おさるアイコン ほぼ日の怪談2007

怪・その27
「電車の網棚の上に」

もう17、8年まえの出来事です。
そのとき私は大学生で、電車通学をしていました。

ある夏の日の夕方、家に帰るために池袋駅から
快速電車に乗ったときのことです。
その日は通り雨があり、
ものすごく湿度が高かったのを覚えています。

電車に乗り込んだとき、
別の車両にすればよかったと、
とっさに思いました。
車両の網棚の上に、女の人が乗っていたのです。

帰宅ラッシュが始まったばかりの車内は
混んでいて、
傘を持っている人も多いし、蒸し暑い。
でも、いくらなんでも網棚の上に
乗るのはやりすぎだろう。

みんな見ないふりしているけど、
車内にはやっぱり気になって
ちらちら見てる人もいました。
なんだこの女の人、
気の毒だけど‥‥という目で。
でも平気な人は
ふつうに新聞読んだり
ウォークマンいじったりしていました。

都会の人はこういうの平気なんだなあ、
慣れてるんだな。
めんどくさい車両に乗っちゃったなあ、
と思いつつ、好奇心に負けて、もういちど
網棚の上を見たとき、

それが「人」じゃないことに気づきました。

視界のすみでとらえていた細い腕や、
黒いタイトスカートから伸びた細い足。
白いブラウスに長い黒髪。
狭い網棚の上で、
はいつくばっているその顔は、
目の部分が黒くおちくぼみ、
顔の輪郭がぼやけて影のようでした。

いやまさか。
こんなまだ明るい時間に、こんな所で。
手も足もはっきり見えるのに。

混乱しながらもっとよく見よう、
としたそのとき、

彼女が動いた、
とたんに

バンッ

と、車内に大きな音が響きました。

それは、車両がきしむような、
何かが破裂するような大きな音で、
私は思わず
「わっ!!」と声をあげましたし、
車内の何人かの人も
首をすくめたり、
まわりを見回したりしていました。

そしてもういちど網棚をみると、
女の人の姿は跡形もなく消えていたのです。

私は似たようなものを、
中学生のときに
別の場所で見たことがあります。
そのときと共通して怖かったのは、
そういうモノがいる、ということより、
何人かの人は見えてるらしいのに、
まったく気づかない人の方が多いんだ、
ということでした。

(にゃん吉)

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2007-08-26-SUN