ガンジー |
糸井さんと話している横で、
こうやって、まわりで聞いておられる
ギャラリーのかたがいると、確かに、
話の内容も違ってくるというのが、ありますね。
「その場所にいることが、だいじだ」
というのは、そう言われてみればそうですよ。
そういう友達を、けっこう思い出します。
おもしろいから、とかじゃなくて、
損得を抜きにした奴が、いますよね。 |
糸井 |
「あいつも呼ぼうか」
って、いつも言われる奴が、
いちばんいい友達ですよね。 |
ガンジー |
かといって、そいつは、
仕切ったり何かするわけじゃないんだけど、
存在感は、あるんですよね。 |
糸井 |
そいつは、いりゃあ、いいんですよ。 |
ガンジー |
余計なことは、言わないんですよ。
松本人志さんとの話だって、そうで。 |
糸井 |
ときどき、松本さんは、対談の仲でも
「(笑)」とかしか入っていなくて。 |
ガンジー |
あれも、面と面のものでしょうかね。 |
糸井 |
場をつくってるんでしょう。 |
ガンジー |
最近、糸井さんが
「外に出よう」とおっしゃっているのには、
わたしは、大賛成です。
散歩でふだん2キロ3キロ歩きますけど、
やっぱり、毎日、景色が違いますから。
出会う犬も、違いますし。 |
糸井 |
ええ。「外に出よう」なんですよ。 |
ガンジー |
わたしも文章書くのは、
そんな感じでつづけているんです。
「よくつづきますね」
と友達には言われますが、
ほとんど、自分のからだが
つづくかどうかも、わかりませんから。
朝起きたらどうなっているかもわからないから。 |
糸井 |
毎日、その一日はその日しかないんだ、
というようなことを、
年寄りはいつもいいますけど、
その言葉をリアルに感じることって
非常にむずかしいと思うんですよね?
ガンジーさんみたいな立場にいても、
やっぱり、むずかしいと思うんです。
永遠に、むずかしいんですよね?
明後日死ぬと言われていても、
やっぱり、今日は今日でしかない。
その心境が、よくわかったら、
何でも、よくできるでしょうね・・・。 |
ガンジー |
「死んで持っていけるもんじゃない」
と、よく貧乏人が言いますが、
わたしも、その貧乏人のひとりですが、
でも、生きていたらどうするんですか、と。
だから、明後日死ぬとしても、
使えないものは、使えないんですよね? |
糸井 |
そうなんですよ。 |
ガンジー |
じゃあ、行きたいところに行こうか、
とか思っても、やっぱり行けない、というか、
どこかに、生きていそうな感じが、
からだの中に残っているのでしょうかねえ。 |
糸井 |
人間は、無意識のうちに、
自分は永遠に生きると思っているんでしょうね。
無意識なので、それは
なおさら、手におえないのですけど。
ですから『私は77歳で死にたい』という
本を書いている邱永漢さんの覚悟は、
たいしたもんだと思うんです。
それのために、77歳まで生きるから、
今ここでこのワインを買うと、
ちょうどこのあたりでなくなる、とか、
どんどん計画をしていったらしいんです。
それでおかしいのは、ワインを買ったら、
それが値上がりをしていって、
みんなが欲しがるから、
それを邱さんはあげたりして、買い直して、
でもそのワインも、また値上がりをして・・・。
そうやって、
死ぬまでに飲もうと思っていたワインが
なぜか、財産になっていったらしいんですよ。
考えた人のところに、やはり福が行ってますね。
あのかた、今年77歳になってしまうんだけど、
計画をちょっと変えなければならない、と。
おもしろいですよねえ。
元気なんですよ、また、よく食べられるし。 |
ガンジー |
あの方は、東京大学を出ていても
あの時代で台湾のご出身ということがありますから、
中央の官僚にはなれなかった、という、
そこのところで、 お金の方面に行かれたのでしょうか? |
糸井 |
そうかもしれないですね。
あの方は、いつでも、
ハンディキャップを力に変える人なので。
一時は、台湾政府に逆らって、
いわばおたずねものになってしまって、
で、香港に亡命をしていたんですよね。
ひとつひとつ、やることが、
真ん中のラインには、乗らないんですよ。
じゃあ、横の階段で、ということになる。
邱さんがいつもおっしゃるのは、
世の中で言えることはたったひとつしかなくて、
「いつでも変わっている」ということらしいです。
要するに、絶えず変わっている、ということだけは
いつもそうなんだけど、それ以外に
何かはっきりと言えることは、特にないという。
邱さんの陰での勉強家ぶりは、
ものすごいらしいですよ。
漢詩の素養とか、こっそりと勉強しているでしょう。
あれだけ平易な言葉で、 大衆向きに語ってはいるけど、
おそらく、そうとうなものですよねえ。 |
ガンジー |
中央階段を行かなかったがために。
ああ、そうですか。
わたしの場合、左目の視力がないんですよ。
それで、17歳の頃から、
オートバイに、無免許で乗っていたんです。
何度かつかまっていたんですが、
そのうち、つかまらないようになるんですね。
昭和35年の10月に法規改正があって、
両眼で、視野が180度あれば乗れることになって、
もう、一発で免許をとっちゃいました。
ただ、それまでの10年間というのは
ほんとに2回か3回しかつかまらかったのに、
それから、ばたばた、つかまっちゃった。 |
糸井 |
逆に。 |
ガンジー |
やっぱり、影にいるとかいう抑圧があると、
いろいろなところに神経を張りますよね?
だからわたしも、
無免許の時にはすごい優秀だった。
邱さんの場合には、裏階段でも何でも、
階段をとりあえず登っていこうという
その意欲が立派だったですよね? |
糸井 |
しかも、裏でも、
いつも自分の足で歩いていますもん。
人に寄りかかったり、ということを、
邱さんは、いっさい、していませんから。
だから、おおぜいの人に、
ちゃんと言葉が通じるんでしょうね。 |
ガンジー |
そうですね。
(つづく) |