糸井 |
ぼくが18歳や19歳の時に、
野坂(昭如)さんが流行っていたんですよね。
野坂さんの
『エロトピア』とか『エロ事師たち』とか、
そういう本がものすごくおもしろくて、
エロというものを商いとして扱っている人たちが、
いっぱい、出てきていたから。
若い時って、エロにだけは、
自分に自信はあるじゃないですか。
「絶対にオレがいちばんエロだ」
と、若い男は、思っているわけですよ。 |
保坂 |
「エロ度において」ね。なるほど。 |
糸井 |
つまり、
世間知らずであるがゆえに自信があって、
実は、当時、ともだちと、
「今、エロ本を作ったら売れるんじゃないか」
って話しあったことがあるんですよ。
「とにかく、エロ本を作って稼ごう」
って、誰かが言いだした。
実は、書けないんですけど、
書けるような気がしたんです、その時は。
それは、さっきの、
お母さんがミシンを踏んでいるのが
本当は見えないのに見えている、
みたいな話の逆というか。
何にも知らないくせに、
オモチャを作りあげられることができる、
みたいな、わけのわからない自信のある時代。
あれって、もし、あきらめずに書いていたら、
きっと、おもしろかったのになぁ、って、
今になって、思うんですよ。
つまり、その時の自分に
その能力があるかどうかの整合性より、
あるひとつのイメージの中に、
「あ、書けるんだ」と甘美なものを読み取る。
はじめて画材を手にした人が、
絵を描くこと自体をおもしろがるというか、
そういう感覚を、今の保坂さんの話を聞いてて、
思い出したんです。
つまり、だって、
「書きだす」わけですよ?
「何も決めないで書きだす」って、
そもそも、ヘンじゃないですか。 |
保坂 |
そうかな?
編集者としては、どうなんですか。 |
編集者 |
(一緒に来ていた編集者の発言)
とりあえず書きはじめる、
すると、書けるっていう方は、
いらっしゃいますね。 |
糸井 |
ふーん。
ともかく、頭の中で
何がおこなわれているのかは、
今の話からは、ぜんぜん想像がつかないわけです。
目的地なしに汽車に乗っている、みたいですから。
汽車にはレールがあるけれど、書く場合は、
自分が自由に動いていくわけでしょう? |
保坂 |
たとえば、
長い交響曲を、作ろうとしますよね。
その時には、いくつかのパターンは
あるだろうけど、導入のメロディーが鳴れば
できるって思う作曲家は、
たくさんいるんじゃないかと思うんですよね。 |
糸井 |
いいですけどね、そこが、
言語と音楽と、おんなじじゃないような気が……。 |
保坂 |
(笑)まぁ、そうですね。
おんなじだと思うんだけどなぁ。 |
糸井 |
本人がやってることだから、
本人が言うしかないんですけどね。 |
保坂 |
ぼくは、最初の1行と、
一応、登場人物を4〜5人までは考えておく。
家庭環境というか、人物の関係については。 |
糸井 |
つまり、父と、母と、居候、みたいな? |
保坂 |
そうです。
そういうことだけを考えておけば、
あとは……。 |
糸井 |
動きだす? |
保坂 |
なかなか、動かないんですけどね。
自分で動かすしかないんだけど。 |
糸井 |
その気持ちは、わかるんだけどさ。
保坂さんだったら、
もっと、何とか話してくれないかな。
「動くんですよ」でもいいんですけど。
小説が、すべりだしていく時の、様子というか。 |
保坂 |
ぼくの登場人物たちの特徴は、
日常生活でつきあうには、
かなり極端な人たちだっていうことなんです。
極端に話がわからない人が多いんだけど、
それは、みんなが、ひとりひとりが
同じではない何かに向かっているんですよね。
現実の人も、少年時代青年時代は、
すくなくとも、とりえがない人でいいとか、
人並みの人間のままでいいとかじゃなくて、
それぞれが、すごく偉大というか崇高というか、
社会的な地位の問題ではなくて、
何か「高いところ」に行きたいと思って、
過ごしてきていると思うんですよ。
そういう志とか気配を持っている人が、
ぼくの小説の登場人物なんですね。
登場人物たちは、
ひとりひとりのやりかたが
ちょっとおかしいから、そういうようには、
なかなか感じられないとは思いますし、
ただのヘンな人たちにしか見えないかもしれない。
だけど、なんか、
確固としたものとまでは言わないけど、
ある世界観に辿りつくような何かは、
登場人物のみんなが、持っているんですよね。 |
糸井 |
登場人物たちは、
それを整理してみんなで語ることは苦手? |
保坂 |
苦手っていうか、
それをしてしまうと、
アナクロな偉大な話になっちゃうというか、
悪い意味での偉大な人になっちゃうという。
ぼくの小説の登場人物たちは、
やっぱり、現実にはそうとうヘンな人たちです。
実際、ぼくがふだんからつきあっている人たちも、
ヘンなともだち、ヘンな人間が多いので、
その彼らに対するシンパシーというか
リスペクトというか、そういうものもあります。
小説では、そういう人たちの
本来持っている志とかが、
注意深く好意的に読んでくれる人には、
感じられるかなとか、そういう感じですけどね。 |
糸井 |
登場人物の中に、
すでにストーリーの萌芽が、
タネとしてあって、
タネが発芽する前っていうのを描いていると、
だんだん、芽が出て、動きだして、
関係を持って、それぞれの関係の中で
反射していくかたちで、小説を描いていく? |
保坂 |
うん。
彼らの持っている何かが、
推進力になって、小説のなかで
展開していったほうが、いいなと、
そういう、感じなんですけど。
ぼくの小説の場合は、
ストーリーを語るものではないので。 |
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(つづきます!)
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