第3回 はじめて希望が見えた。
|
糸井 |
山本さん、自分から裸になって
「編集者がなぜペケを出し続けるか」
の意味を、聞いちゃったんですね。 |
山本 |
そうです。
激しい言いあいでしたから、
お互いにもうきれいごとを言っても仕方がない。
編集者の彼も、そこまで言うということは、
こちらが本気であることを、
本気で受け止めてくれているということです。
「まだ、骨格からして、違う」
という意味だったんですね。
年の暮れにそんな話をして、
ぼくは一回、ゼロになったんですね。 |
糸井 |
「この先、俺にできるんだろうか」という不安は? |
山本 |
もちろん、ありました。 |
糸井 |
ありますよねぇ? |
山本 |
「あ、そうか。
あそこまでやってても、
まだそのレベルへ行ってないというのは……」
そうやって、考えながら道を帰っていくわけです。
編集者にはいつも自転車で会いに行くんです。
帰りは下りの道なんですよ。
放っといても、いつも自転車は下っていくけれど、
ぼくの気持ちは、もう重たいんですよね。 |
糸井 |
ああ……。 |
山本 |
仲町の自宅までは
平らな道を帰ればいいんだけども、
何かこう真っすぐ帰れませんでね。
もう夜の8時過ぎだったかなぁ。
冬の8時過ぎの時間帯の仲町。
くそ寒くって、人なんかどこにもいなくて、
お巡りさんがパトロールしてるぐらいしか
まるで人陰のないところで自転車をとめて、
うえにある細い月を仰ぎ見る……。
その状況は今でも憶えていますけれども、
月を見ながら、何ともやるせなかったですね。
まさにあなたが言われたように、
「俺、できるのかなぁ?」とその時に思っていました。 |
糸井 |
編集者の方と言いあいをしなければ、
そこまで追い詰められなかったはずなんですよね。
賞はもらったし、ちょっとした希望は
与えてもらっていたし……
それをあえて脱いじゃった。 |
山本 |
そうなんですよ。
もうべロッといっちゃった。 |
糸井 |
向こう(編集者側)も痛かったでしょうねえ。 |
山本 |
ぼくよりだいぶ下の男ですからね。
正面から言うの、きつかったと思いますね。 |
糸井 |
きつかったでしょうねえ。 |
山本 |
彼も本気で向かいあってくれました。
「とにかくそういうつもりでやっていることだから、
もう一回違う話でチャレンジしませんか」
と言われて。 |
糸井 |
その時に見せたものは、
1回反故にしろというすすめ……。 |
山本 |
そうなんです。
新人賞をもらってから二つチャラになって、
三つ目のものを四校ぐらい
リテイクを重ねたあとの四校目で
「ひょっとしたら次の
『オール読物』に載るかもしれないですよ」
と言われて仕上げたのが結果的にペケになって。
「編集長も読んだんですか」
「編集長にはまだ読ませていない」
「なぜですか?」
そういう強い話しあいをやったあとに出たのが、
その年末の状態だった。 |
糸井 |
やっぱり根本的な間違いがある時には、
リテイクって増えますよね。
きっと、その典型だったのでしょう。 |
山本 |
それらの作品はすべてあとで
思いっきり改稿して作品として掲載しましたけど、
やっぱり、別物ですね……。 |
糸井 |
コンセプトを変えるぐらいのことをしないと。 |
山本 |
そうです。
もう同じ目線で作ったのでは
リテイクになりませんから。
ぼくに見えていなかったものを
編集者は読み取ってくれたんですよね。 |
糸井 |
まっさらで見るから。 |
山本 |
確かに編集者の言うとおりだった。
その時のものを載せたのでは、
結局、新人賞受賞後第一作としては、
わたしのためにもよくないことですよ。 |
糸井 |
その水準で固定しちゃうということですよね。 |
山本 |
そういうことです。
「その程度を載せるのは『オール読物』じゃない」
という暖簾もありますから、
その両方が重なってのNGだったのでしょう。
最初の編集者は異動で変わっちゃったんですよ。
そこからもう一回仕切り直しになったのですが、
変わるまで放っておいてくれるというのは、
『オール読物』という
あの歴史を持った雑誌であるがゆえの
懐のふかさですよねぇ……。 |
糸井 |
そうですね。余裕でもありますよね? |
山本 |
ほんと、「余裕」なんです。 |
糸井 |
ほんとうなら、すぐに商品化したいとこですもんね。 |
山本 |
きっとそうですよ、できるものなら。 |
糸井 |
今みたいな時代は特に。(笑) |
山本 |
ほんとそうです。 |
糸井 |
すばらしいですよねえ。 |
山本 |
新人賞を取ったやつを塩漬けにしておいて
ほっぽらかすんじゃなしに、やる気があるやつなら
幾らでもたたいて、でも、
焦らずにちゃんと行くまで待とうという、
これでやってもらえて今があるんですね、ぼくは。 |
糸井 |
うーん。メジャーリーグみたいですねえ。 |
山本 |
ほんとそうかもしれませんね。
出会い方が間違っていて、もしこれが違う雑誌で
すごく優しく「いいですね」といって載っかってたら、
まさに先ほどあなたがいわれたように、
そこで、自分が固定されちゃってましたよ。 |
糸井 |
でしょうねえ。
その時にペケをつけられて変化することなら、
山本さん側としてはやぶさかではないわけですから、
厳しくてよかったんですよ。
失礼な話ですけど、動機としては
「何とか筆で食っていく」ことですから、
食うための文章に、自然に行けますもんね。 |
山本 |
そういうことなんです。 |
糸井 |
おとなですもんね。 |
山本 |
まったくその通りなんです。
だから、最初の安易な道が光かもしれないと
見えちゃったら、勘違いしますでしょう?
結局、その人間の先の可能性を摘んじゃいます。 |
糸井 |
そうですね。 |
山本 |
まぁ、ペケをつけられている最中の時には、
こういうキレイなことは思えないですよ、もちろん。
あくまでも後で思うことであって、その時は、
「何で載せてくれないんだよ!」
という、そればっかりだった。
二回の編集者の言葉で目が覚めて、
そのあとに編集者が変わった……。
ぼくは、この編集者さんと組んで、
思いっきり花が開いてきているんですけど。 |
糸井 |
更に変わった人もよかったんですか? |
山本 |
そこが、あの編集部の懐の深さなんです。
まずその編集者に第一作を出した時は、
原稿用紙六〇枚のものだったんですよ。
そしたらその原稿を読みまして、
打ち返しもとても早かったんです。一週間でした。
その時に彼はもう現役の直木賞の作家さんを
何十人のところを抱えていますから、
そんなに割ける時間は、本来ないんですよ。
そのところで読んでくれて、打ち返してくれた。
会って話すと、
「この作品は、山本さんにとっては
話の筋立てがわかっているだろうけれども、
六〇枚ではどうしても言い切れなくて舌足らずだ。
よかったら、八〇枚にしてみないか?」
そう言われました。
これはもの書きには嬉しいことですよ。
枚数を増やしてもらえるということは、
認められたということですからね。
今までは「削れ」ばっかりでしたから。
それが「増やせ」になったのは、はじめてでした。 |
糸井 |
それはすごいですね。すこし希望が見えた。 |
山本 |
ええ。
|