HOLAND
オランダは未来か?

「ホ〜!ラント」第15回目
【イアン・ケルコフ監督へのインタビュー】
第一夜:前編

長い間を空けてしまいましたが、
再開しますのでひとつよろしく。
この間、少し考えるところがありまして、
連載の仕方を少し変えてみたいと思います。

今までは1回分の文章の量を
100行くらいにしていたんです。
やはりモニターで文章を見るのは、
本と違って読みにくいですから、
あんまり長いと読んでもらえないかな、
ということが気になっていました。
あとは、各回の量や期間のバランスを整えるとか。
でも、そういうことをあまり気にしないことにしました。
それよりも、今まで駄目だった速報性に
力を集中しようと思います。
なるべく速くなるべく一気に、
インタビューを載せたいと思います。
それがインターネットの大きな取り柄の一つだと
気がついたので。それは私は今まで全然駄目だったわけで、
心を入れ替えようと思います。

お縄パフォーマー・ツバキさんへのインタビューは
前回で一応終了しました。
また登場していただく予定ですが、ひと区切りなので、
感謝の言葉を書きたいと思います。
水臭いことを言わないでよと言われると思うんだけど、
ツバキさんありがとう。オランダに興味を持ったのは
ツバキさんのおかげです。
これからもよろしくっ。

では、続いて映画作品を日本で撮影するために来日した
イアン・ケルコフ監督へのインタビュー篇に移ります。
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10月22日にツバキさんの紹介でイアン・ケルコフ監督に
インタビューができることになりました。
場所は青山の草月ホールで、
そこでは蘭日交流400周年に向けた記念行事として
オランダ映画祭が開かれようとしていました。
その夜はオランダ映画祭の初日で、
イアン・ケルコフ監督を含めて3人の映画監督の
舞台挨拶があったのです。

撮影のために、ぎりぎりの時刻に
イアンさんが草月ホールに到着して、私は初めて
生身のイアン・ケルコフをウォッチングしました。
ずんずんずんと受付前に現れたイアン・ケルコフは、
ツバキさんを見つけると満面の笑みを浮かべて、
「オーゥ!」と叫んでギュッ!と抱きしめました。
やんちゃで、人なつっこい笑顔。
派手な豹柄のジャケット。発散するオーラ。
K−1の選手のような精悍な顔と、贅肉の無い体。
カッコイイ。
監督というより、俳優かミュージシャンに見えます。

ホールでの舞台挨拶が始まると、私はイアン・ケルコフの
パフォーマーとしての才能を知って目をみはりました。
駐日オランダ大使の挨拶の後、3人の監督が
舞台に登りました。
オランダ映画祭で上映される「テーチェの旅」を監督した
パウラ・ファン・ダー・ウスト。
とても美しい女性監督です。
「オール・スターズ」を監督した
ジアン・ファン・デ・フェルデ。
そして「獣のようにやさしい人」を監督した
イアン・ケルコフ。
パウラさんの真摯な挨拶、ジアンさんのユーモラスで
貫禄のある挨拶。その間、順番を待っている舞台の上の
イアン・ケルコフを見ると、なんだかしかめっ面をしたり、
メモ帳に何かをしきりに書きつけたりして
落ち着かない様子です。
なにをしてるんだろう、あの人は?

そのわけはイアンさんの挨拶の時にわかりました。
イアンさんは、舞台の中央に立つと、なんの前ふりもなく、
断片的な語句や単語を石ころを放り投げるように
喋り始めたんです!
記録してないのでお伝えできなくて残念ですが、
それは即興的な詩のようなものでした。
一語一語、舞台端の通訳の女性が訳していくので、
かけあいのように見えます。
それは意味の流れをたどる詩ではなく、
イメージを煌かせる飛び石のような言葉でした。
通訳も困るような難解な観念的な語句が
飛び出すかと思うと、「ヤマテストリート」みたいな
即物的な日本の風景や電化製品も飛び出すし。
朗読(?)はえんえんと続きました。
最初は何が始まったのかとあっけにとられていた観客も、
次第に惹きつけられていきました。
笑い声も起こり、少々儀礼的な固い会場の空気が
別のものに変わっていったんです。

私はイアン・ケルコフの町田町蔵ばりの
パフォーマンスの才能にびっくりしていました。
いやあ、カマしてくれるなあ!と思って。
思い切りがよく、イメージを生む言葉の感性が鋭く、
やんちゃで、ごんたで、へそまがりで。
だけど人なつっこい愛敬がある。

その夜、
もうひとつ別のイアン・ケルコフの印象もありました。
これもぜひ書いておきたいと思います。
それはインデペンデントの映画を、低予算で遠い日本で
撮影するという困難に精力的に立ち向かう、
苦労人のイアン・ケルコフの印象です。
撮影場所や、配役などの不足の部分をイアンさん自身が
動き回り、多くの人に頼んで調達しようとしていました。
そういう地道なねばり強い努力を
惜しまないイアンさんには、パフォーマー的な
きらびやかさとはまた別の、頑張り屋の中小企業の
社長のような良さがあります。

前置きが長くなりましたが、お待たせしました、
インタビューの中身に入ります。

私は楽屋でイアン・ケルコフと対面しました。
ツバキさんと通訳の方も同席しています。
最初に私は「ほぼ日刊イトイ新聞」の説明をして、
それから「オランダは未来か?」が
どういう意図の連載かを話しました。
私が話すと、通訳さんが訳して
イアン・ケルコフに伝えてくれます。
私は大学まで英語を勉強したのに、
ろくに英語も聞き取れない。
情けないことこの上ない。
では以下がインタビューです。

 

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「これからの日本は、いろいろな意味で
開放的になっていかざるをえないと思っています。
その開放的になっていく過程でぶつかる問題に、
すでにオランダは先にぶつかって体験し、
さまざまな対策を
実験しているのではないだろうか?
というのが『オランダは未来か?』という連載の
モチーフなんです」
イアン 「ちょっと聞いてもいいかな?
今ヨダさん(私です)が言った『開放(open)』
っていうのは、政治的にopenにすることか?
それとも魂をopenにすること?
どんな意味で言ってるのかな?」
「オランダは麻薬、安楽死、売春の公認といった
政策をとっていますね。
日本は今、
そうした麻薬や安楽死や売春といった問題や、
いろいろな人種の人達が
国内に入ってくるという問題に、
今まで以上に急激にぶつかっていると思います。
同時に、日本国内だけの範囲の考え方では
通用しなくなっているんだと思うんです。
そこでもっと考え方を開いていくというか、
外からの目でも日本を見たいと思って。
その時にオランダを見ると、もっと早くから
今日本がぶつかっている問題にぶつかって、
さまざまな対策を立ててきたように見えるんです。
ですから魂の問題も、政治の問題も、
文化の問題も含めて、
オランダに興味を持っています」
イアン

「すごく難しい質問だね。
今回日本に来たのは3回目なんだけど、
私が言えるのは、
日本は『タブーの国』だってことだね。
すごくたくさんのタブーがあるよ。
いろいろなレベルの。
私が言わなくても、日本人のヨダさんの方が
知ってると思うけど」

「ええ、タブーはありますね。
表立たないけど、いろいろあります」

イアン

「『自由に対する幻想』について
少し話したいんだ。
そうだよな、
オランダは確かに自由に見えるだろう。
ソフトドラッグは安く買えるし。
いや、安いかどうか、というのは問題なんだが、
それは今は置いておこう。
娼婦を買うこともできるし、安楽死だって
認められることがある。
オランダは自由に見える。
でも『自由』って何だ?

じゃあ、まずドラッグについて話そう。
もしドラッグが合法だったら、
すごく退屈じゃないか?
ドラッグ中毒者の60%がドラッグを続けるのは、
それが非合法だから、っていう理由だけだよ。
もし店で買えたり、安かったりすれば、
ドラッグは意味が無くなるんだ。
カギは、非合法ってところにあるんだ。

社会には、
アンダーグラウンドに潜みたがる者や、
非合法でいたがる奴がいるんだ。
それが、彼らのアイデンティティなんだ。
非合法だったものが合法化された時、
彼らはまた振り出しに戻されるんだ。
アイデンティティが奪われて、
道バタに捨てられて、
メインストリームにひきずり出される。
それでどうなるかと言えば、システムによって
牢獄に繋がれるわけだ。アウトサイダー達が、
メインストリームの囚人になるんだ。

コーヒーショップで、
ハシシやマリファナを売ることや、
飾り窓の売春は、
私には『カモフラージュ』に見える。
外国からの観光客はそれを見て、
『ワーオ! なんて自由なんだ!』
って思うわけだよ。
だいたいの人間は大馬鹿者さ。
見たものそのままを、すぐに信じる。
3日間アムスにいるだけで、
オランダのイメージは『自由の国』になるんだ。
でも、麻薬をやるためにコーヒーショップに
行くオランダ人は、ほんの少しなんだよ。
行くのは外国人なんだ。
飾り窓の娼婦も、外国人の観光客が買うのさ。

そこに本当にあるものは何かっていえば、
オランダ人の商魂さ。
貿易。マネー。神を信じない。ということさ。
信じるものは『ドル』だ。
自由が大切だからドラッグを認めたり、
売春をする権利があるから
娼婦を認めてるんじゃない。
儲かるからさ。
金のためだよ。」

「じゃあコーヒーショップや飾り窓は、
見せかけというか、
対外的な演出だっていうんですか?」
イアン

「その国の文化を考える時に私が注目するのは、
人々がどんな音楽を作っているのか?
人々がどんなものを食べているのか?
ってことなんだ。
そこを見れば、その国の人々が
どのくらい自由なのかがわかる。
魂はキッチンにあるんだ。
食べ物は、魂に欠かせないものだ。
料理を見れば、その国の人々が
どれくらい自由かということを語れると思う。
オランダに来て、オランダの料理を食べてみなよ。
オランダの自由についてのディスカッションは、
それからさ。
たくさんのレベルの自由が日本にはあるよ。
私が思うに、日本料理っていうのは
世界でもトップクラスじゃないか」

「オランダの食べ物は、
あの、あんまり美味しくはない
っていうもっぱらのウワサなんですけど」
イアン 「まあ、控えめに言ってもね、
美味しくないよ(笑)」
「食べ物が美味しくないっていうことが、
オランダにとっては象徴的なことだと
言われるんですね?」
イアン

「そうさ。
オランダは今連立政権で、3つの政党がある。
一応、政治的に右と左ってことになっている。
でも実際は、全部右なんだ。
ただ連中のジャケットが
緑か紫かって違いがあるだけさ。
ポリシーは全部同じなんだ。
右から左まで、
金持ちとエリート層に 媚びを売っているんだ。
日本にも政党がいろいろあるだろ?
極左から極右まで。
彼らはそれぞれ違うポリシーを持っているだろ?

人間は抑圧されていることを感じていれば、
それに抵抗して打破しようとする。
でもそれを感じることができなくされていれば、
抵抗の気持ちも失われてしまうんだ。
抵抗しなければ、人々は奴隷になってしまうんだ。
日本は、オランダに比べて
政治的にはずっと色どりがあるよ。

オランダのシステムが成功しているのは、
人々を『自由の幻想』で洗脳できているからだ。
オランダ人は子供の頃から、オランダはいい国で、
あなたたちは優れていると教育されてきてるんだ。
だからオランダ人は、
自分たちが最高と思っているんだよ。
オランダが一番。どこよりクールだってね。
彼らはそれを本当に信じてる。
だから変わろう、なんて思ってないのさ。
絶望的だね。
オランダ人は、
自分たちのやり方が一番優れていると、
本当に信じているんだ。
だからオランダ人は旅行もあまりしない。
旅行をするのは、商売とか貿易のためだよ。
そうでなければ、クリスチャンの
白人至上主義を確認するためさ。
もしヨダさんがオランダ人と貿易をするとしたら、
もうすでにオランダ人の方が『優れている』のさ。
白人だということで優位に立っているんだ。
日本とオランダの400年に渡る交流だって、
文化の交流なんかじゃない。
貿易のため、金のためさ。

オランダ人の世界に向けてのプロパガンダは、
『俺たちはこんなに自由だぜ!』ってことだ。
そして、その陰には白人至上主義が隠れているんだ。
彼らは本当に
自分たちがベストだって信じてるからね。
このプロパガンダは世界に向けて流れているから、
他の国の人達も、オランダには自分の国よりも
もっといいシステムがあると思ってしまうんだ。
でも、オランダに来て
1年間オランダの飯を食ってみなよ。
東京に戻りたくなるよ」

「かなり辛口ですねえ」

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イアン・ケルコフの強烈なオランダ批判に気おされて、
私は思わず「辛口ですねえ」と
はぐらかすような言い方をしました。
その時、イアンさんの感じがふっと変わりました。
ここまでのインタビューは、活字にすると雰囲気が
うまく伝わらないんですが、
イアンさんはジェスチャーも
豊かにエネルギッシュに喋ってくれたのです。
それはイアンさんの持つサービス精神、
その場にいる人を楽しませようという
旺盛な意欲を感じさせてくれるものでした。

しかしこのあと、イアンさんは彼の中に明滅するもの、
激しく活発なものと反対の、深く暗く孤独なものを
垣間見せます。
それは、私が図々しくも2回もインタビューを
お願いしてしまった理由でもあります。
私はろうそくの周りの蛾じゃないですが、
イアンさんの孤独に惹きつけられ、
そこに触れてみたいと思ってしまったんです。

では、次回に第1回目のインタビューの残りを
全部掲載します。
長い文章を読んでいただいてありがとう。
でも今後この連載は、もっと長い文章を
載せることもあるかもしれません。
できれば、最後までごいっしょに。

 

1998-11-29-SUN

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