サンタの国、
フィンランドから。
darlingもお好みの不思議な味、アキ・カウリスマキ監督も、
「ムーミン」のトーベ・ヤンソンさんも、
サンタクロースたちも、みんなフィンランドの人。
日本に縁があるようで、あんまりよく知らない森の国に、
ある学生が渡りました。
それから10年、彼女はヒルトゥネンという、
フィンランドの人の姓になって、まだ、ここにいます。

その国って、どんなところ?
「ほぼ日」の読者のみんなに伝えてくださいな。

【第9回 おばちゃんも芽吹く、フィンランドの春】

春、突然やってきました。
街の色が春。

公園のベンチにも、
泥まみれで小汚く残る道端の雪のかたまりにも、
どこにもここにも
陽の匂いが気持ちよさそうに寝転がっててくれる感じ。
人も軽やか。
冬の間、なかなかお目にかかることのなかった、
はにかみ屋さん微笑があちこちで交わされます。


春になると、庭のえさ箱に
鳥もリスもやってくる。
気持ちよさそうに陽に包まれてね。


私もさっそく運動靴だ。
靴底から地面の感触が伝わってくるなんて、
何ヶ月ぶりだろう。
ごっつい冬の靴ばかりはいてたものね。
足の裏が敏感に地面に反応していると、
思わず動きも軽やかになる。
腕の振りにも勢いがついてブンブン回しちゃったりしてね。

まだ肌寒いっていうより寒いのです。
コートを着ていないと外歩けないくらいだし。
なのに街のあちこちにテラスができてて、
皆さん外でくつろぐんですね。
フィンランドのテラスって、全て太陽の方を向いてるの。
同僚だろうが恋人だろうが友達だろうが、
向かい合って座らない。
みんな太陽の方に椅子を向けてる。
太陽の眩しさに目をつむって、
陽の暖かさをクンクン嗅いでるみたい。
でもって春って決めたら春だから、気が急いちゃってね。
観測ではゼロって出てるのに、
「花粉症が出てるみたいなんだけど」
って人が後を絶たなかったりして。
花粉はいろんな植物から飛び散るのですが、
第一弾がハンノキ。
白樺なんてまだ先なはずのに、すでに
「いやー、白樺、ついに来たねー」
とか言ってる人がいるのよ。


フィンランドの家を彩る
春の花といえばチューリップ。


とにかく春と決めたら春ですから、
いたるところで春を演出しまくる人々が登場します。

公衆サウナでは、
おばあちゃんたちがはりきってクッパウスだ。
公衆サウナの受付で強引におばあちゃんに勧められ、
クッパウスという言葉を始めて耳にした。
「血の巡りがよくなるから、冬の疲れをこれで出すのよ。
 絶対やりなさい。やらなきゃだめ!」
とまで言われてしまった。
そのとき周囲に集まってきたおじさんたちが
「いや、この子はまだ若いからいいんだよ。
 いや、いいよいいよ、君はやらなくていいからね」
って、そんなこと言われるとやたらと気になる。
で、私はその後クッパウスを試してみました。
周囲がかなり引くのも厭わずに‥‥。

あなた、クッパウスって、体の凝りのあるところに
傷をつけて悪い血を出しちゃうのよ。
うつ伏せで寝ている背に痛みが走ったときに
何かと思いました。
で、少しすると血の味がして‥‥。
どうも本当にどろどろの悪い血だけが出て行くらしいです。
私はうつ伏せだったからその現場を見てないのだけれども、
細かい傷が首からふくらはぎまで216も残った。

とにかくおばあさんが
強引にこういうことを勧めるくらいに、
春は勢いがついてます。

勢いと同時開催って感じで、
街のあちこちで大セールが繰り広げられる。
春の勢いにのせて、セールにのっかって、
絶対使わないような美容品だとか、
セール品じゃないものまでついつい買ってしまってたり。
ご主人が
「恥ずかしいよ、こんなの」
と言いそうなものまで買って
大きなお世話をしてしまうこともある。

なんだかね、春先はとにかく女性が目立つ。
おばあさんも凄いがおばちゃんたちも激しく飛ばします。
たすきがけが基本のポシェットには、
グミだとかチョコバーなんかが入ってたりしてね、
ちょっとそんなのをつまみながら
いつもより余計に歩いてみたり。
市民プールの更衣室で、
タオル一枚でお弁当広げてるグループだとか。
おばちゃんたちは春になると塊で動いているので目立つ。
嬉しそうに、いつもニコニコしている。

この前の日曜日、夫ヒルトゥネンと散歩をしていた。
散歩といってもヒルトゥネン標準で散歩。
190cm以上ある人の歩幅は凄い。
私はいつも競歩というか小走りになっているので、
ちょっとした運動気分だ。
なので、うちは必ずコーヒーとおやつを持参している。


なんだか海の上の氷も
春のまぶしい青さに染まってる。


海沿いを歩いて、陽のあたる気持ちいいところで一休み。
そういうところにはだいたい
売店やらアイスクリームスタンドがある。
海の氷はまだうっすらと残っている。
そんなところに救急車が停めてあって、
はて? 氷の上を歩こうとする人を見込んで
待機しているのか? と思いきや、
アイススタンドの前でお兄さんが二人、
救急隊の格好でほがらかにアイスをなめていた。
色からしてチョコとイチゴだな。
そのチョコとイチゴアイスの救急隊員の横に
ずらりとおばちゃんが並んでいた。
ほがらかなお兄さんたちとは勢いが違う。
多分自分たちが一列に並んでしまっている光景にすら
気づいてないと思う。
完全にアイスに集中し、陽を浴びながら
アイス以外に何も考えていないことは明らか。
その姿勢はアイスに対して誠実で真剣だ。
そこいら辺で、とりあえず腰かけるところを見つけて
のんびりアイスを食べている
子供やお父さんたちとは違う世界にいる。

私といえば、ベンチに座って海を眺めた瞬間に
カモメが大復活してるのを発見し、
何にも集中できなかった。
ピロシキを食べつつのんびりとおしゃべりしてたら、
カモメの足に頭をどつかれて
ピロシキを持ってかれたことがあるのよ。
真剣に海の汚染を語る夫ヒルトゥネンの言葉も、
今年のアイスホッケーのフィンランド王者チームは
どこになるかという話も、生返事だけ。
菓子パンを食べながらハラハラしっぱなし。
おばちゃんのアイスだけに集中する心いきが
うらやましい限りです。


春。白鳥の家族の向こうでくつろぐ夫婦。
妙に人の気配が薄い。


やがてこのおばちゃんたちがぐんぐんヒートアップして、
夏になると大活躍です。
ふだんはお人好しで、ちょっとはにかみ屋さんだけれど
お話が大好きで‥‥っていうのが、
夏になると違う形相でお目見えする。

夏のフィンランドで要注意は
ゴム長をはいて
片手にプラスチックのバケツを持ったおばちゃんです。
ベリー摘みスタイル。
フィンランドではどこの森でベリーを摘んでもいい。
ただし首都ヘルシンキでは森が限られている。
ベリーの需要と供給が
かなり厳しい競争を強いてしまうのです。
街中でゴム長&バケツを見たら、
近くの森の中には
10人のゴム長&バケツおばちゃんがいると思っていい。
そしてみんな必死でベリーを摘んでいるのです。
秘密のスポットを知られないようにもしなければならない。
ハンドルにバケツをひっかけて
ゴム長で自転車をこぐおばちゃんが
同じスタイルの人を見かけると、
それは凄いスピードでとばしてゆきます。
絶対自分の行くところは知られたくないのでしょう。
わざわざ遠回りすることもあるかもしれない。

夏のおばちゃんは賭けてます。そして飛ばしてます。
おばちゃんなんて言ってるけれども、
いろんな偉い人々が混ざってたりするのです。
チーズの試食をしてて、ハッと隣を見たら
大統領(女性。ムーミンママとも呼ばれている)が
チーズをもぐもぐと試食してたりだとか。
大変ですよ、もう。

学ぶことの多い季節が始まりました。
私も頑張る。
夏に向けて立派なおばちゃんになってみせるわ。


行動力が激しくなる春。
思い切ってノルウェーの北まで行ってみた。
何年ぶりかで山のある光景。
フィンランドって平ら。
まあ冬の間はもうどうだっていいくらいに
投げやりなのであれですが、
やっぱり春になるとこういう光景いいですね。




圭子 森下・ヒルトゥネン

ヒルトゥネンさんが惚れ込んで訳された絵本を
2冊ご紹介します。

むろんフィンランド味です。
もっと深みにはまりたい方はぜひ。
そうでない方もぜひ。
ムーミンに負けないくらいお勧めです!


『ぶた』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:489423291X
【Amazon.co.jp】はこちら


『ぶた ふたたび』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:4894232928
【Amazon.co.jp】はこちら

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2005-04-14-THU

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