怪・その16
「お出迎え」
その頃住んでいた家はとても古く、
玄関は曇りガラスの引き戸でした。
開閉の度に大きな音がして、
弟と私はその音がすると
玄関へ急いで出迎えに行くのが決まりでした。
小学校初めての夏休みの昼下がり、
弟と私が留守番をしていると、
「ただいま」と言う男の人の声とともに
引き戸が勢いよくガラガラと開く音が聞こえました。
祖父や父が帰ってくる時間ではなく、
嬉しそうな優しいその声にも
聞き覚えはありませんでしたが、
いつもの約束通りに「おかえりなさーい」と
2人で玄関へ走って行きました。
ところが引き戸は開いているのに、
そこにはだれもいませんでした。
弟が、去年もこんなことがあったね、
と言いましたが、私は思い出せませんでした。
次の年の夏休みも、また同じことがありました。
その日は8月15日、
私は朝のニュースで
今日がお盆の日だと知っていました。
弟は、ほらまただ、と笑っていましたが、
私は怖くなって急いで引き戸を閉めました。
その次の年の8月15日。
今日だけは嫌だと母に泣いて頼みましたが
どうしてもだめで、
昼から弟と2人で留守番をすることになりました。
引き戸にはしっかりと鍵をかけ、
一番奥の部屋で
テレビを大音量にして布団をかぶりました。
そこまですれば、
玄関の物音は聞こえないはずです。
でも、
母が出かけてしばらくすると、
戸を開ける音と「ただいま」という同じ声が
はっきりと聞こえました。
もちろん迎えには行きません。
少し間をおいて「ただいま」と、
もう1度声が聞こえ、
さらに少しして
戸が閉まる音がしました。
弟と私は、布団の中で泣きながら
母の帰りを待ちました。
夕方になり、母が帰ってきました。
母が帰ってきた音は聞こえませんでした。
引き戸は閉まっていて、鍵がかかっていたそうです。
その夏以降、同じことは起きていません。
子どもが元気よく出迎える家に、
毎年帰ってきたかった誰かがいたのでしょうか。
嬉しそうにはずんだ優しい声と、
静かに戸が閉まる音を
今でも覚えています。
(とん)
2010-08-16-MON