【第4回 あくまで自然に裸】
岩の縁に鎖を打ちつける。
それを掴んで海に向かって尻を突き出し用をたす。
ちょっと試してみたけれど、
服を着ていたって尻を突き出すと
ひんやりとした風が海から昇ってくるのよ。
ひゃっ、怖いかも。
でも豪快で、慣れると気持ち良くなるかな。
赤い矢印の先にあるのが鎖。
これを握ってお尻を海に突き出して。
滑りそうな、それ以上のハプニングも考えられそうな
危険な香りのするトイレ。
このトイレ、実はトーベ・ヤンソンさんの島にあったもの。
錆びた鎖を眺めながら、
話してくれた人はまじめな顔をしてたけれど
冗談かもとは思いつつ、
でも本当に本当のことに一票って感じで
心に留めているのですがね。
出すのは尻のみにあらず。
フィンランドではあちこちで裸を目撃します。
裸でいることに気取りがない。
裸でリラックス、あるいはリラックスした裸。
裸が似合う国民と言っていいと思うほどに。
フィンランドの首都ヘルシンキ。
こうやって見ると、カジュアルな裸道、
裸の似合う国民っていう雰囲気ではない。
少し前に首都ヘルシンキのど真ん中の
国立現代美術館の真ん前にテントサウナが出没しました。
これが薪をくべて暖めるサウナで気持ちいいんだ。
美術館の裏にあったころはちょくちょく行っていたものの、
さすがに美術館の目の前の人ごみの中でタオル一丁は‥‥
と思って私は躊躇していたのですが、
老いも若きも楽しそうにサウナしてます。
おとなしく登場していても、
サウナで温まってビールを飲んでるうちにご機嫌な模様。
で、とつとつとした雰囲気を醸し出しながらも
幸せそうなサウナの人々を見て
つられていくのはフィンランド人。
そして、海外からやってきた観光客はカメラを用意です。
タオル一枚を腰に巻いてビールを飲む人々のところに
外国人観光客たちが近寄っていきます。
「写真撮ってもいいですか?」なんて訊かれると、
嬉しそうに立ち上がって一列に並ぶお兄さんたち。
で、はらりとタオルを取り払ってポーズ。
サウナの正しい姿ってことですか?
決して一見の価値があるような、
たいそうなものをお持ちのわけではないんだけれども‥‥。
外気に触れさせると心地良いのか、
それからは真っ裸でそこら辺を走ってみたり
うろうろしてみせる人々まで。
中には
「使い古して色褪せたスヌーピーのタオルを
誤って持参してしまった俺」が、
色褪せたスヌーピーかフルチンかの選択を迫られて
フルチンを選んだというおじさんもいらっしゃいました。
国立現代美術館の前に出没したテントサウナ。
また一人脱ぎ。
一人でやってきて、
こういうところで知る人もおらずに裸になれるって尊敬。
いいサウナに入ったら、
近くに海や湖があるのならば
多少の障害はものともせずに向かう。
そんな凛としたところもあります。
サウナを出てタオル一枚を
腰に巻きつけたり肩にかけたりして、
高速道路を横切り精神病院の脇を抜けて、
海に向かって軽く中距離を走っていったりするのです。
海辺の小高い岩の上で読書をしながら
暖かい一日をゆっくり過ごしていると、
対岸から大きな犬が次々に飛び込んで泳いでる。
別の岸からはおじさんが真っ裸で飛び込んで、
しばらくすると犬に交ざって泳いでる。
男性ばかり登場してしまいましたが、女性もおおらか。
市民プールにはだいたいサウナがあって、
日本の銭湯の洗い場のようにシャワーが並んでいます。
髪を洗うのにシャワーをキープしたいのか、
ノズルをお股に挟んで
慌てた風に内股歩きでシャンプーを取りに行く娘さん、
むだ毛の処理も堂々とそこここでお手入れされています。
ここまで裸でいることに気取りなく、
とはいかない外国人が多いせいか、
プールでは繰り返し
「泳ぐ前はシャワーを浴びましょう。
サウナに入るときは水着を脱ぎましょう」
という放送が英語やロシア語でも流れます。
そんな訳で、プールに行くと、
なんとなく緊張した空気が私のほうに向かってきます。
この外国人、
プールの前にちゃんと洗うとこ洗うんだろうな、
みたいなね。
冬を脂肪で乗り越えてきたという
人生の重みが感じられるでっかいおばあちゃんなんかが、
突如私の隣のシャワーにやってくることもありまして。
おばあちゃんはじっと私を見つめ、無言のまま、
おもむろに股ぐらをごしごしと洗う。
模範演技っていうやつですか。
特に女性はここをしっかり洗ってもらわにゃ、
というおばあちゃんの切実な思いが込められています。
多分外国人だし言葉通じないだろう
という気遣いでもあるし。
こうなると私もしっかり模範演技にのっとって、
態度で応えなければなりません。
確かにあたりを見回すと、洗うときも拭くときも、
老いも若きもしっかりそこんとこ
気取ることも躊躇することもなく‥‥なのよ。
最近では私も、特にそこんとこ押さえています。
もう、誰にも心配させないわよ、
というくらいに率先してね。
ちょっとその世界、鍛えられすぎたかもしれません。
サイクリング途中で見つけた湖の美しさに、
「人もほとんどいないことだし、
まあタオルがなくてもTシャツで拭けばいいし」
と裸で飛び込んで泳いでいたり。
美しい水を見てしまうと脱いでしまってる。
そして10秒後くらいには水の中にいる。
ただね、まだ私の中に
裸の羞恥心のかけらがあるんだと思う。
とりあえず水辺での甲羅干しやサウナとか泳ぐとか、
そういうところで留まってます。
ヌーディストビーチで
普通に愉快なピクニックをしているおじさんたちや、
ボートに犬を乗せて
ゆったりと釣りをしている裸のおじいさん、
靴だけを履いて散歩する女の子に
森の中で出くわしたりすると、
とっても楽だろうなと思うのです。
羨ましい。
一応つけ加えておくと、
この裸の人々はフツーにやってるだけなの。
ナチュラリストとか主義なんていうのではないのです。
水泳だって水着を持ってたらもちろん着てます。
ただなんとなく今日はこうしてみようという、
そんな思いつきなんだと思う。
洗濯しなくてすむし。
体型もいろいろ、年齢もいろいろ。
いろいろあってみんなとっても素敵。
ヘルシンキ市内、ユネスコの世界文化遺産になっている島で、
ヨットレースの後にひと泳ぎしているおじさんたち。
このショットの後、おじさんたちを見てウズウズしたお兄さんが、
片手で隠すところを隠しながら真っ裸で飛び込み。
世界文化遺産だろうが裸です。
男社会だったその昔、フィンランドでは
サウナの中で商談したりしたのだそうです。
サウナの中で裸でいると隠し事ができない、
腹を割って話せる、そんな意味もあったとか。
確かに裸でのびのびと自然でいられる
この人たちを見ていると、
冗談やいたずらはあったとしても、
嘘や悪意っていうものと縁遠いように思えるのです。
悪者って、ほがらかにサウナ入ったり
裸で気持ちよさそうにぶらぶらするの
似合わなさそうだもの。
ちなみに私が生まれて初めてオーロラを見たのって、
真っ裸のときだった。
フィンランドの北、
スウェーデンとの国境にもなっている川で
サウナの後に泳いでいるとき。
満天の星とオーロラ。
その空の生々しいくらいの、
なんだか生命力のようなものを裸で感じる。
自然との一体感、裸万歳! だね。
ということで、裸とオーロラのセットは
大いに私のオススメです。
小心者でもこういうところであれば。
フィンランドって世界一水質がいいのだそうです。
こういうの見ちゃうと
水着なんかなくたって泳ぎたくなってしまうのです。
圭子 森下・ヒルトゥネン
ヒルトゥネンさんが惚れ込んで訳された絵本を
2冊ご紹介します。
むろんフィンランド味です。
もっと深みにはまりたい方はぜひ。
そうでない方もぜひ。
ムーミンに負けないくらいお勧めです!
『ぶた』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:489423291X
【Amazon.co.jp】はこちら
『ぶた ふたたび』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:4894232928
【Amazon.co.jp】はこちら |
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