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智慧の実を食べよう。 300歳で300分。 「ほぼ日」創刊5周年記念超時間講演会。 |
何度かお伝えしていることですが、 今回のイベントは、 ほんとうにほかのメディアからの反応がいいんです。 取材殺到、というのはさすがに大げさですが、 たくさんの方々が、このイベントに対して 純粋に興味を示してくださっているのです。 今回は、本好きの読む雑誌 『ダ・ヴィンチ』さんの取材風景をお伝えします。 なお、この取材の詳しい模様は、 9月6日発売のダ・ヴィンチ10月号に掲載予定です。 「いまなぜ智慧(ちえ)なんですか?」 インタビュアーの永江朗さんからの、 そんなひと言から取材は始まりました。 「智慧」っていう言葉について、 大事なものなんだという意識がずっとあります。 けれど、最近はあまり聞かれなくなってますよね、 「智慧」という言葉そのものが。 あの、よく話すたとえ話なんですけど、 子どもに、魚を捕って与えるよりも、 釣り針と糸を与えて、釣りのやり方を教えたほうが、 子どもは飢えなくてすみますよね。 それが「智慧」のわかりやすい姿だと思うんです。 だから、「知恵を持ってたほうが、生きられるんだ」 というふうなことを、 もっと自信をもって言うべきなんじゃないかな。 そういう時代なんじゃないかな、って思います。 「智慧」の大切にされる時代がくるという予感は すでにあふれていると思うんです。 たとえば料理ブームなんていうものも、 智慧に対する憧れがあると思うのです。 おいしいものをつくりだす智慧に興味が行く。 その智慧をわかって味わうことをたのしむ、わけで。 そういえば、 中学生だったか、高校生だったか、 なりたい職業の上位に大工が入ってる という話もありますよね。 勉強して学ぶ「知識」というより、 身体にしみつくような「智慧」こそが、 重要なんだってみんな気づき始めてるんだと思う。 いままでは、時代時代に そういった智慧は受け継がれていて、 『おばあちゃんの知恵袋』みたいなスタイルで、 ときどき「智慧」は形になって出てきてましたよね。 あ、『伊東家の食卓』だって、そういう例だし。 こういう例ばっかりだと、生活の工夫みたいだけど、 もっと大きなイメージでも、いろいろありますよね。 たとえば以前、宮大工の棟梁にお会いしたんです。 その人の話を聞いたときにも、すごく感心したんです。 だって、建築でね、 材木をどの方向で配置するか、というときに、 「山の斜面の、どういう日当たりの場所で生えてた木か」 っていうことを考えて、その向きを決めてるんですよ? そんなこと、何百冊のマニュアルを読んだって 修得できないでしょう? まさに智慧だと思うんです。 たとえば、いま、「経済をどうするんだ?」なんて言うと、 ひとりひとりの人が、もう口角泡を飛ばして、 「あいつは間違ってる!」なんて言いあうけど、 なんか、けっきょくどの意見に従っても 大したことじゃないって気がしますよね(笑)。 そういう枝葉だとか、袋小路の頼れない道案内に、 みんなが疲れ果ててると思うんですよ。 年取るってことを考えると、 やっぱり時間の話になると思うんですけど、 いまはみんなが、金と時間っていうものに すごく縛られてますよね。 ぼくも人のこと言えないんですけど、 要するに、人を出し抜くには 早くやったほうがいいに決まっていて、 急ぎたくはないんだけれど、 早くやられて負けるのも悔しいから、 腰浮かせながら走って生きてるんですよ。 でも、それはそれで、すっごい疲れるんです。 人間の生理として尋常じゃないわけだもの。 しかも、そんなに時間を気にして急いだ揚げ句に 欲しがってるものが何かっていったら、 ゆっくりした時間だったりするんですよね(笑)。 いつもいつも戦争してるんだったら 急ぐことも必要なのかもしれませんけど、 そういうわけじゃありませんから。 やっぱり、生きててなにがうれしいんだろう っていうところに、必ずいくと思うんですよね。 戦いを中心とした人生論みたいなものっていうのは、 ごく一部の限られた局面でしか使えないもので。 で、それ以外っていうのは、心身ともに、 気持ち良く納得してるのが、いちばんご機嫌ですよね。 欲しいのはそこなんだと思うんですよ。 そういうふうに考えたとき、一方に、 放蕩するがごとく時間ってものを使っている、 豪華なお年寄りたちがいるんですよ(笑)。 世の中では、みんながハアハア息を切らせて 慌てて生きているのに。 そういう豪華なお年寄りの話を聞くと、 なるほどと思うことがすごく多くて、 とってもおもしろいんですよ。 年齢に関しては、 いろいろ考え方あるんだと思うんですけど、 60代ってまだ生々しく社会に触ってるんですよね。 たとえばいまは、定年が60とか65だったりするから、 60代の人は「あー、会社にいたほうがよかったな」って 感じてたりするんですよ。 だから、その人に話を聞いても、やっぱり、 「頑張ろうぜ」になっちゃう気がするんですよ。 でも、70の坂を越えると、 「あれ? 知らないうちに俺、こっちの世界に入ってた」 っていう、おもしろい人が出てくるんです。 ぼく、吉本隆明さんのことで憶えてるんですけど、 ウチの娘が2〜3歳のころに、 吉本さんを「おじいちゃん」って呼んじゃったんですよ。 そしたら、夫婦そろって、 「おじいちゃんじゃないのよ!」って言って、 すっごくね、嫌がってたのね(笑)。 たぶん当時、吉本さんは50代後半くらいだから、 いまのぼくとそんなに変わらないわけですよ。 ぼくもいまそう言われたら「違う違う」って言うと思う。 でも、いまの吉本さんのお歳だったら、 たぶん言われても平気ですよね。 なんか、言われてもいい歳になっちゃうと、 違うなんかが見えてくる気がするんですね。 ダ・ヴィンチでは講演者の方々の著書も 紹介される予定です! 今回のイベントは、そういう人から、 「智慧」を分けてもらおうというものです。 どういう人をお招きしようかと考えたときに、 やっぱり、ぼくはそれを人に薦めるわけですから、 ぼくが実際に会ったことがあって、 お話に感心したことがあるっていう人じゃないと ダメだと思ったんです。 木の実にたとえると、僕が美味しかったものを、 ハズレでも当りでも食ってみな、 っていう薦めかたができないとよくないと思ったんです。 だから、今回お呼びした5人の方々は、 試食済みの人ばかりなんです(笑)。 現実の世界で役に立つかどうかは知りませんよ? でも、ぼくが実際に食べてみて、 なんかものすごく栄養がついたなって 思える人ばかりなんですよ。 ぼくが自分で人にしゃべって 「へーーっ!」て感心されるようなことって、 こういう人たちからもらったものがすごく多いんです。 もう、パクリの連続ですよ(笑)。 彼らが話したことや、過去にやったようなことを、 自分なりに消化したり、応用したりっていうことが ものすごく多いんですよ。 そういう意味では、ぼく自身の元ネタの方々が この日に一同に会するという場なんですよ。 今回は、その取材の前半部分をお伝えいたしました。 8月26日更新予定の後半では、それぞれの講演者について 糸井重里が熱心に語ります。お楽しみに! |
2003-08-21-THU
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