【第3回 瞳の美しい写真家】 冬のど真ん中にいると、
本当にフィンランドは冬しかないんじゃないの?
と思うくらいに絶望的な気分になります。
そのくせ夏がくると
すっかり冬のことが思い出せないくらいになるの。
こういうのが自然の力なのでしょうかね。
そうか、だからムーミンは冬眠するんだ、
っていうくらいに冬はとにかく眠い。
夏は3時間くらいの睡眠だって全然大丈夫なのに、
太陽がでない冬は眠くて眠くて何もしたくないくらい。
黙って朝の7時とか8時くらいから
仕事を始めているフィンランド人ってすっごく偉い。
冬に流されそうになる半冬眠の冬のある日。
もう何年も前のことになりますが、
ひょんなことがきっかけで
ムーミンの作者のヤンソンさんの弟さんに出会いました。
雪の中を散歩していて、迷子になって、
でも人もいないし何もないし‥‥
とぐるぐる回っていると小さなギャラリーが。
白黒写真だったけれども、
凍っていない海の水から
顔を出している平たい岩が暖かそうで、
あまりにも静かなその風景が
風に乗せて夏の日の匂いまで運んできてくれるようで、
すぐにギャラリーの中に入りました。
オーナーのおばちゃまは
すぐにフィンランド語が話せるかと聞いてきます。
つたないフィンランド語で必死に話をしました。
オーナーさんは私に合わせて言葉を選んで
あれこれ話をしてくれる。
本当にありがたいことだけれども、
フィンランドの人はハスに構えた若者だって
外国人が一生懸命フィンランド語で話をすれば、
それが間違っている単語を使っていたとしても
想像力を膨らませて理解しようとしてくれます。
そしてオーナーのおばちゃまは、この写真が、
ムーミンの作者トーベ・ヤンソンのすぐ下の弟さんで
写真家の方の作品であると教えてくれ、
私がムーミンの研究をしているのならなおさら
ご本人がいらっしゃるときに絶対また来なさい
と言ってくれました。
行きましたとも、当然。
でも人がいっぱいで
どこにご本人がいらっしゃるか全然わからない。
それで一人でずっと写真を楽しんでいました。
どの写真も、海が、岩が、木の葉が、湖が、風が
そのままそこで息をして生きているようなものばかり。
衒いもなく演出するでもなく、
でも自然がそのまま命を持ち続けられるような
瞬間をとらえた作品ばかり。
すっかり入り込んで夢中になっているところに
一人のおじいさまがやってきて
「あなたが圭子?」と。
オーナーのおばちゃまが伝えてくれてたのですね。
この人がヤンソンさんの弟さんペールウロフさんでした。
こんな美しい瞳の人がいていいの? って思った。
一目惚れですな。
ここにフィンランドの笠智衆さんがいるよ、
とアキ・カウリスマキ監督に伝えたいくらいに素敵なの。
「冬が過ぎて海の氷が溶けたら
この島を見に行きましょう」って。
私が夢中になっていた写真の風景は
ヤンソン島ともよばれる、クルーブ・ハル島でした。
ヤンソンさんが夏じゅう暮らして創作をしていた島。
私、いいんですか? っていうか、
私ここに来るまで雪が降りそぼる天に
ベロとか出して雪をのっけて
頭冷やそうとかしていたような人間ですよ。
そんなわけで私は、
唐突に「島へ行こう!」と言っていただいたことは
社交辞令くらいに受け止めておいて、
それにしても素晴らしい写真を見られたことと
フィンランドの笠智衆な瞳にお目にかかれただけでも
ラッキーと思っておこう、くらいにしておきました。
ヤンソン一家が1910年代から夏をすごした地域の、
ここが最初の拠点。
ヤンソン一家の船着場にもなっています。
それから半年ほどして。
社交辞令じゃなかったの。
非常にフィンランドチックに突然電話で
「明日出発だ!」と言われて、
もう何を持ってどうすりゃいいのかと
そわそわしている間に当日になってしまいました。
70後半と思えないくらいにしゃきしゃきしていらして、
相変わらず瞳が美しい。
当時は薪割りをしてもへっぴり腰でまともにできないし、
ボートを漕がせると変な呼吸法で鼻息だけ荒くて
へんてこな方向にぐんぐん進ませるというくらいに
情けない自然派だったのですが、
多分おじいさんよりかは機敏に動けるかなっと思って
「何でも力仕事言いつけてください!」
なんて張り切って申し出て旅が始まりました。
ムーミンさながらの幼少時代を過ごしたおじいさま。
写真家として60年以上のキャリア。
まだまだ写真が大好き。
最近また新しい企画であれこれ楽しいことをやってくれてます。
自然と共に生きて、子供の頃といえば
ムーミンのような環境で生活をし、
そして戦争にまで行ってるおじいさんを
なめてはいけません。
70代っていうのにラップランドでカヌーの川下りを
一週間とかやるなんて。
私なんかよりも、ずっとずっと機敏に
ボートを出したり地図を見ながら方向を定めているし、
つるつるの水をかぶった岩の上を
ひょいひょいと探検するおじいさま。
こんな岩場でピクニックしたり
自分たちで遊びを考えて夏を楽しみます。
その日は快晴で、ボートを出すときに飛び乗れなくて
海にはまってびしょびしょのパンツも乾かすくらいに
心地よい夏の日でした。
なのに突然どこからか霧が出てきて。
遠くに見渡せた水平線が
霧の向こうで海と空の境を溶かしていくよう。
うっすらと見える白い影を追っていたら、
それは雲ではなくて、
かもめたちが卵を産む
小さくて草すらほとんどないのっぺりとした島だったり。
太陽に顔を向けて目をつむり、
陽の暖かさと明るさを瞼の裏に残そう。
波もたたない静かな海の水面を踊る光を眺め、
そこには瞳が美しく
自然と共に生き続けてきたおじいさまとカモメと
遠くに見える島や森しかない中でほっとする。
たまに釣りをして、
ちょっとした食べ物があって飲み水があって、
あとはコーヒーの粉があればいいな。
そしたら私はここで何ヶ月か一人でいても
楽しいかもしれない。
人恋しくなったら
たまにボートを漕いで誰かに会いにいって。
以前は森の中の夏小屋で、
水道も電気も何もないような森の小屋で生活するなんて
しんどいことばっかりだと、
一週間くらいでもう十分って思っていた暮らしだったのに、
いつの間にかそれが
心から贅沢な生活だなと思えるようになっていたみたい。
ヤンソン島に向かうのにぴったりの時期に、
私はこの弟さんに出会えたようです。
そして知らないうちに、
具体的には教えてくれないフィンランドの人たちの、
自然と一緒の暮らし方の豊かさにはまっていってたみたい。
この日、ヤンソン姉弟の一番下の弟さんの島で
お昼をご馳走になり、
トーベ・ヤンソンさんが50年前、
その島に自分で建てた小屋でゆっくりさせてもらいました。
そしていよいよヤンソン島です。
いよいよ見えてきたヤンソン島。
ものすごく小さな島に控えめな小屋。
彼女の生き生きとした生活、
繊細さとワイルドさが混在していて、
水道も電気もないけれど痛快で楽しそうな島でした。
これはまた、次にでも。
島巡りの記念にいただいた写真。
この日撮影したペールウロフ・ヤンソンさんの作品。
圭子 森下・ヒルトゥネン
ヒルトゥネンさんが惚れ込んで訳された絵本を
2冊ご紹介します。
むろんフィンランド味です。
もっと深みにはまりたい方はぜひ。
そうでない方もぜひ。
ムーミンに負けないくらいお勧めです!
『ぶた』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:489423291X
【Amazon.co.jp】はこちら
『ぶた ふたたび』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:4894232928
【Amazon.co.jp】はこちら |
|
|