おさるアイコン ほぼ日の怪談2007

怪・その7
「金魚」

あれは十数年前のことです。

当時学生だったわたしは、友人ふたりと連れ立って
隣町で行われた花火大会に出かけました。
夏の夜空に鮮やかに咲く大輪の花火を見上げながら、
屋台をひやかしながらはしゃいでいました。

そして、いつもはしない金魚すくいをしてみよう!
と、三人で張り切っていどみました。
結果はそれぞれ一匹づつ。
かわいいねえ、よかったねえ。
と、リンゴ飴をかじりながら、
目の高さに上げたビニール袋のなかで
ふわふわと泳ぐ赤い金魚を眺めました。

するとAちゃんが
「この子、私のことがすきみたい!
 だって、ずうっと私のこと見てるもん」
というので隣から覗き込んでみると、
確かに彼女の金魚はくちをぱくぱくとさせ、
尾ひれを揺らしながら
常に正面の彼女のほうを見つめているのです。

こんなこともあるのだなあと感心しながらも、
羨ましいなあ。
わたしともうひとりがすくった金魚は
見向きもしないよ、
とひやかしながら、帰路につきました。

数日後に会ったその子が元気が無かったので、
どうしたの、と尋ねると、
うん。とか、ああ。とか、
歯切れの悪い返事ばかりが返ってきたので、
話を変えようと先日すくった金魚の話を振った
そのときでした。

その子は見る間に青ざめて、
目に涙を溜めてこういったのです。

「あの金魚、こわい。こわい!!」

あの日家に帰ってから、
彼女はさっそく家族に見せて、
水を溜めた真新しい金魚鉢に移し替え、
自分の部屋でずっと眺めていたそうです。
金魚はその間もずうっと彼女のほうを向いていました。

頬杖をつきながらにこにこと見つめていたその時、
何気なく部屋の電気で反射して
金魚鉢に映ったものを見て、
彼女は総毛だったそうです。

そこには、彼女の顔と、部屋の景色と、それから、
彼女の右肩からのぞく、
しらない男のひとの顔が映っていたそうです。

男のひとは彼女の右肩から覗きこみ、
顔は正面を向き、ぎらぎらとした目だけが
彼女をギロッと見つめていたそうです。

そして何より驚いたのが、
鉢の中の金魚のぱくぱくというくちの動きと、
その男のひとのくちの動きが
まったく同じだったそうです。

何を云っているのかはわからないけれど、
とても恐ろしかったそうです。

Aちゃんは声にならない悲鳴をあげながら
家族の部屋へ走って逃げ、
結局その夜は家族の寝室で一緒に眠り、
翌日からその金魚鉢は
彼女の目が届かない勝手口の洗濯機の横に移され、
家族がエサをやりました。

金魚はその3日後に動かなくなって、
土に還ったそうです。

あの金魚は一体なんだったのか。
金魚鉢に映った男の人は
どうして彼女を見つめていたのか。

彼女は、そのこと以来屋台の金魚すくいはおろか、
一切金魚には近寄らなくなりました。

花火大会が行われるこの時分になると、
時折ふと思い出す出来事です。

(書留タロウ)


 
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2007-08-08-WED