糸井 |
今回の小説を、保坂さんが
どういう風に書いていったのかを、
ちょっと、教えてもらえますか? |
保坂 |
何かが出てくるっていう予感が、
去年の12月10日ごろからはじまっていて、
それはもう、タイヘンだったんです。
苦痛っていうんじゃないけど、とにかく、
進まないというか、進めようとしている足が、
もう、重すぎて出てこないというか。 |
糸井 |
筆が止まる時っていうのは、
それは、保坂さん、書く人だから、
人が書いてる時の気持ちも、
わかるだろうなぁと思います。
「あ、この人、ここで筆が止まったな」とか。
筆が止まる時って、基本的には、
「もっとすごくなる前触れ」か
「止まる前のほうから削ったほうがいい」かの、
どっちか、ですよね。 |
保坂 |
うん。 |
糸井 |
保坂さんは、その時、どっちでしたか? |
保坂 |
止まっていないんです。
ずーっと、もう、ほんとうに……。
重い字を、ずっと休まず書いていた。
12月の末ぐらいっていうのは、
両極端とか、本来一緒じゃないものを
くっつけていくということだけを
ずっと考えていた時期だったんです。
小説を書いている時間って、
4時間ぐらいしかないんだけど、
それ以外でも、その雰囲気を忘れてると
ワヤになっちゃいそうなので、
大晦日、三が日と、
今年だけは、仕事を続けてたもん。 |
糸井 |
要するに、「離れたくなくて」ね? |
保坂 |
離れちゃうと、おしまいになっちゃうから。
2日離れたら、きっと、建て直しに、
1週間か10日ぐらいかかりそうという気がしたから。
ほんとに、小説って、小説の中にしかないから、
書いている間は、ひとつの音楽が鳴りつづけている。
それが、休んだら、消えていっちゃうというか。
だから、最後の章を
12月のはじめくらいから書きはじめて、
2月の頭ぐらいに峠を抜けていったんだけど。
ホッとしたもんね。 |
糸井 |
保坂さんって、小説は
手書きですか? パソコン? |
保坂 |
ぼくは、ぜんぶ手書き。
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糸井 |
ふーん。
いま聞いていると、
手の先から聞こえてくるものが、
冒険物語のように聞こえるよね。
めちゃくちゃ、おもしろいです。 |
保坂 |
最後を書いている時は、たとえば、
「わたしは木を見ている」
という字を書いていながらも、
もっと抽象的な何かをずっと思っているわけ。
だから、作業が二重三重になっている感じで、
字が重くて、その重い字を
ずっと、書いていたんですよ。 |
糸井 |
長い時間、継続してできるんだ? |
保坂 |
一日、3〜4時間。 |
糸井 |
3〜4時間はできるんだ。
ものすごいね、それは。 |
保坂 |
ま、最初の30分か1時間は、そうでもないけどね。 |
糸井 |
でも、それって、
一生に何分もないことですよね。 |
保坂 |
そう。 |
糸井 |
それが、正月を挟む寒い時期に、
3〜4時間ずつ、毎日あったっていうと、
「人類の金字塔」みたいに、聞こえますよね。 |
保坂 |
(笑)で、その年末に
タイヘンなところを書いている時、
あろうことか、大晦日の夜9時から、
うちのネコが、ゲロゲロゲロゲロ吐きだして。
夜中じゅう、1時間に1回、吐くわけ。
だから、元日の朝に病院に電話をして、
ぼくは免許ないから自転車で連れてってさ。
家から自転車で
5分ぐらいのところの動物病院なんだけど、
獣医さんがいい人で、
いつも急患対応で、大晦日も元日も、
ずっとやってくれるところなんです。
そこに連れていって、
年が開けて2日までは、ほんとに
1時間に1回ずつ吐いていたから、
そのたびに、吐いてるものを
片付けたりしているんですよね。
そうやって、書いていた。 |
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(つづきます!)
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