ほぼ日刊イトイ新聞 フランコさんのイタリア通信。アーズリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。
2008-09-30-TUE
伊達政宗とジュリアの恋物語。


ぼくは、ときどき思います、
愛のために自ら命を絶った蝶々夫人と、
彼女のことをオペラにし、不朽の名作として残し、
世界中の恋人たちを泣かせ続けるイタリア男の
ジャコモ・プッチーニと、
どちらが「よりロマンティック」なんだろう、って。

プッチーニのオペラ「蝶々夫人」は、
日本の女性とアメリカの男性の悲恋の物語ですが、
日本の男性とイタリアの女性の恋が、
300年以上も前の日本で
実際にあったとしたら‥‥?

伊達政宗の副葬品に金のロザリオが‥‥。

トスカーナ地方のモンテプルチアーノで、
毎年、国際芸術祭が開かれます。
モンテプルチアーノは、
標高600メートルの丘の上に
中世の姿のままで静かにたたずむ、
とても美しい中世の街です。
周囲をブドウ畑に囲まれており、そのブドウから、
ノービレ・ディ・モンテプルチアーノが生まれ、
ほんの15km離れたところでは
ブルネッロ・ディ・モンタルチーノが作られています。
どちらも世界で最も美味しいワインのひとつに
数えられます。

franco

この街の中心の広場は街の一番高いところにありますが、
そのグランデ広場でくり広げられるこの芸術祭には、
音楽家、バレリーナ、オペラ歌手などの面々が、
世界各地から集まります。

ところで、この芸術祭の総監督である
ジョヴァンナ・ロッシさんが、
ある物語を知るところとなります。

加藤有華
▲ジョバンナさん

それが、1600年ごろの日本で起きた、
日本人男性とジュリアというイタリア女性の、
途方もない愛の物語だというのです。
それも、この物語は日本でも
偶然に発掘されたとのことです。

それは1974年のこと、
第2次世界大戦の爆撃で壊された
伊達政宗の墓の修復作業中に、
数々の副葬品の中から
1本の金のロザリオが発見されます。
どう見てもヨーロッパから日本へ渡った品物でした。

伊達政宗は16世紀から17世紀にかけての人で、
東北地方の仙台藩の初代藩主ですね。
亡くなったのが1636年、徳川時代ですが、
その時代の日本ではキリスト教は禁止されており、
厳しく取り締まられていました。

にもかかわらず、
日本の東北地方で当時最も権力のあった侍の墓から、
明らかにキリスト教由来の品が見つかったということは、
ヨーロッパの女性と政宗と間に、
深い愛情の物語があったのではないか、
ということを想像し、
これに発想を得た伊達家十八代当主の
伊達泰宗(やすむね)氏は、
バレエ「ジュリア」の原作を書きました。

キリスト教弾圧の大勢の流れに逆らったひとつの恋、
金のロザリオが発見されて息を吹き返すまで、
300年もの時間に耐えたほどに強く深い情熱の物語を。

franco

ロザリオが結びつけるふたりの恋。

バレエ「ジュリア」の主人公ジュリアは、
政宗にロザリオを贈った女性の名前です。
政宗をキリスト教に改宗させるために、
いや、むしろ永遠の愛の印として、
ジュリアは彼にロザリオを贈ったのでした。
政宗とジュリアは偶然に出会いますが、ひと目で、
恋の稲妻に打たれます。
1本の金のロザリオが、時を超えた情熱の証人です。
かつての伝統に敢然と立ち向かった形見のロザリオが、
今もなお東洋と西洋を結びつけます。

この創作バレエ「ジュリア」は、
2004年2月に、仙台で初演されました。
伊達家十八代当主、泰宗氏が、
バレリーナの加藤有華(ゆか)さんのために
情熱を持って書いたこの作品を、
彼女は研ぎすまされた一編の詩として表現しました。

加藤有華
▲加藤有華さん

政宗役は、この世の物とは思えない踊りで、
動きのひとつひとつに情熱をかたむけた
夏山周久(ちかひさ)さんです。

さて、モンテプルチアーノ国際芸術祭の
ジョヴァンナ・ロッシ総監督は、
この永遠の愛の物語を知って
まるで雷に打たれたようになり、
「ジュリア」を上演したバレエ団本部に
連絡をとりました。

やがて日本からモンテプルチアーノに、
ストーリーが分かるようにとイタリア語の字幕付きで、
このバレエの収録されたDVDが届きます。

でも、言葉は必要ありませんでした。
映像だけで、充分に伝わったのです。
芸術の「言語」というものは、翻訳の必要はありません。
バレエの詩情は、世界のどの国でも理解されるのです、
観る人が深い感性を持ってさえいれば。

「ジュリア」はDVDを観た人全員を感動させ、
次のモンテプルチアーノ芸術祭に
招こうということになりました。
主演の加藤有華さんと夏山周久さんを含めた、
このバレエの公演に必要な全ての人や物を、です。

また近頃、能楽囃子大倉流大鼓奏者、
重要無形文化財総合認定保持者の
大倉正之助さんとの
国内外における共演企画を実現出来るよう
思案中なのだとか。

加藤有華
▲大倉正之助さん

伊達政宗とイタリア人女性ジュリアの
ロマンティックな物語を、
モンテプルチアーノでも蘇らせようという点では、
だれもが大賛成です。でも実現させるには、
スポンサーを見つける必要がありますから、
これについては、イタリア首相の
シルヴィオ・ベルルスコーニのテレビ局である
メディアセットとの接触が進められています。

イタリア政府首相の肝いりで、
ロマンティックの名のもとに、
姉妹都市が生まれたりするかも知れませんね。

数世紀を越え、なお終わることのない恋の
あやが織りなす物語であるが故に、
イタリアと日本の間に起こりうる
この上なくロマンティックなつながり、
それが「ジュリア」なのです。


訳者のひとこと

伊達政宗といえば、
現代風にはイケメンというところの
「伊達男」の語源になった人ですね。
大変にお洒落なかただったようで、
大胆な模様の陣羽織なども
お召しだったとか‥‥。
埋葬品にロザリオがあっても、
不思議はないのかもしれませんね。

モスキーノ

翻訳/イラスト=酒井うらら



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