サンタの国、
フィンランドから。

【第6回 犯罪の香り】

朝、アパートの中庭に駐輪してある
自転車のサドルがごっそりなくなっていた。
ずばり7台。酔っ払い?
それにしては付近にサドルが落っこちてない。
ここは日本よりもずっと安全な国だし、と思いつつ、
それでも犯罪の香りがしてくる。
警察に行って事情を説明してみるのがいいか、
と被害を届けるところへ行ってみた。

のんびりした国にも深刻な問題はあるらしく、
そこには深刻な表情の人々がいた。
そんなとこにいると、サドルのなくなったことが
重大な犯罪に関わってる気さえしてくる。
私の順番が回って来たころには、
かなり深刻な犯罪に
巻き込まれたような顔をしていたことでしょう。

どうもサドル専門っていうのがいるんだそうで、
これが商売になるらしい。
「サドルだけの被害ですが、被害届け出しますか?」
「もちろん!」
警官がちょっとびっくりしている。
普通はしないものなのか?
おまけに状況を説明しろと言われても、
わかりません、覚えてません、だらけ。
途中で届けを出すのが面倒臭くなる。
そう言うと頑張れと励まされた。
サドルの絵を描いて特徴を‥‥。
捜査意欲を高めていただくために努力したけれど、
それ自体サドルかどうかも
わからない代物になってしまった。

諦念と納得。
結局それだけのために届出したみたい。
サドルは戻らないし、犯人だって確定できないだろう。

沈んだ気持ちで歩いていると、
街がアキ・カウリスマキ映画色になる。
大げさに騒がないからあんまり強く印象に残らないけれど、
よくよく考えると、
アキ・カウリスマキ映画にみる
フィンランドの犯罪率はものすごく高い。

アキ映画で犯罪に巻き込まれたり
ひどい目にあう人々のことを思いながら、
単純に警察にとんで行った自分の味気なさに反省です。
まあ、サドルだったからそういうこと言えるんだけれども。
運命を静かに受けとめて、
そこらへんの木をサドルの代わりにくくりつけて、
そんな自転車で街を走るべきだったかなと思う。

それにしてもフィンランドで見かける
警官というのは暇そうだわ。
コーヒー飲んで休憩している姿ばかり
見かける気がしないでもない。
バン型のパトカーは路上で寝てしまった酔っ払いが
凍死しないよう回収するときにいいと聞く。
夜中は忙しいのだろうか。
巷では警官の仕事は大変だというけれど、
通り過ぎてく姿はちっとも大変そうでない。


フィンランドでおこる悲劇の多くは酒がきっかけだと言われます。
この落書きはそんなお酒の中でも大将の地位を
欲しいがままにしているコスケンコルバ。度数の強い焼酎。
赤字でイッピー! という歓喜の叫びが添えられてます。
※異常に嬉しいときにフィンランド人が発する音。
 ヒャッホーみたいな感じです。


なんて、とろりとろりと
意味なく考えてしまいがちな土曜日の朝。
私は知人の店のお手伝いで、ひとり店番をしていた。

そこへ、にこやかパパって感じの男性がやってきた。
子供のためにオモチャでも探すのかと思ったら、
まっすぐレジに向かってくる。
「こんにちは」
爽やかに言って内ポケットから財布を出し、
クレジットカードの倍くらいある大きなカードを
レジのテーブルに置いた。
「私はこういうものなのですが」
テーブルに顔を近づけてよく見てみると‘警察’とある。
抜き打ち検査とか?
それよりもこの人、刑事さん?
わけがわからずにボーッとしていると、
改めて自己紹介してくれた。
やっぱり刑事さんだった。
それでも笑顔を絶やさずに、いま扱っている事件のことと、
事件に協力してほしいということを説明された。
初めて見た。デカだよデカ。しかも私服の!
どんどん心が躍ってしまって、
誰かに言いたくてしかたない。
なのにお客さんたちは、
明らかに私たちの話を聞いていたと思われるのに、
誰もそのことに触れてくれない。
言いたい!
そしてデカは、フィンランド風味のお人好しっぽい人で
ぜんぜんいかつくないのよ、ということも言いたい。

誰も聞いてくれないので、急いで店の主に電話をした。
彼女も
「おお、そんなこと今までなかったよ」
とちょっと興奮していたものの、
「週末に仕事しているなんて意外だわ」
とのんびりしている。


国際ドックショーを記念して、
ヘルシンキの目抜き通りを犬たちが大行進した。
先頭はもちろん警察犬。精悍な顔立ち。
警官よりも切れ者な感じがします。


むずむずと‘犯罪の香り’が気になりだすと、
そういうマグネットができるのかも。
私はまた別のところで事件に遭遇してしまった。

アイスホッケー(国民的スポーツ)を
観戦しに行ったときのこと。
アイスホッケーが熱いヨーロッパ4カ国の
総当たり戦の最終日だった。
昼はチェコとロシア、夜にはフィンランド人が燃えまくる
フィンランド・スウェーデン戦。
会場はぎゅうぎゅう。
人混みに慣れない人たちの混雑ほど歩きにくいものはない。
必死に席のあるほうへ歩いていこうとしている先に、
ぽかっと周囲に余裕のあるスポットがあった。
警官が3人突っ立っている。
どんなに熱い試合が予想されても、
警察がいるなんてめずらしい。

昼の試合が始まって少し、
斜め前の席に、ヤンキーな一家が登場した。
なぜか目立つ。
お父さんは一打で息の根を止めてしまえそうな、
いかつい木の棒にでっかい国旗をくくりつけて、
応援する気満々のご様子。
奥さんの目も鋭い。
しかしそれはそれで、一致団結という言葉の似合う、
仲のよさそうな一家だった。

少しして、静かに3人の警官が入ってきた。
そしてヤンキー父のところへ。
連行される父。
奥さんが急いで後を追う。
取り残された子供二人はとっても不安そうな顔をして、
両親が出て行ったところを覗いていたりするのだけれども、
それでもアイスホッケーは楽しいらしい。

こんなところまでわざわざ張り込んで連行というのは、
ただならぬ事情があるはず。
私はもう試合なんてどうでもよくなって、
ずっと一家のことばかりを気にしていた。
しかし、隣に座る夫ヒルトゥネンは
試合に全神経を集中させている。
妻の声など耳に入らない。
近くにいる、アイスホッケーがわかってなさそうな
おばさんあたりに目を配らせてみるけれども、
この人たちも別段興味がないらしい。

またしても一人かよ。
しかたないので友人に携帯メッセージで事情を伝えてみた。
が、
「あんた、またホッケーなんてものを
 わざわざ観に行ってるのか」
と言われて終わった。


優等生が先頭を切ってしまったためか、
後続の犬たちは大変そうです。
行進というよりも訳が分からずただ走っていそう。



そんな慌しさをものともしない、
犬界のフィンランド人のようです。


夜。フィンランドが待ちに待ったゲームだ。
そして斜め前には、
連行されたはずのヤンキー父が戻ってる。
一家揃ってフィンランドを応援だ。
警官はいない。
それでも、係員が一家を監視するらしく、
きちんと事情を説明して引継ぎしている。

ここまで追いかけて来ておきながら‥‥。
警官の恩情?
認めてあげるほどにアイスホッケーは大切なものだろうか。
ひょっとして警官も試合を観ておきたかった?
とりあえずヤンキー父は必死で大きな国旗を振って、
フィンランドを応援していた。
そして知らないうちにフィンランドが勝っていた。
私は一家を眺めているだけで終わった。
夫に言うと
「チケット代がもったいない」
と言われそうなので内緒にしてある。

犯罪の香りが漂ってもあまり動じることのない人々。
アキ・カウリスマキの映画に登場するフィンランドは
やっぱり真実なのだろうか。

そんな折、ヘルシンキ市のバスが停留所に突っ込んで
ケガ人まで出したというのをテレビが大きく報じていた。
誰もが自分の日常を乱すことなく、
淡々と通り過ぎていく事故現場の映像の中で、
一人だけが現場検証の周りをうろちょろしていた。

「あれ、カーリナじゃないか?」
と夫に言われるまでもなく、
現場でちょろちょろして
警官に事件のあらましを聞いているらしいその人は、
明らかに私の友人だった。

事件に心躍らせるのは控えめにしよう。
いたく反省した夜だった。


やっぱり基本的にはとてもおだやかで平和なところだな、
と思う。


圭子 森下・ヒルトゥネン

ヒルトゥネンさんが惚れ込んで訳された絵本を
2冊ご紹介します。

むろんフィンランド味です。
もっと深みにはまりたい方はぜひ。
そうでない方もぜひ。
ムーミンに負けないくらいお勧めです!


『ぶた』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:489423291X
【Amazon.co.jp】はこちら


『ぶた ふたたび』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:4894232928
【Amazon.co.jp】はこちら

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2005-02-28-MON

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