糸井 | 去年、ジャイアンツは第7戦で敗れて 二年連続の日本一は逃しましたけど、 巨人ファンのぼくにとっては とてもいいシーズンだった、 という感覚があるんです。 なぜかというと、日本シリーズ、 もっと具体的にいうと、 第2戦の印象がとっても大きいんです。 |
原 | ほぅ。 |
糸井 | 昨年の東北楽天ゴールデンイーグルスとの 日本シリーズ、 初戦をジャイアンツがとって、 第2戦の先発は田中将大。 向こうは絶対に勝つつもりできてました。 |
原 | そうでしたね。 本拠地で初戦を落としてましたから、 「勝てなきゃまずい」っていう感じでしたね。 |
糸井 | そうなんです。 楽天としては、絶対落としたくない。 というなかで、楽天が先に1点を取る。 で、7回裏、ぜひもう1点ほしいというところで、 楽天は内野安打で2点目を取るんですね。 で、あの内野安打‥‥ 審判はセーフとジャッジしましたけど、 ぼくは、あ、こりゃ誤審だなと思いました。 テレビでスローを観ても、 まぁ、事実としては、これはアウトだろう、と。 で、そこに原さんが飛び出して行って、 強い抗議をしたんですけれど、 そこで審判に対して、その、 しっかりと抗議をしたという事実を残して、 へんな言い方になりますけど、 きれいに引き下がってくださったんですよ。 |
原 | (笑) |
糸井 | で、あんなに大事な試合の大事な場面で、 しっかり抗議して、しっかり下がった、 ああいう指揮官をぼくは見たことがないんです。 とにかく引き下がらないとか、 放棄試合に近いかたちをつくるとか、 延々と時間が過ぎていくとか、 いろんなケースがありますよね。 それこそ、ジャッジに対して抗議したことで 有名になってしまった試合だっていくつもある。 だけど、過去のそういった試合が よかったのかっていうと、 ぼくは決して、いいとは思ってなくて、 原さんがあのときに、審判っていうものの なんだろう、神聖さみたいなものを認めて、 で、きれいに歩いてベンチに帰っていくところを こう、カメラが映していて、それを見ながら、 巨人っていうのはこのチームなんだって、 ぼくは思ったんです。 これがあとで、あの1点のせいで勝ったか負けたか、 もっと言えば日本シリーズにも、 大きな影響を与えるかもしれないとは思ったんですが、 それができるチームっていうのは、 いまの「原巨人」しかないなって思って、 振り返れば、ぼくにとって、 あれが去年のクライマックスだったんです。 |
原 | ああー。 |
糸井 | 原さんは、たぶん、あのとき、 思った通りのことをやっただけなんでしょうけど、 すごいことだっていうふうにぼくは感じて、 そのあと、報知新聞の原稿にも書いたんですが、 「野球にも品格、品質がある」と思ったんです。 あのときの原さんの態度が、 あの日本シリーズの品格を決めたとぼくは思う。 ですから、たとえば、原さんがあそこで とにかく「勝つ」ということだけに執着して、 何時間も抗議しました、みたいな話で終わったら、 それこそあのシリーズ全体が 祝福されないもので終わったと思うんですよ。 つまり、巨人にとっても、楽天にとっても、 ぼくはあの態度が、 2013年のプロ野球のひとつのピークを つくったんじゃないかなと思ってる。 それを、原さんにお会いしたら、 ぜひ、お話したかったんです。 ま、言われても困ると思うんですけど(笑)。 |
原 | いやいやいや、そんな(笑)。 |
糸井 | あのときの気持ちみたいなものは、 いま思い出せますか? |
原 | あの‥‥まあ、あれは、 ぼくらのいる三塁ベンチから見ると、 目の前のプレーでしたから。 |
糸井 | 目の前ですねぇ。 |
原 | 「よしナイスプレー、 テラ(寺内)、ナイスプレー」と拍手して、 「よし、アウトだ、チェンジ」と思ったものが、 まったく違う風景になってしまって、 やっぱり、まずは信じられなかったですね。 |
糸井 | うん。 |
原 | で、まぁ、自分としては、 もう全速力で一塁塁審のところへ行きました。 |
糸井 | はい、強い抗議でしたね、まずは。 |
原 | たぶん、ことば的にはですねぇ、 かなりきついことを塁審に、伝えたと思います。 えー、まあ、しかし‥‥なんというか、 これは、過ぎたことですし、 あくまでも私の印象ということで言いますが、 反省をしていると感じました。 |
糸井 | うーん、なるほど。 |
原 | 会話のなかで、そういうことばはありません。 けれども、私が抗議をしているときに、 彼が間違いだったと認めていて、 でも、それはもう、一度くだした判定だから 覆すことはできないと、 そういう心の叫びのようなものを感じました。 |
糸井 | ああー。 |
原 | ‥‥だからといって、それでOKかというと そんなことはないんですけれども、 まぁ、結果的には「わかった」と。 シリーズは、まだこれから先もあるし、 ここの逆風というものをね、逆に変えてやろうと そういう気持ちに切り替えて、下がったんですね。 |
糸井 | なるほど。 |
原 | で、いまだから言いますが、 ぼくは、試合中に、ひとつ決めたんです。 試合後に、当然会見があるわけですが、 そのときにもうこのことは話すまいと。 |
糸井 | ああー、話さなかったですね。 |
原 | 話さなかったです。 話したらなにを言い出すかわからない。 だから、もう話すまいと決めて、 一切言いませんでした。 それがぼくのなかでの、なんて言うか、 審判団に対する最大の抗議だった。 あそこでぼくが、試合のあとに、 感じたままに不満を言ったならば、 なんていうんだろうなぁ、 たいした抗議にはならないな、と思いました。 |
糸井 | ああー。 |
原 | だからあえて、 ぼくはそのことは、口に出さない。 そのことが彼らの技術を 向上させるんじゃないかと。 我々が求めているものは、 「正しいジャッジ」ですから。 |
糸井 | うん。 |
原 | いつでも審判の人にいうんですけど、 求めるのは「正しいジャッジ」なんです。 自分たちに都合のいい判定をしろと 言ってるわけじゃない。 |
糸井 | そうですね。 |
原 | ま、その部分では、 黙って引き下がって、コメントしないことが、 審判団に対するいちばんの、 私の意思表明になると、そう考えましたね。 |
糸井 | まあ、あのあと、寺内選手が ホームランを打って2対1になったりして、 結果的にはすごく大きなプレーになったわけですが。 もちろん、1点差と2点差では 配球も違うでしょうから、 「あれがアウトだったら同点だった」とは 簡単には言えないわけですけど。 まあ、でも、実際はというか、 テレビで見てたぼくの目には 明らかにアウトだったわけで。 |
原 | もう、そこの部分は、 論ずる必要もないところですね(笑)。 |
糸井 | 審判も人間というやわらかい存在ですし、 人間のやってるゲームなので、 そういうことはあるんでしょうけど。 でも、それにしたって大きい1点でしたから、 ああいうときに意を決して抗議に行って、 自分から飛び込んでいきながら 引き下がれる強さっていうのが、 ジャイアンツで原さんがつくってきたものの 集大成であるように、ぼくには思えました。 |
原 | ねぇ、まあ、なにが正しかったっていうのは、 ぼくにはわかりませんけれども、 私はそういう方法を取ったということですね。 それが、どういうふうに受け取られたかは これはもう、わかりませんけど‥‥。 あの次の日というのは、 東京ドームに場所を移しますから、 試合がなくて、練習日だったんですよ。 で、その練習日にですね、 その審判の方がね、 グランドに練習に来てました。 |
糸井 | へぇー、そうですか。 |
原 | で、ぼくは、「話したくもない」という、 腹立たしいような心理も どこかにはありましたけれども、 それでもやっぱり、つぎの日に 練習に来ているということが、ね。 |
糸井 | なかなかすごいですね。 |
原 | すごいと思います。 |
糸井 | そうですね。 |
原 | いやあ、ほんとなら、 逃げたいくらいの心境でしょう。 その日の新聞なんて、もう、でかでかと、 問題の場面が載ってましたから。 |
糸井 | そうですよね。 |
原 | そういうなかで、翌日、練習に来ている。 ぼくは、もちろん納得がいかない気持ちは 残ってはいるものの、 「この人はいい審判になるだろうな」 というふうに思いましたよ。 |
糸井 | ああ、なるほど‥‥。 そう、だから、そういうことも含めて、 「野球の品格、品質」だと思うんですよ。 逆にいえば、いままではやっぱり そういうことが問われてなかった。 つまり、なにをしてでも勝てばいいっていう。 もちろん勝負事ですから、 そういう要素は、ないとは言いません。 ただ、「だから野球が好きなんだよ」って、 野球をやらない人までも言ってくれるような、 そういう野球をぼくらは やっぱり見たいんですよねぇ。 |
原 | うん、そうですね。 |
糸井 | ですから、あの、日本シリーズの第2戦、 負けましたけど、すばらしいものを見たなと。 もちろん、負けたことはしっかり 落ち込むんですけどね(笑)。 |
原 | いや、それは、もう、 ぼくだって、心のなかっていうか、 本心では、もう、すごいわけですよ。 |
糸井 | そうでしょうねぇ(笑)。 |
原 | ぜんぜん納得もいかないですし。 しかしやっぱり、もう一人の自分が、 糸井さん的に言うならば、 品格とか品質とかという部分を重んじる 自分がいたんでしょうね。 やっぱり、プロ野球のいちばん大事な部分は ファンの方々なんだっていう気持ちが 根っこのところにありますから、 どういう野球を見せたいんだという部分で ああいう行動をとってしまった というのはあると思います。 |
2014-03-31-MON | ||