おさるアイコン ほぼ日の怪談2007

怪・その6
「別れの挨拶」

20数年も前のことです。

東京に就職して神奈川に住んでいた私は、
その日、午後休みだったのでアパートに居ました。

洗濯物を座って畳んでいると、突然、
西側の壁に何かが“ドンッ”と当たる音がしました。

そちら側は畑があって塀があるので
カラスか何か鳥の類いがぶつかったのかと思いました。

すると、数分も経たないうちに
今度は北側のドアに
“ドンッ”と何かがぶつかるではありませんか。

これは近所の子がボールでもぶつけてるなと思い、
立ってドアを開けてみました。
が、上下二軒ずつの二階建てのアパートの
階段にもその周囲にも誰の姿もありません。

変だなあと思いながら部屋に戻ると
今度は庭に面した窓側で“ドンッ”と音がします。
慌ててベランダに出てみましたが
庭に人の姿も鳥の気配もありません。

洗濯物を片付けようと部屋に戻って座ると、
今度は隣との間の壁が“ドンッ”と鳴りました。
お隣は共働きで昼は誰も居ないのに。

確信を持って、
私は田舎の母に電話を掛けました。
「お母さん、亡くなったのは誰?」

すると、母は
二日前に叔父がなくなったことを知らせました。
そして、「何でわかったか」と尋ねました。
壁を一周叩かれたと言うと、
「やっぱりそっちに行ったのね」と。

叔父は晩年、自分の子どもがいるにもかかわらず
子どもらが親の面倒を見ないため、
わたしの両親があれこれと世話をしていたのです。
私も高校の帰りがけによく、
叔父の入院先に寄って差し入れをしたり、
話し相手をしたのでした。

世話になったお礼を言おうと思っていたのに
通夜にも葬式にも姿が見えないので
私をたずねて行ったのだろう、とのことでした。

今でもあの“ドンッ”という音は耳に残っています。
叔父なりの別れの挨拶だったのだと思っています。

(あひる)


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2007-08-05-SUN