ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
こどものような好奇心をもって、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちのことを敬意をこめて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談から、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりご紹介していきます。

金子晋久さんってどんな人?

金子晋久(かねこ・のぶひさ)
物理学者。
産業技術総合研究所、
計量標準総合センター、
物理計測標準研究部門の首席研究員。
応用電気標準研究グループの研究グループ長(兼務)。
専門は固体物理、量子電気標準、
低次元デバイスにおける量子効果。
1997年、東北大学大学院理学系研究科
博士後期課程了(物理学専攻)、博士(理学)。
1999年よりスタンフォード大学博士研究員、
同SLAC研究員を経て、
2003年より産業技術総合研究所入所。
現在、計量標準総合センターの首席研究員。
大胆に、そっと変える。
- 早野
- はじめのほうで説明した
「新しいSI」というのは、
いつからスタートするんですか?
- 金子
- 来年2019年5月20日の
「世界計量記念日」から施行されます。

- 早野
- その昔はキログラム原器のように
「メートル原器」という
1メートルの金属の棒もありましたが、
あれもずいぶん前からないですよね。
- 金子
- 1983年には改定されています。
- 乗組員A
- ちなみに、いまのメートルの定義って‥‥。
- 早野
- いまのメートルは、
光の速さによって定義されています。
資料にはこう書かれています。
1秒の299792468分の1の時間に光が真空中を伝わる行程の長さ。
- 乗組員A
- はぁぁ、光の速さ‥‥。
- 早野
- いまや「長さ」の単位は光によって決まり、
「時間」は原子によって決まります。
そして「質量」はキログラムは原器がなくなり、
プランク定数に変更されます。
そうして7つある基本単位が
どんどん進化していく中で、
金子さんの研究されている「電流」は、
このたび「電子の電荷」に変わります。
- 金子
- そうですね。
- 乗組員A
- 生活レベルのことでいうと、
身のまわりにある測定器が、
徐々に正確なものに置き換わっていく、
みたいなことがあるんでしょうか。
- 早野
- いえ、なにも変わりません。
- 乗組員A
- なにも変わらない!
- 早野
- というか、変わるように変えちゃいけない。
- 乗組員A
- 変えちゃいけない!
- 金子
- 早野先生のおっしゃるとおりで、
生活に支障が出ては意味がありません。
「明日からはかりの目盛が変わるので、
料理レシピの値はこうしなさい」と、
なっちゃいけないので。
- 乗組員B
- ああ、なるほど。変わると困っちゃうから。
- 金子
- みなさんが困らないように、
キログラム原器からスムースに
プランク定数にバトンタッチさせていきます。
そこで値のズレは起きません。
だからいまのはかりはそのまま使えるし、
再調整の必要もありません。
- 乗組員A
- じゃあ、定義が変わっても安心ですね。
- 金子
- ただし、定義が変わることで、
ひとつだけ微妙にズレが出る単位があります。
それが、われわれが扱う「電気」です。

- 乗組員A
- えっ! ズレが出るんですか?
- 金子
- きょうはそのことについて
話さなかったのですが、
現SIと新SIでは、
電圧で「1000万分の1ボルト」ズレます。
抵抗は「1億分の2オーム」ズレる。
- 乗組員A
- ????
- 乗組員B
- それはどのくらい生活に影響が‥‥?
- 早野
- そのズレがなにかに影響するかといえば、
とくになにもないんです。
- 乗組員A・B
- とくになにもない!
- 早野
- 生活ではなにも感じないレベルなので。
- 乗組員B
- もう‥‥なにがなんだか‥‥。
- 乗組員A
- でも、他の単位は問題ないのに、
なぜ電流だけズレるんでしょうか?
- 金子
- なぜズレるかというと、
ちょっとしたストーリーがあります。
われわれの電気量というのは、
1990年にSIの標準から
あえて離れる選択をしています。
なぜかというと、ジョセフソン先生と
フォン・クリッツィング先生の発見された
ジョセフソン効果と量子ホール効果を使えば、
SIよりもっと高精度な標準をつくったり、
測定することができたからです。
ある意味、SIで定義された世界よりも、
もっとピュアで正確な世界を
先につくりあげてしまったわけです。
で、そのキレイな世界の精度が
どんどん高められていったときに、
もともとのSIの標準と、
わずかながらズレが起きてしまいました。
なので今回、SIの改定にともない、
そのズレを解消しなければいけません。
そのズレが電圧で1000万分の1、
抵抗で1億分の2になります。
- 乗組員A・B
- はーーー。
- 早野
- あと、なにも変わらないといっても、
教科書にはちょっと影響が出るかもね。
ミューゼロ(µ0)が
「4π×10-7イコール」じゃなくなる。
- 金子
- そこは不確かさがついて、
「±いくつか」になりますね。
そういう意味でいちばん変わるのは、
高校の教科書かもしれない。
- 早野
- ただ、それも限定的です。
計算上はほとんど影響がないし、
なにか問題を解くにおいても
それだけのケタ数は影響しません。
- 金子
- しないですね。
定義が変わるというのは、
非常に重大で大きな変化ですが、
その変化はほとんどの人にとっては、
まったく関係がない話ですから。
- 早野
- すごく革命的なことなんだけどね。
- 金子
- はい、革命的な変化ですが、
そのことに気づかせないように
変えなければいけません。
情報はみなさんに十分に公開して、
けれども日常生活にまったく影響がないように、
気づかれないように「そっと」変える。
それがわれわれの使命だと思っています。

- 早野
- 新しいSIは来年5月20日からです。
一般のニュースにはならないと思うけど、
こういうことを知るのってたのしいですよね。
いやぁ、きょうはとても勉強になりました。
ねぇ、おもしろかったでしょう?
- 乗組員A
- はい、おもしろかったです。
こうやってお話をうかがうと、
普段つかっている「単位」が、
ありがたいものに思えてきますね。
- 乗組員B
- こんな世界があるなんて、
いままでまったく知りませんでした。
- 金子
- ぼくの説明がややこしくて、
かなり困ったと思います‥‥。
- 早野
- いえ、非常にわかりやすかったですよ。
どうもありがとうございました。
それにしても、
かつて画家を目指していた子どもが、
「ハレー彗星」に影響を受けて
研究者を目指すことになるとはね。
人生なにがあるかわからない。
- 金子
- ほんとそうですね(笑)。
あのまま絵を描き続けていたら、
いまごろどうなっていたことやら‥‥。
- 早野
- ちなみに、もうひとりの
絵が上手だったお友達は、
いまはなにをされているんですか?
- 金子
- 彼はいま、大学で美術の先生をやってます。
- 早野
- ああ、そうでしたか。
やっぱり人それぞれ、
じぶんの道があるということですね。
おもしろかったです。
最後にこのシリーズ恒例の
ツーショット写真をとって終わりましょうか。
- 金子
- はい!

(終わります)