YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson187 自分の意志を洗い出す

3月というと、異動や送別のシーズンだ。

この時期になると、
どうしても会社を辞めた2000年の3月を
思い出さずにはいられない。

あのとき、私は、何もかもを無くした。

高値安定の生活、やりがいのある仕事、
仕事を中心に編まれた人のネットワーク。

私にとって、人生を通じて「読者」と信じた高校生。

とどめに「まぶだち」まで
勉強のためにアメリカに入ってしまった。

多くを無くした。

社会は、その瞬間から、急に空気圧の重い、
よそよそしいものに変わった。
同じ東京にいるのに、私は「旅人」のような気がしていた。

あれから、ちょうど4年。

このごろ社会が優しい。
新刊が好評で、次のオファーもたくさんいただいた。
また、ほぼ日と読者に出版の機会をいただいた最初の本、
『伝わる・揺さぶる!文章を書く』が、
帯を巻きなおして書店で再展開されることになった。
アマゾンの新書部門で
1、2月『バカの壁』の次に売れたようだ。

この本は、発売されて2年以上たつ。
短期勝負のいまの出版界で、
発売後しばらくたってから
尻上がりに増刷を重ねていった売れ方が異例らしく、
出版社の方が、
「在職中に、1、2冊あるかないか」とおっしゃっていた。
読んだ人の評判で、コツコツと運んでいただいた結果だ。

4月から大学で、
90分の講義を3コマ持たせていただくことになった。
4年前、身を切るような別れをした「読者」の高校生が、
なにか、大学生になって、帰ってきたような気分だ。

帰ってきた、といえば、アメリカに行っていた「まぶだち」も
4年ぶりに日本に帰ってくることになった。

あれから4年。

気づけば、私は、ふたたび、「教育」の仕事をやっている。
一度は別れなければいけなかったものに、再び会えている。
何よりも、新しい教育の試みが、次々実行に移せること、
現場で、生徒や協力者の方々と、
教育的な感動を、ともにできることが嬉しい。

私は、いったい、どうやって、這い上がれたのだろうか?

自分が小さいので、現実の厳しさは何度か限界にきた。
でも、どうして、そこをねばれたんだろうか?

繰り返し、繰り返し、
自分を支えたのは、「意志」だと思う。

「人の持つ力を生かし、伸ばす、教育の仕事を
もう一度やるんだ。
そのために、もう一度、人や社会の中に戻るんだ。」
という「意志」が、ねばりがきれそうなところで、実際、
何度も歯止めになった。

「意志なんか持つから孤独になるんじゃないか?
自分の意志なんか捨てて、人についていけば、
孤独にはならない」と思ったことも何度かあったが、
4年を経て、それは、やっぱり違うと思う。

自分の「意志」がないことには、
共感者や理解者を見つけることさえ、
結局は、はじまらない。

これから、就職活動に向かう人も、
「いまから未来に向けて、自分はどうしたいか?」
という「意志」を、
余裕のあるうちに確認しておくといいと思う。

例えば、私が今、仕事を一緒にやっている女性は、
「学びと社会を結びつける」という意志をもっている。
これが、彼女の、就職選びから、就職後の仕事にも
通底している。

「意志」と言われると、なにもないと不安になったり、
なにか、立派なもののように思って、敬遠する人もいる。

でも、意志がないと思う人も、
「不満」ならあるのではないか?
では、それを変えられるとしたらどうしたいか?
そこに、「意志」が生まれる余地はある。

たとえば、私の場合は、いまの世の中を見渡したとき、
人々が、「自分の頭でものを考える」という場面が、
ちょっと少ないと思う。
それが、ちょっとだけ不満だ。

もうちょっとだけ、みんなが、
「自分の頭でものを考える」ようになったら
自由だ、と思う。
だから、「考える技術」や「動機づけ」を、
「教育」という立場でやっていこうとしている。
それが、私の「意志」だ。

就職、転職、のみならず、
新しいところに踏み出そうとする人も、その前に一度、
自分の意志は、今、どのあたりにあるか、
確認してみてもいいと思う。

例えば、就職までまだ間がある大学生だとしたら、
こんな図をイメージすると、
考えを整理しやすい。



まず、「自分の歴史」をたどってみる。
大きな変化や流れを、ざっくりふりかえるだけでもいい。

自分が大きく変わったポイントは?
そこで、どんなふうに変わったか?

自分が、人や環境に影響を与えたと思うことは?

自分が最もいきいきしているのはどんなときか?

大学に入るとき、どんなことを考えて進路を選んだか?

例えば、そんな問いが立つ。

その結果、「いま」どうか?

自分が大切にしていることは何か?
「悩み」や「興味」のありかは?
学問で、心が向くのはどんなことか?

そこから「マイ・テーマ」が導き出せるといい。

自分のテーマとまで、言えるものがなくとも、
「教育」とか、「マスコミ」とか、
「ファッション」といった、
自分の興味の向く、ざっくりとした分野でもいい。

そのテーマをめぐって、今度は、社会に目を向けてみる。

例えば、テーマに関係した、
最新のニュースを3つあげてみよう。

これがすぐ出てくるようなら、情報の風通しがいい。
出てこないようなら、少し、
情報の風通しが悪くなっているかもしれない。
新聞・文献・講演会など、
最新情報を呼吸してみよう。

さらに、テーマをめぐる世界の状況にも目を向けてみよう。

その上で、細かいことはいいから、
テーマをめぐる自分の社会認識を、次のように
ざっくりと言葉にしてみる。

「マイ・テーマ」をめぐって、
社会の現状はどうか?(現状)
今、何がいちばん問題だと思うか?(問題点)
それはどんな歴史や背景からきているか?(歴史認識)

その上で、例えば、5年後、10年後、
理想が実現できるとしたら、
どんな社会になっていったらいいか?(ビジョン)
をイメージしてみよう。

そして、自分自身の未来にも目を向けてみる。

5年後、10年後、自分はどうなっていたいか?
自分は、人や社会にどんなふうに関わっていきたいか?
どんな仕事をしたいか?

例えば、そんな問いを立ててもいい。

大学をでる日をイメージして、そのとき
最低限、どんな知識や能力を身につけていたいか、
そんな、具体的な問いでもかまわない。

こんなふうにして、自分の過去、現在、未来の流れと、
人や社会との関係に、ひとしきり問いかけてみたあと、

「いまから未来に向けて、自分はどうしたいか?」

と問いかけてみる。
そこで、自然にわきあがってくるものが、
ささやかでも自分の意志だ。

ここで出てくる「意志」とは、
すぐにすぐ、就職に結びつかないものかもしれない。
この段階では、それでいいと私は思う。

たとえ、
仕事に直結する意志が、明確に打ち出せたとしても、
なかなか思い通りにはならない。

このような形で個人からでてきた「意志」と、
就職先を選ぶということ、
ましてや、会社の「意志」には、微妙にズレがある。

だからこそ、志に賛同できる就職先を
選ばなくてはいけないというのは、もちろんだが、
どんなに、慎重に選んだとしても、
「自分の意志に、ぴったり!」の会社はない。
会社は、社員の特定のだれかの自己実現を目指して、
つくられていないからだ。

だったら、どうして、わざわざ、
自分の意志を洗い出すのだろうか?

折にふれて、いまの自分の素直な「意志」は、
どこにむかっているのかと、自分に問い、
その意志に素直な一歩を踏み出してみると、
うまくいっても、失敗しても、
自分と、「外」との関係がわかる。

何が、自分にとって本意なのか?
何が、不本意なのか?
何が、妥協なのか?
何が、流されることなのか?
何が、協力なのか?
何が、満足なのか?

自分の意志と、就職先の意志、
このズレを認識し、その距離を測り、
そこに、どう関係を見つけ、
関係をつくっていけるかが、
就職にも、その後の仕事にも大切だと思う。

自分の意志のありかがわからなければ、
ズレがなんであるかも認識できない。

問題は、ズレがあるから、というよりも、
ズレがないという幻想をもってしまったり、
ズレが何なのかつかめないところから
よく起こっているように思う。
自分の立脚点はどこか?

自分の「意志」は今、どこに向かっているだろうか?




『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2004-03-03-WED

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