HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

金子研究員は、なぜ電子を1個ずつかぞえているのか?

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.3

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
こどものような好奇心をもって、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちのことを敬意をこめて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談から、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりご紹介していきます。

金子晋久さんってどんな人?

第6回 大胆に、そっと変える。

早野
はじめのほうで説明した
「新しいSI」というのは、
いつからスタートするんですか?
金子
来年2019年5月20日の
「世界計量記念日」から施行されます。
早野
その昔はキログラム原器のように
「メートル原器」という
1メートルの金属の棒もありましたが、
あれもずいぶん前からないですよね。
金子
1983年には改定されています。
乗組員A
ちなみに、いまのメートルの定義って‥‥。
早野
いまのメートルは、
光の速さによって定義されています。
資料にはこう書かれています。
1秒の299792468分の1の時間に光が真空中を伝わる行程の長さ。
乗組員A
はぁぁ、光の速さ‥‥。
早野
いまや「長さ」の単位は光によって決まり、
「時間」は原子によって決まります。
そして「質量」はキログラムは原器がなくなり、
プランク定数に変更されます。

そうして7つある基本単位が
どんどん進化していく中で、
金子さんの研究されている「電流」は、
このたび「電子の電荷」に変わります。
金子
そうですね。
乗組員A
生活レベルのことでいうと、
身のまわりにある測定器が、
徐々に正確なものに置き換わっていく、
みたいなことがあるんでしょうか。
早野
いえ、なにも変わりません。
乗組員A
なにも変わらない!
早野
というか、変わるように変えちゃいけない。
乗組員A
変えちゃいけない!
金子
早野先生のおっしゃるとおりで、
生活に支障が出ては意味がありません。
「明日からはかりの目盛が変わるので、
料理レシピの値はこうしなさい」と、
なっちゃいけないので。
乗組員B
ああ、なるほど。変わると困っちゃうから。
金子
みなさんが困らないように、
キログラム原器からスムースに
プランク定数にバトンタッチさせていきます。
そこで値のズレは起きません。

だからいまのはかりはそのまま使えるし、
再調整の必要もありません。
乗組員A
じゃあ、定義が変わっても安心ですね。
金子
ただし、定義が変わることで、
ひとつだけ微妙にズレが出る単位があります。
それが、われわれが扱う「電気」です。
乗組員A
えっ! ズレが出るんですか?
金子
きょうはそのことについて
話さなかったのですが、
現SIと新SIでは、
電圧で「1000万分の1ボルト」ズレます。
抵抗は「1億分の2オーム」ズレる。
乗組員A
????
乗組員B
それはどのくらい生活に影響が‥‥?
早野
そのズレがなにかに影響するかといえば、
とくになにもないんです。
乗組員A・B
とくになにもない!
早野
生活ではなにも感じないレベルなので。
乗組員B
もう‥‥なにがなんだか‥‥。
乗組員A
でも、他の単位は問題ないのに、
なぜ電流だけズレるんでしょうか?
金子
なぜズレるかというと、
ちょっとしたストーリーがあります。

われわれの電気量というのは、
1990年にSIの標準から
あえて離れる選択をしています。

なぜかというと、ジョセフソン先生と
フォン・クリッツィング先生の発見された
ジョセフソン効果と量子ホール効果を使えば、
SIよりもっと高精度な標準をつくったり、
測定することができたからです。

ある意味、SIで定義された世界よりも、
もっとピュアで正確な世界を
先につくりあげてしまったわけです。

で、そのキレイな世界の精度が
どんどん高められていったときに、
もともとのSIの標準と、
わずかながらズレが起きてしまいました。

なので今回、SIの改定にともない、
そのズレを解消しなければいけません。
そのズレが電圧で1000万分の1、
抵抗で1億分の2になります。
乗組員A・B
はーーー。
早野
あと、なにも変わらないといっても、
教科書にはちょっと影響が出るかもね。
ミューゼロ(µ0)が
「4π×10-7イコール」じゃなくなる。
金子
そこは不確かさがついて、
「±いくつか」になりますね。
そういう意味でいちばん変わるのは、
高校の教科書かもしれない。
早野
ただ、それも限定的です。
計算上はほとんど影響がないし、
なにか問題を解くにおいても
それだけのケタ数は影響しません。
金子
しないですね。
定義が変わるというのは、
非常に重大で大きな変化ですが、
その変化はほとんどの人にとっては、
まったく関係がない話ですから。
早野
すごく革命的なことなんだけどね。
金子
はい、革命的な変化ですが、
そのことに気づかせないように
変えなければいけません。

情報はみなさんに十分に公開して、
けれども日常生活にまったく影響がないように、
気づかれないように「そっと」変える。
それがわれわれの使命だと思っています。
早野
新しいSIは来年5月20日からです。
一般のニュースにはならないと思うけど、
こういうことを知るのってたのしいですよね。

いやぁ、きょうはとても勉強になりました。
ねぇ、おもしろかったでしょう?
乗組員A
はい、おもしろかったです。
こうやってお話をうかがうと、
普段つかっている「単位」が、
ありがたいものに思えてきますね。
乗組員B
こんな世界があるなんて、
いままでまったく知りませんでした。
金子
ぼくの説明がややこしくて、
かなり困ったと思います‥‥。
早野
いえ、非常にわかりやすかったですよ。
どうもありがとうございました。

それにしても、
かつて画家を目指していた子どもが、
「ハレー彗星」に影響を受けて
研究者を目指すことになるとはね。
人生なにがあるかわからない。
金子
ほんとそうですね(笑)。
あのまま絵を描き続けていたら、
いまごろどうなっていたことやら‥‥。
早野
ちなみに、もうひとりの
絵が上手だったお友達は、
いまはなにをされているんですか?
金子
彼はいま、大学で美術の先生をやってます。
早野
ああ、そうでしたか。
やっぱり人それぞれ、
じぶんの道があるということですね。

おもしろかったです。
最後にこのシリーズ恒例の
ツーショット写真をとって終わりましょうか。
金子
はい!

(終わります)