第3回 受け継がれる、監督の振る舞い。


糸井 ただ勝つだけじゃなくて、
品格とか、品質を感じさせる原さんの野球。
それは、いち社会人として、
「ああ、これは学びたいな」と
思わせるものだったんですけど、
その前提になっているのは、やっぱり、
藤田(元司)さんの野球なんじゃないかな、
と思うんです。
ああ、はい。
糸井 もう何度も言ってることですが、
藤田さんはプロ野球のチームの監督でありながら
「勝つより大事なことがある」って
おっしゃったんですよね。
「勝つ」っていうのは、もう、
スポーツをやるときの大前提です。
でも、藤田さんは当たり前のように、
それよりも大事なことがあるんだ、って。
その姿勢は、日本シリーズの大事な場面で、
強く抗議をして、さっと引き下がって、
その後、なにも言わなかった原さんと、
やっぱり通じるものがあると思うんです。
そうですね。
それで、いま思い出したのはですね、
ナゴヤ球場で藤田監督が抗議したときのことです。
そのときは、一度、「ホームラン」と
ジャッジされたのに判定が覆って
ファウルになったんですよ。
糸井 ほー。
糸井さんもおわかりかと思いますけど、
一度「ホームラン」とジャッジされた判定が
覆るというのは、本来、考えられないんですよ。
糸井 そうですね。
そのとき、線審を務めていたのは、
審判員として大ベテランの
福井さんという方でした。

(1991年6月29日、ナゴヤ球場、中日巨人戦。
 中日2―0巨人で迎えた2回表2死一塁。
 村田選手の右翼ポール際に放った打球を、
 一塁線審の福井宏さんは「本塁打」とジャッジ。
 これに中日の星野監督が血相を変えて抗議した結果、
 福井さんは誤審を認め「ファウル」に判定を変更。
 すると今度は巨人の藤田監督が猛抗議。
 騒動に終止符を打ったのは、
 福井さんのマイクパフォーマンス。
 3万5000人の観衆の前で
 「明らかなファウルをホームランと見誤りました」
 と詫びる潔いものだったそうです。
 ※協力・報知新聞)

糸井 藤田監督は、どうされたんですか。
まず抗議しました。
なにしろ、はっきりと一度「ホームラン」と
ジャッジされているのに、
抗議で「ファウル」に覆ったんですから。
糸井 なるほど。
それこそ最初は、試合を放棄するくらいの勢いで
食い下がってました。
しかし、福井さんが明らかに誤審だったと
自分の間違いを認めたときに、
藤田監督は潔く「わかった」と。
糸井 ああーー。
それがほんとにホームランじゃなかった、
ということに対して、すごく納得されていた。
納得というか‥‥納得はしてないんですよ、
試合のなかで一度判定されたわけですから。
糸井 でも、矛を収めたわけですね。
そう、収めたんです。
その意味でいうと、ぼくが抗議したケースとは、
事実の方向性が逆なんですけどね。
実際に正しいジャッジに覆ったんですから。
糸井 そうですね(笑)。
しかし、やっぱり、その、
「チームを動かした」というのかな、
抗議したときも、その収め方についても、
選手全員が納得できたんです。
そういった意味においては、
ほんとうに見事でしたね。
監督というのは、こういうすごさを
持ってなきゃいけないんだなと思いました。
糸井 原さんは、それを選手として
見てらっしゃったわけですね。
ええ。
糸井 その試合だけでなく、
抗議とか、乱闘とか、さまざまな場面を
何度も経験されたと思います。
で、そういうときに
どういう態度をとるかというのは、
監督によってさまざまですよね。
そうですね。ですから、もう、
いろんな監督のいろんな対応を
見るだけで勉強になるというか。
実際、ぼくが試合のなかで、
審判団の人たちと話をするときは、
あのナゴヤ球場での藤田監督の姿、
あのときの光景というのが、
自分の根底にあると思いますね。
糸井 つまり、藤田さんをはじめとする
巨人の長い歴史が、原さんのなかに、
やっぱり伝わってるってことですね。
ええ、それはもう、そうだと思います。
糸井 ひょっとしたら、
藤田さんのなかには川上さんの姿が
伝わってるかも知れないし。
ああ、そうですね。
糸井 同じように、去年の日本シリーズの
あの試合を体験した巨人の選手たちは、
ベンチから飛び出して行って抗議した原さんと、
我慢して引き下がって、
ある種の品格を守った原さんを見ている。
それが自分のなかに残って、
いつか指導者になったときには
態度として表れるんでしょうね。
そうですね。
まぁ、同じような状況であっても、
どういうふうに振る舞うかというのは、
その人の自由にしていいと思うんですが、
まぁ、どこかに記憶としては残るような、
そういう場面ではありましたね。
糸井 そう思います。
たんに、ひとつのプレイ、
ひとつのジャッジに留まらないというか。
その意味でいえば、あのときの態度というのは、
楽天にもすばらしいプレゼントになってると思う。
あそこでごねて、あの判定に
必要以上の注目が集まってしまったら、
あんなことして勝った、みたいな話になりますから。
だから、楽天の優勝に対して、
敗れたものから贈る拍手と同じものが、
あそこで引き下がる原さんの態度に
すでに入っていたとぼくは思うんです、
それをね、今日はぜひ伝えようと思っていて。
いや、ありがたいですし、うれしいです。
そういう、なんていうか、内面の部分をね、
機会をいただいて、ぼくもこうやって
話すことができましたし。
糸井 ああ、こういう機会でもないと
ずっと黙ってることになりますものね。
うん。ですから、巨人ファンのなかにも
「なんだあいつは」って思ってた人もいたでしょうし。
「あっけねぇ、さっぱりした野郎だな」っていう、
そういう見方する人もいておかしくないですし。
糸井 ああ(笑)。
でも、ほんとうの内面というのは、
やっぱり、見ているだけではわからない。
あの、日本シリーズの戦いのなかで、
どういう心理でいるかというのは。
糸井 一年間戦った集大成のような試合ですからね。
そうです、そうです。
ですから、ああいうときは、なんていうか、
ギリギリの状態だからこそ、
その人の「性(しょう)」が出るというか。
糸井 「性」が出ますねぇ(笑)。
出ますね(笑)。
糸井 そして、その、ギリギリの状況のなかで
表れる「性」というのは、
見ている選手にかならず響くと思うなぁ。
で、ぼくは、原さんのあの態度を見て、
このチームのファンでよかったと思いましたね。
そう思った人、いっぱいいるんじゃないかな。
いやぁ‥‥そうですか。
糸井 いや、でも、この話ができてよかったです。
はい。

2014-04-01-TUE
前へ このコンテンツのトップへ 次へ