アンリ | 確かにスポーツ自体はとても自由な世界です。 ただ、どんなスポーツにも、枠がありますよね、 テニスだったらテニス、 サッカーだったらサッカー。 その1つしか考えることができない。 もちろん時間の拘束もあるし、ルールがある。 でも僕はサッカーを愛していたので そういうことは最初は気になりませんでした。 でもやっぱり、20歳になったこととか、 ヒッピーの時代っていうことも あったんだと思うんだけれども、 何か、スポーツの中のサッカーの世界が とても狭く感じるようになりました。 要するに選手は金銭で売買される立場ですよね。 メンバーがあっちに行く、こっちに来る、 っていう、ゲームの駒のように 自分自身が感じられて。 |
糸井 | そうですね、うん。 |
アンリ | 動かされる自分が嫌だった。 自分で動きたい、 自分のことは自分でという、 そういう精神があったものですから、 発散をしたかったんです。 |
糸井 | 僕もその頃にヒッピーの影響を受けていました。 時代背景としては、体育会系の人たちと ヒッピーな考えっていうものの違いは、 今よりずっとたくさんありましたね。 |
アンリ | 同感です。正反対のことかもしれないです。 だんだんと、 サッカーの中で自分を表現するっていうことが 少なくなっていきました。 自分では自分の全てを曝け出しているのは サッカーしかなかったのにもかかわらず。 そんなときに、たまたま偶然に、 ロランド・ロッシさんとの出会いがあり、 ベルトをつくってみて、それが認められて、 僕は自分の頭の中が爆発したような、 新しい発見をしたんです。 こういう自分の表現の仕方もあるんだ、 ああ、こういうふうに僕は何かをできるんだって。 あの、愛情の時代、 表現の自由というのがあった時代、 その時代の流れに自然に 乗ってったんじゃないかと思うんです。 僕はこの時代に生まれたことを とても感謝しています。 この時代に生まれて、 そういう時代を暮らしてきたってことは やっぱり宝だと。 |
糸井 | うん。偶然なんですけども、きょう、僕、 シルク・ドゥ・ソレイユの創始者の ジル・サンクロワさんというかたに 会ってきたんですね。 彼も、ヒッピーなんですよ。 |
アンリ | ヒッピーの時代っていうのは、 平和と愛と、戦争反対っていうような時代だけど、 僕にとって大切なことはもう一つあって、 それは子どもに還るっていうことなんです。 子どもに還る、子ども時代に還る、 子どもの気持ちを大切にするっていうことに 自分の中に共感するものがあった。 それからその後、もの作りをするに当たっても 子どもの気持ちを忘れずにいます。 時々、僕は鏡を見ながら思うのは、 “この子ども”はどんなふうに これから育つんだろうって。 |
糸井 | 自分のことをね。 |
アンリ | 今でも自分でそう思うんです。 |
アンリ | そしていま、僕には 5歳の子どもがいるんですけれども、 彼を見て、僕も子どもに還ることができる。 これがもっと若いときの子どもだったら 今のようにはいかなかっただろうと思います。 |
糸井 | 年を取ってからますます、 自分の中の子どもの部分というのが、 わかるようになってきますね。 子どもである部分っていうのは 弱いっていうことでもあるし、 もうひとつはやっぱり、 自由だっていうことだし、 2つの意味でますます大事にしなければ、 っていうふうに僕は思うようになりましたね。 |
アンリ | シンプル。 シンプルに生きること。 それはとても難しいけど、 シンプルであることで、 子どものように純粋でいられます。 年を重ねていくと、経験であったりとか、 いろんなものが重荷になってきますが、 だから、もっとシンプルになろう、 もっとシンプルになろうということを いつも思っています。 |
糸井 | アンリさんはもしかしたら 僕と同い年かなあ? 僕は1948年なんですよ。 |
アンリ | 僕は47年生まれです。 |
糸井 | ああ、やっぱ同じような年ですね。 |
アンリ | お若いですね(笑)。信じられない。 |
糸井 | いや、だから、僕も、子どもなんです。 初めてお会いしましたが、 何かとても通じますよね。 じゃあ、話を1回戻して、 街で、手づくりの革ベルトを売ったときから、 今に至る道をおしえてください。 |
(つづきます。) | |
2008-11-03-MON