YAMADA
カンバセイション・ピース。
保坂和志さんの、小説を書くという冒険。

第4回「小説の書きはじめ」

糸井 ぼくが18歳や19歳の時に、
野坂(昭如)さんが流行っていたんですよね。
野坂さんの
『エロトピア』とか『エロ事師たち』とか、
そういう本がものすごくおもしろくて、
エロというものを商いとして扱っている人たちが、
いっぱい、出てきていたから。

若い時って、エロにだけは、
自分に自信はあるじゃないですか。
「絶対にオレがいちばんエロだ」
と、若い男は、思っているわけですよ。
保坂 「エロ度において」ね。なるほど。
糸井 つまり、
世間知らずであるがゆえに自信があって、
実は、当時、ともだちと、
「今、エロ本を作ったら売れるんじゃないか」
って話しあったことがあるんですよ。
「とにかく、エロ本を作って稼ごう」
って、誰かが言いだした。
実は、書けないんですけど、
書けるような気がしたんです、その時は。

それは、さっきの、
お母さんがミシンを踏んでいるのが
本当は見えないのに見えている、
みたいな話の逆というか。

何にも知らないくせに、
オモチャを作りあげられることができる、
みたいな、わけのわからない自信のある時代。
あれって、もし、あきらめずに書いていたら、
きっと、おもしろかったのになぁ、って、
今になって、思うんですよ。

つまり、その時の自分に
その能力があるかどうかの整合性より、
あるひとつのイメージの中に、
「あ、書けるんだ」と甘美なものを読み取る。

はじめて画材を手にした人が、
絵を描くこと自体をおもしろがるというか、
そういう感覚を、今の保坂さんの話を聞いてて、
思い出したんです。

つまり、だって、
「書きだす」わけですよ?
「何も決めないで書きだす」って、
そもそも、ヘンじゃないですか。
保坂 そうかな?
編集者としては、どうなんですか。
編集者 (一緒に来ていた編集者の発言)
とりあえず書きはじめる、
すると、書けるっていう方は、
いらっしゃいますね。
糸井 ふーん。
ともかく、頭の中で
何がおこなわれているのかは、
今の話からは、ぜんぜん想像がつかないわけです。
目的地なしに汽車に乗っている、みたいですから。
汽車にはレールがあるけれど、書く場合は、
自分が自由に動いていくわけでしょう?
保坂 たとえば、
長い交響曲を、作ろうとしますよね。
その時には、いくつかのパターンは
あるだろうけど、導入のメロディーが鳴れば
できるって思う作曲家は、
たくさんいるんじゃないかと思うんですよね。
糸井 いいですけどね、そこが、
言語と音楽と、おんなじじゃないような気が……。
保坂 (笑)まぁ、そうですね。
おんなじだと思うんだけどなぁ。
糸井 本人がやってることだから、
本人が言うしかないんですけどね。
保坂 ぼくは、最初の1行と、
一応、登場人物を4〜5人までは考えておく。
家庭環境というか、人物の関係については。
糸井 つまり、父と、母と、居候、みたいな?
保坂 そうです。
そういうことだけを考えておけば、
あとは……。
糸井 動きだす?
保坂 なかなか、動かないんですけどね。
自分で動かすしかないんだけど。
糸井 その気持ちは、わかるんだけどさ。
保坂さんだったら、
もっと、何とか話してくれないかな。
「動くんですよ」でもいいんですけど。
小説が、すべりだしていく時の、様子というか。
保坂 ぼくの登場人物たちの特徴は、
日常生活でつきあうには、
かなり極端な人たちだっていうことなんです。
極端に話がわからない人が多いんだけど、
それは、みんなが、ひとりひとりが
同じではない何かに向かっているんですよね。

現実の人も、少年時代青年時代は、
すくなくとも、とりえがない人でいいとか、
人並みの人間のままでいいとかじゃなくて、
それぞれが、すごく偉大というか崇高というか、
社会的な地位の問題ではなくて、
何か「高いところ」に行きたいと思って、
過ごしてきていると思うんですよ。

そういう志とか気配を持っている人が、
ぼくの小説の登場人物なんですね。



登場人物たちは、
ひとりひとりのやりかたが
ちょっとおかしいから、そういうようには、
なかなか感じられないとは思いますし、
ただのヘンな人たちにしか見えないかもしれない。

だけど、なんか、
確固としたものとまでは言わないけど、
ある世界観に辿りつくような何かは、
登場人物のみんなが、持っているんですよね。
糸井 登場人物たちは、
それを整理してみんなで語ることは苦手?
保坂 苦手っていうか、
それをしてしまうと、
アナクロな偉大な話になっちゃうというか、
悪い意味での偉大な人になっちゃうという。

ぼくの小説の登場人物たちは、
やっぱり、現実にはそうとうヘンな人たちです。

実際、ぼくがふだんからつきあっている人たちも、
ヘンなともだち、ヘンな人間が多いので、
その彼らに対するシンパシーというか
リスペクトというか、そういうものもあります。

小説では、そういう人たちの
本来持っている志とかが、
注意深く好意的に読んでくれる人には、
感じられるかなとか、そういう感じですけどね。
糸井 登場人物の中に、
すでにストーリーの萌芽が、
タネとしてあって、
タネが発芽する前っていうのを描いていると、
だんだん、芽が出て、動きだして、
関係を持って、それぞれの関係の中で
反射していくかたちで、小説を描いていく?
保坂 うん。
彼らの持っている何かが、
推進力になって、小説のなかで
展開していったほうが、いいなと、
そういう、感じなんですけど。
ぼくの小説の場合は、
ストーリーを語るものではないので。
(つづきます!)  

2003-06-27-FRI

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