第4回 日本を知って、学んだこと。
  henri
アンリ もちろん、基礎っていうか、
革を切るとか、革製品を作る基礎は
僕はロランドさんに習ったけど、
でもその後の基礎以外のものは
全て自分で作っていくうちに、
あ、これはこうなんだっていうような
発見との毎日の出会い、だったんです。
学校に行ったらやっぱり何年か
習わなきゃいけないですよね。
でもぼくが習ったのはほんとうにシンプルな基礎で。
それがほんとうによかったと思うんです。
なぜかというと、
5年間なり3年間なり習ってしまうと
その中で閉じ込められて、
そこからの発想がなくなる。
僕にとってはとてもとても
自由に進むことができました。
すべては自由のためなんです。
糸井 そうですね。
新しい言葉を習って、
作家が文体を作ってくみたいなことなのかなって
思ったんです。
アンリ 日本人の方は自分の肌のように感じてるから、
きっと、あまり強くは感じられないと思うけど、
僕にとって日本に来ての発見は、
それが高価なものであっても、
高価じゃないものであっても、
1つのものに美を感じることができるということ。
自分の中に豪華さがあるっていうことを、
日本の皆さん、一人ひとりが
持ってるものだと思っています。
糸井 多分、価値っていう言葉も
日本人は意識しないで生きてるけど、
西洋の人たちは価値があるかないかということを
すごく意識しますよね。
アンリ 意識しますよね。
糸井 で、その、日本人の価値という言葉を、
あ、そういうことがあるんだっていう、
その感じっていうのは逆に、
アンリさんは学んでらっしゃるんだなあって。
アンリ そうですね、いつも日本に来ると、
たとえばお辞儀の仕方に関しても、
どこかのお店での人の対応ですとか、
そういう文化というものを、
いつも学んでますね。
日本っていうのはやっぱりシンプルさをとても
大切にしている国だと思うんです。
たとえばそれがキズ物であったとしても、
そのキズ物をよりよく再生しますよね。
欠けたお茶碗でも修繕して長く使うような、
そういうようなところが、
僕が日本をとても好きな理由なんです。


糸井 一輪挿しってあるじゃないですか。
庭に生えた草花を1輪、1本だけ、
値段にしてみたら1円か2円か10円か
100円か分からないものを挿しますよね。
ああいう感覚ですとかね。
アンリ まさにそのことなんです。
西洋だったら花束ですから。
糸井 そうですよね。でも一輪挿しは、
雑草でいいんですよね。
アンリ 最初、妻がやはり1輪だけ花を挿して
玄関だったりキッチンに飾るのを見て
「それ、何?」と言いました。
糸井 驚くんだ。
アンリ そう。やっぱり驚くんですよね。
西洋はその哲学がないですから。
高価なバラをいっぱい飾ることが、
たいせつなお客さまが来るときの
おもてなしっていう考え方です。
糸井 日本と付き合うようになってから
発見したことってたくさんあるんですね。
アンリ 日本に来る度に、
心がどんどんどんどん豊かになっていきます。
年に1回、京都で4日間、
東京で4日間というように
イベントをするんですけれども、
僕がいろいろ作ったりするのを見ていただくんです。
そうすると、1時間とか2時間とか、
ずーっと見てくださる。
20歳の子、30歳の人、40歳の人、
もう全ての人がとても興味深く
僕のやってることを見てくださる。
僕は、そのことが、とてもありがたいし、
それによってまた、次の発想に行くんです。
これは西洋では考えられないですね。
日本というのは、職人さんや、
手作業で何かをやっているっていうことに関して
とても‥‥、
糸井 尊敬があるんです。
アンリ 尊敬、そうなんです。
あと、とても興味をもってくださる。
糸井 アンリさんの作品は、
たとえばこの犬の置物にしても、
一輪挿しじゃないですか。
アンリ (笑)。
糸井 そう思って見ると、
アンリさんのやってることはみんな、
俳句のようですね。
アンリ ああ、俳句。ありがとう。
糸井 自分がアンリさんのつくるものに惹かれる理由が
ちょっと分かった気がしました。
あるいは文人画のようでもあります。
日本人が尊ぶ、作家の描く絵のことです。
アンリ そういう比較をしていただいて光栄です。
  henri
  (つづきます。)
協力:Henry Cuir 青山本店

2008-11-05-WED