あのひとの本棚。
「ほぼ日」ではときどき糸井重里が「あの本が面白かった!」とか
「これ、読んどくといいよ」と、本のオススメをしていますが、
これを「ほぼ日」まわりの、本好きな人にも聞いてみようと思いました。
テーマはおまかせ。
ひとりのかたに、1日1冊、合計5冊の本を紹介していただきます。
ちょっと活字がほしいなあというとき、どうぞのぞいてみてください。
オススメしたがりの個性ゆたかな司書がいる
ミニ図書館みたいになったらいいなあと思います。
     
第11回 きたがわ翔さんの本棚。
   
  テーマ 「四十になってしみじみ読み返したい5冊」  
ゲストの近況はこちら
 

13歳で漫画家としてデビューして、気がつけば40歳。
二十代、三十代になったときも、
それぞれに思うことはあったのですが、
四十になるというのは、やっぱりとくべつでした。
「ここでひと区切り、初心に戻らなきゃ」
という感覚がとても強かったんです。
四十になったいま、ここまでの自分を振り返るために、
しみじみと読み返したい5冊を紹介します。

   
 
  『まぼろしの
小さい犬』
フィリバ・ピアス
  『リバーズ・
エッジ』
岡崎京子
             
           
 
Amazonで購入
  『リバーズ・エッジ』 岡崎京子 宝島社/950円
 

この「リバーズ・エッジ」という本は、
ぼくのなかでは非常に画期的だったんです。
たぶん、ぼくと同世代の人にはすごくわかるんですよ。
もう、手に取るようにわかる。
なにがどうわかるのかというと、
それを説明するのはちょっと難しいんですが‥‥。
登場人物たちが、みんな微妙に絶望しているんです。
たとえば作品の冒頭で、
「あそこに地縛霊があった」とか「UFOが出た」
みたいなことをみんなが言うんです。
でも、言いながら誰も自分でそれを信じちゃいない。
‥‥つまり、
ぼくらが子どものころには、
ユリ・ゲラーとかノストラダムスとか、
ある意味ロマンチックなものがすごく流行ってました。
でもそれが、この『リバーズ・エッジ』が出たあたりから、
テレビでも本でも「そういうものはないんだよ」
ということを言うようになるんです。
ロマンチックだと思ってたのは、ぜんぶ嘘だったんだ‥‥。
軽く、絶望する‥‥。
ぼくらは、そういう感覚を味わった
最初の世代なんじゃないかと思うんです。
その感覚を「リバーズ・エッジ」は鋭く描いている。
ぼくにとって、画期的な作品です。

主人公たちが死体を見つけるシーンがあります。
「死体を見ると、なんか安心するんだ」
‥‥これ、すごく、ぼくにはわかるんですよ。
ゆるい絶望のなかにいる登場人物たちが、
死体をみることでようやくリアルを感じられるっていう。
ぼくらの世代の人には、
この感覚にピンとくる人がきっと多いと思うんですが‥‥
でも、この10年で世の中はガラッと変わりましたよね。
ぼくらの青年時代にはじまった「ゆるい絶望感」は、
いまもずっと続いているかもしれません。
実態のない情報だけがどんどんやってきて、
それに追い込まれてしまう絶望感‥‥。

虚構の世界には便利なものがたくさんあるけれど、
やっぱりそこだけで生きてはだめだろう、と。
歳をとったせいかそんなことを思うようになりました。
最初に紹介した『まぼろしの小さい犬』にも
通じることなんですが、
「虚構と現実との距離感」みたいなものを、
四十になったいま、しっかり自分で持っていないと
これから生きていくのが大変だぞ、と、
「リバーズ・エッジ」は、
あらためてそれを思わせてくれる一冊なんです。

Amazonで購入
  『まぼろしの小さい犬』 フィリバ・ピアス 岩波書店/1890円(税込)
 
子どものころに読んで感銘を受けた一冊です。
フィリバ・ピアスという人が書いた児童文学なんですけど、
児童文学とはいえ、優れた作品って本当に優れてて、
逆におとなが読むべきっていうのもいっぱいあるんですよ。フィリバ・ピアスの作品はぜんぶ好きで、
代表作には『トムは真夜中の庭で』があるんですが、
四十になってあらためて読むとなると、
この『まぼろしの小さい犬』ですね。

ストーリーはちょっとうろおぼえなんですけど、
たしか主人公の少年が犬をほしがるんです。
でもその家で犬を飼うことは許されなくて、
主人公は自分の心のなかに犬を作っちゃう。
目をつむればその犬が現れると思ってるから、
目を閉じながら街を歩いて車にひかれそうになって、
危ない目にもあったりするんです。
で、ついに本物の犬をもらえることになって、
子犬が家に来るのを待ってるんですが、
やってくるのはすでに大きくなった犬で‥‥。
少年はすごくショックを受けながらも、
やがて、ふっと気づくんです。
どうしても手に入れられないものがあるということに。
いま目の前にあるものを手に入れないと成長できない、
そのことを悟るんです。
そんなラストは‥‥
いま思いだしても泣きそうになっちゃって(笑)。

主人公の少年は、大人になっていくまでに
理想と現実のあいだを、何度も何度も右往左往します。
その右往左往の仕方っていうのが、
ぼくにはすごく、よくわかって‥‥。
ぼくはもういい歳なんですけど、
この物語で、少年が「ふっと気づく」
一瞬のその感じっていうのが、
今でも座右の銘みたいに染みついているんです。
理想と現実のギャップに揺れて、
「あ、でもそうだよね、やっぱりそうだよね、うん」
って揺れながら、この物語のことを思いだす‥‥。
それが四十になって、とくに多いんですよ。

 

きたがわ翔さんの近況

じゃっかん13歳、中学2年生(!)のときに
プロ漫画家デビューした、きたがわ翔さん。
『19〈NINETEEN〉』『B.B.フィッシュ』『C』
『ホットマン』
『刑事が一匹』などなど、
次々にヒット作を世に送り続け、そのキャリアは、
2008年現在、40歳にして、じつに27年。
13歳でデビューしてから常に一線で活躍し続けることは、
とてつもなくたいへんなことなのでしょう‥‥。

そんな、きたがわ翔さんが、
ことし2月に始めた連載作品を、ご案内いたします。

『成りあがり〜矢沢永吉物語〜』

原作:矢沢永吉 漫画:きたがわ翔
『コミックチャージ』
(角川書店)/290円(税込)にて連載中

矢沢永吉さんの半生がつづられた自伝、『成りあがり』
1978年に出版されベストセラーとなった
このサクセスストーリーのコミック化に、
きたがわさんは取り組んでいらっしゃいます。

ちなみに原作『成りあがり』は、
糸井重里のインタビュー・執筆による一冊。
出版後30年の時を経て、
それのコミック化に取り組む漫画家のかたが、
こうして「ほぼ日」に登場してくださっている‥‥。
ふしぎなご縁を感じざるをえません。

それでは、きたがわさんご本人から、
『成りあがり』を描くにあたっての
いろいろなエピソードをお話していただきましょう。

「最初にこのお話をいただいたとき、
 正直、引き受けるかどうか迷ったんです。
 矢沢さんは、あまりにも雲の上の人ですから、
 へたに描けないというプレッシャーが大きくて。
 ‥‥失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、
 ぼく自身のなかに、いわゆる“ツッパリ”
 というセンスは皆無なんですよ。
 そんな人間が、あの矢沢さんを描いていいものか‥‥
 ずーっと矢沢さんのことが好きで
 神様のように思っているファンの人たちに
 怒られるんじゃないかと思ったんです。
 ちょっと怖いぞ、と(笑)。
 
 そうやって迷っていた時期に、
 矢沢さんのコンサートをみにいったんです。
 そしたら、これがすばらしくて‥‥。
 とにかく観客のみなさんが、いいんですよ。
 みんな親切で礼儀正しくて、ぜんぜん怖くない(笑)。
 おなかの出た50代くらいの不良中年たちが、
 白いスーツにリーゼントで、矢沢さんの曲にあわせて
 一糸乱れずタオルを投げるんです。
 心からたのしそうに、ワーッっと。
 みんな永ちゃんのことが大好きで、夢中になってる。
 素敵だなあって、ほんとに感動しました。
 
 ぼくの絵でコミック化するという決断は、
 矢沢さんご本人がされたのだそうです。
 直接ごあいさつにうかがったんですが、
 じっさいにお会いしてみて‥‥
 当然すごいオーラなんですけど、
 野生的な直感みたいなもので生きているかただと、
 そんな印象を強く受けました。
 だから、もう、
 この野生的な感覚でぼくを指名してくれたのなら、
 それを信じようと思ったんです。
 この人がそう言うならやってみよう! と。
 
 そうして、2月から連載をはじめました。
 原作をそのまま絵にするだけではなくて、
 周囲に漫画だけのドラマをからめながら
 ストーリーを展開させています。
 のびのびと自由に、ぼくなりのヒューマンな
 『成りあがり』を描かせてもらっています。
 
 矢沢さんのご希望は、
 “カッコイイだけじゃなくて、
  情けない部分も含めての矢沢を描いてほしい”
 ということでしたので」

コミックチャージは、
毎月、第1第3火曜日発売です。
くわしくは下の画像をクリックして公式サイトへ!

(こちらの表紙は連載が開始した2/5号のものです)

 
2008-03-11-TUE
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