【第7回 フィンランドタンゴの夕べ】
メランコリーがじっとり。
生活にも文化にも、そして人生にもまとわりついている。
世界進出を果たした売れ株ロックミュージシャンだって
その国際的な人気の要因を
「世界にはフィンランドのメランコリーを
お金を出してでも欲しい人たちがいるってことだ」
って、クールに語ったりしている。
メランコリーといえばフィンランドタンゴです。
それはタンゴの熱い情熱というよりも、
メランコリーを歌い上げる、演歌臭がムンムンに漂う音楽。
恋に破れた男、好きな人を待つ女、
ときに自然の息吹に自分の心を合わせて絶唱し、
都会に暮らしながら遠い田舎の町を想っては
その町の名を連呼する。
歳を重ねるにつれて、
しみじみと感じられてくる音楽ジャンルかと思いきや、
最近、若いおしゃれさんたちも注目の歌手がいる。
アンニッキ・タハティ。
ここでまたしてもアキ・カウリスマキの登場。
伝説の名を再び表舞台に呼び戻したのは彼だった。
「いえね、どうしても映画に出ろと言われて。
とんでもない! だったのよ、最初は。
だって歌手としてただ歌うだけならともかく、
救世軍の服まで着て、完全に役者としてでしょ?
そんなの絶対無理よって、ねえ。ほんとに」
『過去のない男』という映画で
救世軍のマネージャー役を演じたアンニッキ・タハティ。
反則と言いたくなるくらいギリギリに迫った大画面アップが
妙に印象に残っている。
あれは監督のアンニッキに対する熱い思いだったのか。
そんなアンニッキが、
フィンランドタンゴを不動にした人物
と讚えられる歌手の、生誕90年を祝う会に登場した。
それもカウリスマキ経営のクラブで。
前の晩。
アンニッキならばと踊る気満々で靴を磨き、
「明日はちゃんと最初から最後まで踊るからな。
ステップ復習しとけや」
と、やたらとしつこい夫ヒルトゥネン。
ところが会場は凄い人出で、一気にヒートダウン。
踊れるスペースは全くない。
人ごみが苦手な彼は結局ロビーにあったスクリーンで
コンサートの様子を眺めているだけ。
ロビーで同志を見つけて、
スキージャンプのヤンネ・アホネン選手について
意気投合してアホネンを讃え合っていたらしい。
タンゴにカウリスマキが加わると客層が変わる。
会場の中は、踊るつもりでおしゃれして来てしまった人や、
このベテラン歌手を生で見て何かを感じたい若い人たち、
メランコリーに心を合わせて
メランコリーな週末を過ごしたい中年男女や、
若き日を懐かしもうというシルバー世代と、
いろんな人でごった返していた。
客、お行儀よし。
人々の心のツボをついてくるように、アンニッキは歌った。
彼女がゴールドディスクを記録した歌。
戦争で失ったカレリアの土地にあった公園を歌ったもので、
『過去のない男』でもフルで歌われた曲。
席がなくステージまん前で体育座りの人々も、
入り口でぎゅうぎゅう詰めになっている人も、
普段はクールにしていそうなおしゃれさんも、
外国人の私だって‥‥。
ほろほろと一斉に人々が涙しながらコンサートが始まった。
そこにいてくれるだけでいい‥‥。
それくらいに魂を揺さぶる人だった。
この人の魂を映画で伝えたくなる
監督の気持ちもわかる気がする。
校長先生のお話を聞く児童のように体育座りで。
ステージを終えたアンニッキも存在感抜群だった。
凛としていてかっこいい。
壁際のテーブルについて静かに煙草を吹かしながら、
ゆっくりと観客の様子を眺めていたりしている。
一昨年には歌手生活50周年を迎えて
全国ツアーもしている。
70歳を過ぎていてもコンサートは欠かさない。
「今朝ね、テレビに出ちゃった」
アンニッキに近づいて声をかけようと
「あの‥‥」と言ったところでいきなり話が始まった。
「朝の番組でしょ? もう大変。6時起きしちゃったもの」
朝の番組は私も見ていた。
お年寄りというのは朝早起きするものだと思ってたが、
アンニッキは苦手らしい。
うまく早起きできたことが誇らしげですらある。
「そんな早起きして夜はこのコンサートでしょ。
ねえ、信じられる? 私この歳で
1年に130回以上のコンサートをこなしてるのよ?
多くがサービスセンターで」
サービスセンターというのは高齢者向けの福祉センターで、
中にはホーム施設もある。
自宅で暮らすお年寄りも、カルチャーセンターのように
習い事やサークル活動のためにやってきたり、
食事をしたりケアを受けることもできるような場所。
以前、痴呆症の人のための音楽療法を
見学したことがあるのだけれど、療法士さんによると、
懐かしの歌謡曲などは本当に効果があるらしい。
たぶんアンニッキが歌ったりしたら最高なんだろうな。
「考えてもみて。
私はもうそこにお世話になっててもいい年齢なのよね。
私と同い年とか私よりも若い人までいてね。
ほら、私の年齢って、もう逝ってる人もいるし。
そんな私が年間130回よ?
でもね、私は一生歌を歌いたいの」
アンニッキは今でもボイストレーニングを続け
歌手としてのコンディションを整えている。
途中、アンニッキに感動した男性が
高価なシャンパンを持って来たけれど
「歌のため、声のためにお酒はやめたわ」と断っていた。
熱く語るアンニッキ。
内容がアホネン選手優勝だったり、
お相撲さんだったり。
社会福祉も男女平等もまだまだだった頃からのキャリア。
歌だけでは生活が不安定というので、
長いこと事務員の仕事をしながら
地道に歌手を続けてきたアンニッキ。
そんな人生を送ってきた彼女を大説得して、
アキ・カウリスマキは彼女を映画に出演させた。
「今から役者として登場だなんてとんでもないって、
一度は断ろうとしていた自分が
バカだったなって思うわよ。本当に断らなくてよかった。
アキってね、本当にかわいくて素敵。
人の緊張を感じとって、それをほぐす才能が抜群なのよ。
撮影もとっても楽しかったし。
緊張といえばカンヌ映画祭もね。
カンヌ映画祭の現場に自分がいるなんて、
ちょっと想像できないことよね。
どこ向いてもすごいスターばっかり。
なのに自分たちは
赤絨毯の上をそんな人たちに見られながら
歩いてかなくちゃならないじゃない?
どうしたものか、って思ってたら、
やっぱりアキがやってくれたのよね。
ねえ、突然アキがジャイブを踊りだしたのよ!
あの赤絨毯の上でジャイブ。
はー、今思い出してもおかしい」
フィンランド人のダンスのステップは同じに見えがちだ。
‘ドナウ川のさざなみ’もビートルズも、
同じステップで踊ってるようにしか見えない。
あれをジャイブとはっきり見極めているところに
ダンスホールで歌い続けた彼女のキャリアが伺えます。
「でも、カンヌには行けたんだけど、
日本連れてってもらえなかったのよね。
バンドの坊ちゃんたちは行けたのに‥‥残念だわ。
どうしてよねえ?」
それは年齢と、
日本で考えられるハードすぎるスケジュールに
気を使っての判断だったのでは‥‥。
アンニッキは思い切りリラックスムードで、
快調にあれこれとりとめもなくお話をしてくれる。
話題に合わせて言葉をはさもうとする人がいても、
おいてけぼりを食らっている。
アンニッキの話はとどまるところを知らない。
そして話も飛びまくる。
合いの手を入れるのが精一杯だ。
一人がサインをお願いしたら希望者続出。
サイン中もマシンガントークが続く。
私もつられて、この日のチケットに
サインもらっちゃいました。
人生の酸いも甘いも越えてきたアンニッキ。
この国を男女平等、福祉大国に整えてきた世代だ。
哀愁を歌い上げながらも、
どこか突き抜けているおおらかさ。
以前のような声はでないけれども、
ステージに立つその姿、
歌い上げる魂の強さと心の大きさに
観客がどっぷり引き込まれた夕べだった。
アホネン優勝で盛り上がったらしい
野郎どものスポーツ談義に熱くなったままの夫。
帰宅してもアホネンしか言えない彼を前に、
実はアンニッキも
コンサート前にスキージャンプを見ていて、
アホネン優勝にゴキゲンだったことを思い出した。
すごいコンサートを堪能しながら、
結局は一日がアホネンで終わろうとしている。
少しメランコリックで、
でも透き通った空気が気持ちよい一日。
まさにアンニッキのコンサートのためのようなお天気だね。
圭子 森下・ヒルトゥネン
ヒルトゥネンさんが惚れ込んで訳された絵本を
2冊ご紹介します。
むろんフィンランド味です。
もっと深みにはまりたい方はぜひ。
そうでない方もぜひ。
ムーミンに負けないくらいお勧めです!
『ぶた』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:489423291X
【Amazon.co.jp】はこちら
『ぶた ふたたび』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:4894232928
【Amazon.co.jp】はこちら |
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