怪・その19

「今の、見えました?」

私には霊感がありません。
怪奇現象に遭遇したこともなければ、
「嫌な空気を感じる場所だね」
と周囲が言っても
一人ピンとこなかったりする、
鈍い感覚の持ち主です。

ですが、見える人は見えるのだなあ、
と、第三者の立場で体験した話です。

買い物に出掛けた帰りに
電車に乗っていました。

夕暮れを過ぎた、
帰宅ラッシュがそろそろ始まろうかという
時間帯でした。

座席は空いておらず、
乗り込んできた人に押されるように
反対側の扉の真ん前に
立つかたちになりました。

私の横、扉の両脇には、
40代と20代くらいの女性が
それぞれ立っていました。

その状態のまま
いくつかの駅を通り過ぎ、
ある駅を発車した時でした。

私はぼーっと窓の外を見ていました。
ゆっくりと加速しながら、
電車がホームを通過していきます。

そのホームが途切れる瞬間です。

両端に立っていた女性二人が、同時に、
まるで何かに怯えたかのように
身体をビクッと動かしました。

ほんとうに、同時に動かしたので、
私は思わず彼女たちを見つめてしまいました。

二人が、顔を見合わせていました。
何とも言えない硬い表情をしています。
その時に聴こえてきた会話です。

「‥‥もしかして今の、見えました?」

「はい。いきなりでしたね」

「普段は見えないように
 気を付けているのですが‥‥」

「あ、わかります。私も同じです」

「男の人、でしたよね」

「ですね」

「いくらなんでも、
 扉に張り付かなくても‥‥」

もちろん、
お互いに知り合いではないようで、
それきりぎこちなく会話は途絶えました。
一方の女性は、
何駅か後に降りていきました。

扉の目の前にいた私には、
もちろん何も見えませんでした。

ただ、見えないほうがいい景色も、
この世にはあるのかもしれないなあ、
と思いました。
このまま、見えないままで
いられますように‥‥。

(とんべり)

こわいね!
2015-08-16-SUN