怪・その4
斜めに歩く人
20年以上前、大学を出たての私は、
とある大学の医学部に
事務職員として就職しました。
私はとても社会性がなかったのですが、
一生懸命に働きました。
接する方々にも可愛がっていただき、
とくに、医学図書館のみなさんには
よくしていただきました。
夏休みに入り、学生も、教職の先生方も
出入りが少なくなったある日、
ちょっとちょっと、少しお茶飲んでいかない?
と、医学図書館の女性に呼び止められました。
ハイ、今日は教室の教授たちも
出張でおられないし、少しだけなら、と
冷たいものをご馳走になったとき、
医学部の不思議な話を聞きました。
斜めに歩く人のこと。
医学部図書館の前はロータリーになっていて、
中心に大きなソテツの樹があります。
梅雨終わりの雨模様の夕方、
少し薄暗くなって、残業終わって帰るころ、
時々そこに、
黒いコートに
黒い帽子をかぶった紳士が
佇んでいるのだそうです。
妙に背が高い。
2メーター越えているくらい。
どうしてだと思う?
‥‥だって、宙に浮いているんだもの。
そしてね、もっと奇妙なのは
斜めに浮いているんだよ。
そしてね、時々ね‥‥
その人が、こちらに気付いて、
歩いてくるんだって。
宙に浮いて、斜めに傾いたまま歩いてくる。
逃げようとしても逃げられないのよ。
それもだんだんだんだん
加速して近づいてくる。
こちらとすれ違うときの速さって、すごい。
寒気がするくらいよ。
‥‥あの寒気は、ひょっとしたら、
その斜めに歩く人の
まがまがしさを感じるからかなあ。
そしてね、すれ違って振り向いても、
もうそこには何もいないんだって。
どう、どうなるんですか。そのあと。
わたしは聴きました。
‥‥すれ違った人は、
しばらく寝込むらしいよ。
高熱出して。
わたし、そうだったもん。
そう、力なく笑った医学図書館の女性の顔。
‥‥思い出してしまいました。
(Y)
2009-08-06-THU