ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは世間一般に「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
子どものような好奇心をもちながら、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちを敬意を込めて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談を通じ、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりとご紹介していきます。
小林誠先生ってどんな人?
小林誠(こばやし・まこと)
1944年生まれ。理論物理学者。
専門は素粒子物理学。
名古屋大学理学部物理学科卒業、
名古屋大学大学院理学研究科修了(理学博士)。
「高エネルギー加速器研究機構」の
理事・名誉教授を歴任後、
2008年に特別栄誉教授に就任、現在に至る。
「日本学術振興会」の学術顧問、
「名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構」の機構長。
これまでに数々の受賞歴があり、
2008年には文化勲章、ノーベル物理学賞を受賞。
反粒子ってなに?
- 小林
-
この宇宙には「粒子」の他に、
「反粒子」というものもあります。
ただし、反粒子は現実には存在しません。
- 乗組員A
-
‥‥どういうこと?
- 乗組員B
-
あ、もうわからない(笑)。
- 小林
-
ここはとても大事なところなので、
ゆっくり説明していきますね。
「反粒子」というのは、
物質のもとになる粒子
「電子・陽子・中性子・クォーク」の、
正反対の性質を持った粒子のことです。
- 乗組員A
-
「反」というのは、反対という意味ですか?
- 小林
-
ひとまず「反対」と思っていいでしょう。
例えば、「電子」は、
マイナス(ー)の電気を持った粒子です。
しかし、反粒子の「陽電子」は、
電子とそっくりでありながら、
プラス(+)の電気を持っています。
- 乗組員A
-
マイナスの反対だからプラス‥‥。
- 小林
-
電気は反対ですが、重さは同じ。
そういう意味では、
2つはそっくりな粒子といえます。
すべての粒子には、
反対の性質を持った反粒子が、
パートナーのように存在します。
- 乗組員A
-
でも、さっき「反粒子は存在しない」と‥‥。
- 小林
-
反粒子は、確かに存在します。
ただし、この世界では、
誕生した瞬間に
パートナーとなる粒子とくっついて、
すぐに消滅してしまいます。
- 乗組員A
-
つまり、相殺しあって消えてしまう?
- 小林
-
イメージ的にはそうですね。
なので、世界中どこを探しても
反粒子というものはありません。
ないけど、存在はする。
- 乗組員A
-
ないけど、存在はする‥‥。
- 乗組員B
-
先生、あの、ないものを
どうやって見つけたんでしょう?
- 小林
-
いい質問ですね。
探してもないなら、
人工的につくってやればいいんです。
- 乗組員B
-
え、つくれるんですか?
- 小林
-
理論上は2個の光子をガチンとぶつけると、
電子と陽電子がつくれます。
つまり、粒子と反粒子のペアです。
大きなエネルギーを衝突させることで、
反粒子はつくりだせます。
- 乗組員A
-
人工的につくりだした反粒子は、
そのあとどうなるんですか?
- 小林
-
反粒子は粒子と出会った瞬間に、
消えてなくなります。
つくりだすことはできても、
粒子がいっぱいあるこの世界では
すぐに消えてしまうので、
どこを探しても「ない」わけです。
- 乗組員A
-
はぁぁぁ‥‥。
- 小林
-
ここに「宇宙の謎」がひとつあります。
- 乗組員A
-
宇宙の謎?
- 小林
-
「そもそもなぜこの宇宙は、
粒子で成り立っているのか」
という問いです。
粒子も反粒子も、
理論上はそっくりなんです。
だったら、なぜこの宇宙は、
反粒子でつくられなかったのか。
- 乗組員A
-
あぁ、そうか、
粒子も反粒子もそっくりなわけだから。
- 小林
-
なぜ粒子でこの宇宙がつくられ、
なぜ反粒子じゃなかったのか。
これは宇宙の大きな謎のひとつで、
まだ完全には解明されていません。
- 乗組員A
-
へぇーー。
- 乗組員B
-
へぇーー。
- 小林
-
さっき粒子と反粒子は
「そっくり」といいましたよね。
- 乗組員A
-
はい。
- 小林
-
重さが同じで、ちがいは電気符号だけ。
ほとんどの物理法則は、
電気の符号を入れ替えても成立するので、
そっくりに見えます。
物理の世界ではこれを
「対称性がある」といいます。
- 早野
-
ようやく「対称性」という言葉が出ました。
- 乗組員A
-
先生のノーベル賞の受賞理由にも
「対称性」という言葉がありました。
- 早野
-
「CP対称性の破れ」ですね。
- 乗組員A
-
はい、よくわかりません(笑)。
- 早野
-
対称というのは
「左右対称」という言葉があるように、
「反対、反転」をイメージすると
理解しやすいと思います。
粒子と反粒子もある意味では、
「現実世界と鏡の中の世界」
のような関係性があります。
鏡の中は反対ですが、
映っているものは同じです。
- 乗組員A
-
あぁ、なるほど。
左右の向きは反転するけど、
映ってるものは同じ。
- 小林
-
つまり、粒子と反粒子は
ある種の「映し鏡」のような関係性にある。
そのことを「CP対称性」といいますが、
1932年に反粒子が見つかってから、
それがずっと正しいと思っていました。
- 乗組員A
-
‥‥思っていた?
- 小林
-
1964年にクローニンとフィッチという
二人の物理学者が、
実験である反応を見つけます。
それは
「粒子と反粒子は対称ではない」
という実験結果だったんです。
- 乗組員A
-
対称じゃなかった‥‥。
- 乗組員B
-
どういうことですか?
- 小林
-
それまでの物理学は
「粒子と反粒子は対称である」と、
ずっと信じていました。
それを前提に話が進んでいました。
でも、本当は全然ちがったんです。
つまり、人類はずっと、
大きな勘違いをしていたわけです。
- 早野
-
「対称性が成り立っていない」ことを、
物理学では「対称性の破れ」といいます。
1964年にそのことが明らかになり、
それまでの素粒子の世界観を、
根本から大きく変えてしまったんです。
- 小林
-
ここまでが「CP対称性の破れ」の説明です。
- 乗組員A
-
つまり、これが小林先生のやられた研究の‥‥。
- 早野
-
いえ、先生はまだ登場すらしていません。
- 乗組員A
-
えぇーーー。
- 乗組員B
-
ひゃー(笑)。
- 小林
-
さぁ、ここからどうしましょうか(笑)。
(すこしずつ、すこしずつ。つづきます)