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「ほぼ日刊イトイ新聞の本」が出るよ!

【見本読み その15】
六本木駅徒歩二十分に引っ越す。



今日は、「鼠穴」(ねずあな)への、おひっこしの話。
やる気のある場所を作りたいと思ったことについてです。

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【表参道駅徒歩5秒から、六本木駅徒歩二十分に引っ越す】

事務所の引っ越しは『ほぼ日』をやろうと
決めたときからの懸案事項だった。
おそらく、スタッフの人数も
どんどん増えていくだろうし、
いろんなことを手伝ってくれる人が仕事をしたり、
複数のミーティングをやったりする場所が
必要になるだろうと考えていた。

文化祭の準備みたいな場面が必要なのだから、
校舎や体育館のような場所がなくてはいけないだろう。
広ければ広いほどいい。
そして、そこは清潔でさえあれば、
ボロでも古くてもかまわない。
 
だが、そんな建物が、あるはずもなく、
とりあえずはまぁまぁの広さの一軒家のようなものが
探せたらいいのではないかと思った。

さて、その引っ越し先の場所である。
住所として、どこいらへんで探すのかが、
さしあたっての問題だ。

当時、「東京糸井重里事務所」は、
地下鉄銀座線・表参道の駅から
歩いて5秒というマンションの一室にあった。
地下鉄の出口の隣がマンションの入り口なのだから、
0秒と言ってもいいくらいのものだ。
とにかくどこに行くにも便利だし、
管理は行き届いていた。
建物はやや古かったけれど、
いわば高級マンションというやつだ。
ぼく自身の活動にとっては
最高のロケーションだと思っていたが、
あることで、それがひょっとしたら
時代遅れの感覚なのではないかと、気づかされたのである。
 
きっかけは意外なことだった。
ある日曜日、「ドゥニーム」という
ジーンズ・ショップを探し歩いたことだった。

ぼくはそのころ、新しく履きこむための
新品ジーンズを一本買いたいと思っていた。
一年以上も長くつきあうことになるジーンズだから、
考えに考えた。
かなりしつこく検討した結果、
「ドゥニーム」というブランドを選んだ。
詳しいことを書いた雑誌の情報によれば、
ショップは渋谷区千駄ヶ谷にあるということだから、
南青山のぼくのマンションからも近い。
歩いて行ける距離なのでクルマに付いている
カーナビに住所をインプットして場所の見当をつけ、
「ドゥニーム千駄ケ谷店」に向かって歩きはじめた。

もともと土地勘に自信はなかったのだが、
ショップを開く場所なんてものは
だいたい決まっている。
JR千駄ヶ谷の駅から、
そう離れていないところにあるだろうと考えて
歩き出した。

しかし「ドゥニーム」は
とんでもなくわかりにくい住宅街の一角にあった。
青山の自宅を出てから、歩きだったとはいえ、
ぼくは千駄ケ谷界隈を
二時間近くさまよってしまったことになる。

ようやく見つけた「ドゥニーム」だったが、
結局ぼくの探していたジーンズは品切れだった。
入荷したら連絡をもらえるということにした。
長い距離を散歩できて
健康のためにはよかったとはいうものの、
買い物という目的を考えたら徒労だったというわけだ。

むろん、ぼく土地カンの悪さもあるのだけれど、
わかりにくい場所に店があったのが、
この徒労のかなり大きな原因だった。

ショップの繁盛の条件が
便利で買いやすいということならば、
「ドゥニーム」は決定的に失格だ。
店の所在地はわかりにくいし、
裾上げを特殊なミシンでやるものだから、
買った商品をそのときに持ち帰れない。
値段だって安いわけではないうえに、
商品の在庫はわずかで品切れも多い。
 
しかし、ぼくは「ドゥニーム」が
すっかり気に入ってしまった。

いままでの商店や商品としての
「よい」の基準を満たしていなくても、
「ドゥニーム」には
「なにがしたいか」という動機がある。
いままでの「よい」とは違うタイプの
「よい」が、迷い道の先に見つけた
ジーンズショップにあったのだ。

「ドゥニームで買い物したい」
 というはっきりした動機のない客は来店しない。
「あんな場所じゃ商売にならないよ」
と思うのは
「客以外の人たち」だけなのではないだろうか。
 
ぼくはこのことに気づいたとき、
すっごくまずい自分を発見した。
時代が変化していることを、
ちゃんと感じとれていなかったと感じたのだ。

「丸井はみんな駅のそば」というのは、
たしかにある時代のキーワードだった。
しかし、不特定多数が群がる駅前に出店して
成功するタイプのビジネスと、
そうでないビジネスがあるはずだ。

いまだに駅前に代表される
繁華街に拠点を置きたがる考えが、
なんら吟味されないまま
自分の頭の中に残っているとしたら、
これはかなりやばい。
 
ぼくの事務所がある
地下鉄の駅から五秒という立地。
時代の変化を敏感に感じとらねばならない
広告にたずさわる人間が、
駅のそばで便利という古くさい考え方を
そのまま放置し、
長いこと生きてきたというそのダサさが、
たまらなく嫌になった。

「ドゥニーム」に負けた。
ぼくは「ドゥニーム」というジーンズショップの、
たぶん、まだ若い経営者に
戦わずして負けていたのだ。
 
時代の変化にマッチした
新しい方法を考えようともしないで、
「駅のそば」に事務所を持っているような広告屋が、
仮に「ドゥニーム」の宣伝戦略なんて
頼まれたとしても、
いい提案ができるとは思えない。

このジーンズショップをどこにするかと考えたときに、
経営者は、何を思いどんな想像力を働かせたことだろう。
ただ単に家賃が安かったからなのだとしても、
「ここでいいのだ」と判断するときには、
時代の空気がしっかり読めていたのだと思う。
それに比べると、ぼくは昔ながらの
「駅のそば」「繁華街」というイメージから、
少しも離陸できてなかった。

そうしたことがあった一方で、
やる気のある人が集まりやすい場所を
つくりたいという気持ちも強くなっていた。
気軽に入ってきてくつろげる場所。
そのためには、できたら一軒家の民家がいい。
『ほぼ日』の創刊に向けて動き出してからというもの、
引っ越しは新しい仕事を始めるための
前提にさえなっていた。
 
駅から遠くても、
やりたいことをやれるという場をつくれれば、
意欲のある人が集まってくれるにちがいない。
長い距離を歩いてもやってきてくれるような魅力が、
どうやって生み出せるのかが、
むしろこれからは大事になる。

朋あり遠方より来る、だ。

不動産屋に一戸建てのような事務所探しを
依頼したのが四月初旬。
それから二週間で物件を決め、
東麻布の新事務所に引っ越したのは
五月十一日だった。
駅徒歩五秒から駅徒歩二十分へ。

その時点で、ぼくはその年の夏の間に
2〜3人の新しいスタッフを迎えて
『ほぼ日』創刊に向けての準備をさらに進め、
秋にスタートさせるつもりでいた。

ところが、さあ引っ越しだ、
本腰を入れてこれからやるぞと思っているとき、
CSテレビのスカイ・パーフェクトTVから、
「ワールドカップだけのための500時間」という
テレビ番組への出演依頼があった。


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(つづく)

2001-04-22-SUN

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