか?
その中で、自分は、いまから未来にむけてどうしたいか?
(このワークについては、また後日お話ししたい。)

そうして出てきた、どんなにちっちゃくても次の一歩を、
親でも、友人でもいい、
自分が伝えたい、たった一人の読み手に文章で伝える。

就職活動の文章が難しいのは、
「就職先の採用担当」という、「よく知らない複数の読み手」
に向けて文章を書かねばならないことだ。
「よく知らない複数の読み手の心を動かす」なんて、
実はプロだって、とてもむずかしい。

つまり、たった一人の人間に通じる文章が書けない人が、
いきなり、就職活動で特定多数に通じるものを書こうとする。
ここに、無理がある。

まずは、一人の読み手から。

この課題のゴールは、とにもかくにも、
「そのたった一人の人の心が動くこと」それだけだ。

学生さんが心配して、
「あの…、先生が読んでわからない文章になるかも……
ことばづかいとか、だ、である調でなくなるかも、
それでもいいんですか?」
と聞いてきたが、そんなことは、ぜんぜん、かまわない。
あとで、その人に実際に文章を渡して、
その人の心が動いたらそれでいいのだ。
こんなに確かなゴールはない。

読み手への通じ方は、共感、納得、発見など、
さまざまにあるが、大事なのは、
その結果、読み手の心が動くことだ。
就職だって、入試だって、作業説明書だって、
社会の流れを変えるような文章だって、
文章を読むのは、人間。まず、ひとりの人間だから。

学生さんには、読み手を一人、設定してもらい、
自分と、読み手と、自分がこれから書くものの、
「関係をとらえる」ワークをやってもらった。
(このワークについては、また後日お話ししたい。)

その上で、
その一人の読み手に向かって文章を書いてもらった。
そうしたら、学生全員が、驚くほどの意欲をみせた。

1回目の課題は、
目標時間の60分をまたず全員が提出した。
だが、今回は、60分をすぎてもだれも帰ろうとしない。
ぶっちぎりの集中力で原稿用紙に向かっている。

彼らのやる気に火をつけたら、
だれも止められないという感じだ。

1回目と同じ、わずか600字の文章なのに、
最後の学生が書き終わったのは、3時間近くが過ぎていた。
わたしは、書き終わるまでずっと、学生を見ていた。
他の学生が帰って、
たった一人、陽がくれた講義室に残って、
こうして、おとなたちが待っているところで、
プレッシャーだろうに、
よっぽど、伝えたいことがあるんだな、
と見ていた。

ところが、そうではなかったのだ。
いや、それ以上、というか。

その最後の学生は、書き終わってエンピツを置いた瞬間、
「はっ」とわれにかえり、前、となり、うしろを見た。
だれもいないことにびっくりし、次に、私のほうをみて、
きょとん! とし、次に時計を見て、仰天していた。
つまり、書くことにあんまり夢中で、
周囲の一切がまったく耳目にはいっていなかったのだ。

提出された学生の文章を集めていた関係者の方が、
「なんか、今回の文章じーんときますね」と
学生の文章に、読み入っていた。
学生たちが、文章を捧げた相手は、
親だったり、友人だったり、恋人だったりする。
なのに、第三者が読んで、
なんで、こんなに胸を打つのだろう。

読者がリアルに実感できたとき、文章は強い。
読者が一人でも、大勢でも、
顔が見えても、見えなくても同じ。
読者が「いる」文章は強い。
「読者」を実感できた書き手は強い。

書くことで、まず、自分と自分の「通じ」をよくする。
次に、たった一人でいい、
自分以外の他者に通じるものを書く。
この二つの「書く歓び」が実感できて、その先に、
就職のための文章術があり、
傾向があり対策があると私は思う。

自由に想いを伝えられるとしたら、あなたは今、
だれに、何を伝えたいだろうか?




『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2004-02-25-WED

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