第3回 大量生産とアートの間に。
  1970
アンリ 革職人になっての40年間は、
僕はもう、とてもトリップ‥‥
魔法の中にトリップしてるような感じです。
糸井 ほう。
アンリ これはもしかして、
僕の欠点でもあるのかもしれないんだけれども、
大きな利益を得ようとか、
これでお金持ちになろうとか、
そういうようなことが念頭になく、
まず自分の好きなものを作って、
その「もの」に共感して
お金を出してくれる方がいるんだったらいい、
というスタンスで始まって、
きょうまでの40年間、いるんです。
素材が好きだ、色も好きだっていう、
やっぱり自分のおもむくままにやっている。
糸井 はい、はい。
アンリ 最初のベルトは、20本か30本ぐらい作って、
スイスのアスコーナという町で
あるお店に持ち込んでみたんです。
どうなるか分からないのでとりあえず見せてみようと。
今もそうなんですけど、スイス人ていうのは堅くて、
とても真面目でっていうイメージがありますよね。
なのでちょっと恐かったんだけれども、
まず行ってみようと。
それで行ってみたら、「じゃ、幾ら?」って。
まさか買ってくれると思わなかったので、
値段は決めてなかったんです。
じゃとりあえず1個25フランですって言ったら、
全部、買ってくれて。
「ああ、僕の製品てお金になるんだ」って。
21歳のときのことです。
糸井 嬉しかったでしょうね。
アンリ ええ、もう何か信じられなかった。
糸井 サッカー以外に何かがお金になるなんてことは
思ってなかったでしょうからね。
アンリ 40年前のサッカーは
そんなすごいお金が回ってなかったですけれど。
糸井 あ、そうか(笑)。
そのときに、堅いと思われたスイス人に
全部買ってもらえたっていう、
自分のそのベルトは、
そのへんにあるものと何が違ってたって、
今、思いますか?
アンリ ベルトっていうのは、ベルトの形があって、
バックルがあってと、形が決まっていますよね。
僕のは‥‥別に習ったわけでもないので、
幼児的な、原始的な発想でつくったんです。
糸井 あの、要するに
何もかもが決まりきったところに、
子どもが急に何かものを作ったみたいなものが
ぽんと出て来たわけですね。
アンリ ここに、あるかな、同じものが。
糸井 え、あるかもしれないですか?
アンリ

再現したものですけれど。
これです。

henri

「サシェ・ロランド」っていう名前で、
革職人のロランドさんからとりました。
お客さまにはこれ、全部、
ばらばらの状態で渡してるんです。

糸井 えっ。
アンリ お客さまが自分で自由に組み合わせて使うんです。
たとえばこのわんちゃんはここに欲しいとか。
糸井 うわぁ。聞いてるだけで楽しいです。
アンリ そうですか(笑)。
  henri
糸井 絵描きさんは、アートをつくっている。
一方で、大量生産の製品がある。
その間の商品が全くなくなって来たんですね、
時代の変化で。どちらかしかない。
でも、僕は、作品と呼ばれる種類の商品が
あるんじゃないかと思って、
ずっと、そういうものを探しているんですよ。
アンリ 大量生産というのはやっぱり、作り手が見えません。
10個あったら10個、同じ顔ですよね。
でも作品になると、ひとつひとつが変わってきて、
その作り手の顔が見えます。
糸井 はい。
アンリ 大量生産はやはりミシンを使って、
真っすぐに縫わなきゃいけない。
真っすぐに縫わないと製品になりません。
だけど、手で作られてるものっていうのは、
そういう制約がありません。
たとえばもしかしたら斜めに縫ったほうが
可愛くできるかもしれない。
糸の色を変えて何かを入れたら
もっと可愛いかもしれない。
やっぱり手っていうのは、
作るときにそのときの自分の気持ちが出てきます。
さらに、たとえばテクニックに関しても、
限界がないっていうところに、
僕はやっぱり自由を感じます。


糸井 ああ。
アンリ あと、「今、流行ってるから」っていうような、
僕はそういうような流行の奴隷にはなりたくない。
自分の作りたいものをつくりたいんです。
でね‥‥、あれ?
言いたいことがあったのにちょっと忘れちゃった。
糸井 たくさん言葉を持ってらっしゃいますね、
言いたいことがたくさん、おありなんですよ。
アンリ もう1日中、喋っていますよ、喋るときは。
糸井 はい、うん(笑)、よく分かります。
伝わるんですよ、それが。思いが。
  (つづきます。)
協力:Henry Cuir 青山本店

2008-11-04-TUE