私 |
この映画のテーマが、オランダ社会とはあまり
関係がないことはわかりました。
けれど私は今オランダの社会に興味を持っているんです。
私を含めて日本人は、おっしゃる通り400年の
長い関係をオランダと持っているんですが、
現在のオランダ人がどういうことを考え
何を感じているかについて何も知らないに等しいんです。
この機会に、オランダ人であり
国際的な俳優でいらっしゃるトム・ホフマンさんに、
現代のオランダ人やオランダ社会について
質問させていただきたいのですが。 |
Hoffman |
オーケー。質問してください。 |
私 |
ありがとうございます。ではお聞きしますけど、
ホフマンさんは『アムステルダム・ウェイステッド』で
DJカウボーイの役を演じられましたが、
あの映画にはヨーヨーとDDという女の子達が
出てきますね。とてもドライな若い世代の女性達です。
最初は優位に立っているようにみえたDJカウボーイは
結局彼女たちに尻の毛まで抜かれるような羽目に
陥りますね。そのシーンに現代のアムステルダムの
世代間の感覚の違いが感じられて面白かったんです。
ホフマンさんは現在のオランダの若い世代を
どういうふうに見ていますか?
DJカウボーイはホフマンさんより
年上の設定だとは思うんですけど。 |
Hoffman |
私は41歳ですから、DJカウボーイと
ほぼ同世代と言えますね。私たちはビートルズや
ローリングストーンズに影響を受けた世代です。
私の世代の青春時代は1960年代なんですが、
その時代は自由についての様々なマニュフェストが
行われた時代でした。
今の1990年代の若者たちも
一見似ているようですが、
実際はとてもエゴイスティックになっているように
思えます。また彼らを取り巻く文化にも、
本物が少なくなって多くのニセモノに
囲まれているような気がします。
もうひとつの大きな世代間の違いは
社会状況の違いでしょう。
1960年代は経済的な成長期でした。
今はその成長が全部止まってしまって
下降し始めています。
ですから今の若者たちは、
そういう社会状況に失望して、
今日を楽しく生きればいいというように
刹那的になっています。 |
私 |
日本では若い世代の人たちは
小さい頃から豊富な商品に取り囲まれて育っていて、
その結果退屈するというか、無気力を感じてしまう
という状況があると思います。
オランダでも似たようなことがあるんでしょうか? |
Hoffman |
オランダの若者達には精神的な問題や
政治的な問題への関心もなくなってきています。
国家や社会の一員であるという意識も希薄です。
ですから今はドラッグが若者たちの
唯一のつながりになっているのでしょう。
若い人たちは自分のことにしか
興味がなくなっているんです。
私の個人的な感想を言うと、日本の若者の方が
オランダの若者より好きです。
なぜなら他人に対する信頼とか尊敬というものが、
まだ日本の若者の方に残っていると思うからです。
ドラッグの問題もまだ少ないし、
自分を破滅させていく者も少ない。
日本のほうが良いところがあります。
東京の町を歩いていると、
アムステルダムに比べてもっと精神的に
希望がある感じがします。
これはけしてお世辞で言っているわけではないのです。
それがイアン・ケルコフと私が、
東京で一緒に仕事をしようとした
理由でもあると思います。 |
私 |
日本人の私の方から見ると、
日本人は歴史的に「お上」に対して黙って
されるがままになっていたのに対して、
オランダ人は市民が集まって様々な決定を行ってきた
歴史があると思うんです。
オランダの人たちは、社会的な問題に対して
みんなで参加しよう、とか解決しようと
いう意識が日本より高いと思うんですけど。 |
Hoffman |
それはそうだと思います。 |
私 |
でも今のオランダの若い世代では、
そういう社会意識も崩れ始めているんですか? |
Hoffman |
政治的な事柄には、たぶんあまり
関心がないと思います。
日本とオランダの違いで感じたのは、
日本の方が男と女の関係がうまくいっているという
印象があることです。 |
私 |
えっ! そうなんですか? |
Hoffman |
これは聞いた話なんですけど、
日本の男性にとっては結婚の対象として考える女性が
料理が上手かどうか、ということが
とても重要な事柄だそうですね。でももし
そういう話題がオランダの女性との間でのぼったら、
相手の女性にひっぱたかれてしまうでしょう。
私には過去10年くらいつきあっていた
ガールフレンドがいたんですが、
彼女はその10年の間一度も、
自分の部屋で手料理で私をもてなしてくれたことは
ありませんでした(笑)。女性がみんな
ビジネスマンになってしまっているんです。
デートをしても最初に男がお金を払ったら、
次は女性が払います。 |
私 |
はー。対等というのはいいことですけどね。 |
Hoffman |
オランダでは男女がいろいろな意味で対等で、
サラリーとか権利とかにおいても全部平等です。
それが日本ととても違うような気がします。
例えば日本ではどういう映画監督が好きか? という
アンケートがあったとすると、
たいてい男の監督があげられますね。
オランダではもう半分くらいの映画監督が
女性になっています。
今、私には日本人のガールフレンドがいます。
日蘭の400年の友好の歴史が私達の中で
続いているわけです(笑)。
そしてそのガールフレンドは、
私が彼女を対等に扱っていることに
とても感謝してくれています。 |
私 |
日本でも色々な意味で男女が対等になりつつあります。
それはいいことだと思います。
ただ、問題が生じてくると思われるのは
家庭の中です。日本は外国に比べると、
母と子の結びつきが非常に強い母子密着型の
親子関係が続いてきたんです。
従って密着した母親のイメージが
日本の文化の中に隠れた形であると思うんですよ。 |
Hoffman |
おっかあ? |
私 |
そうそう! おっかあ、です。
さすがによくご存知ですねえ。
それが今急激に崩れ始めていると思います。
その崖崩れみたいな中で育っていく若い世代の抱える
心の問題が、日本の中で大きな問題に
なってきているという気がするんです。 |
Hoffman |
その点についても、オランダのほうが
良い状況にあるようには思えないですね。
私は今のオランダの若者達の多くは
心が損なわれていると思います。
両親の離婚を経験している者も多いです。
そしてセックスのモラルもとても低い。
みな基本的に寂しくて不幸です。
生活の中にしっかりとした規範が
なくなってしまいました。 |
私 |
あったかい家庭の一体感みたいなものが
日本では壊れ始めているけど、オランダではもっと
崩壊が進んでしまっているんでしょうか? |
Hoffman |
家庭生活も、都市生活もですね。
さまざまなものが崩れて、みんなひとりひとりに
なってしまっています。
ニューヨーク、バルセロナ、パリ、みな同じでしょう。
その状況を忘れるために
テクノパーティーなどに参加して、
みんなと一体だという感情を感じようと
しているんでしょう。 |
私 |
ホフマンさんはそういう現状は、
これからどうなっていくと思いますか?
どんどん砂漠のようになっていっちゃうんでしょうか。 |
Hoffman |
東京砂漠(Tokyo Desert)?
私は将来についてあまり楽観的な展望を
持っていません。
しかし若者というのは時代に適応するのも
とても早いですからね。そういう意味では、
20代の人たちは40代の人たちより
タフだと思います。
私たち40代は今世紀に属していますけど、
20代というのは次の世紀に生きていくわけですから、
彼らのほうがタフなんです。
機械や技術についてもどんどん新しいことを吸収して、
それに適応した生き方ができるようになっていきます。
実は私は携帯電話を使うのは始めてなんです。
日本のプロダクションの人からプレゼントされて
日本で始めてこれを手に入れたんです。
オランダでは昔ながらの電話機を使っています。
けれども私は、時代がどんどん速く速く
進んでいくので、重要なことも自分の手の中から
流れ去っていく気がしています。
そういう感情というのは私の個人的なものなのか、
みんなが感じているものなのかは
ちょっと分からないですけどね。
もう私達40代の世代というのは
古い世代になってしまったんでしょうね。
メディアでもショップでも、
対象にしているのは主に20代の人たちですから。
(つづく)
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