ほぼ日ブックス

『言いまつがい』ができるまで
     〜製本工場の旅・前篇〜


ほぼにわ!

単行本『言いまつがい』は、
「ほぼ日」の読者の叡智によって
うみだされた強力なネタの数々に、
しりあがり寿さんの挿画と、
祖父江慎さんの前代未聞の装丁という
大コラボレーションで
世に送り出される傑作であることは、
これまでにお伝えしてきたとおりですが、
さて、はたしてそれは
どこまで「前代未聞」なのでしょうか。

「言いまつがいの道」という地図を
偶然にも手にしたさすらいの探検家、
フォン・スキー・ウォガーが、
製本工場の旅へ、
みなさんを案内してくれるそうですよ。


セイホン ヒョウシカタヌキ ツルツル シアゲヌキ アナアケ オーリ
やぁやぁ、諸君、ほぼにわ。
ようこそ製本工場の旅へ。

わたしは本が好きなことで知られる
さすらいの探検家、
フォン・スキー・ウォガー である。
数ヶ月前、わたしは、
「言いまつがいの道」という名の
古い地図を手に入れた。
わたしの経験から判断するに、
どうやらこの地図に描かれているのは、
みょうちきりんな本の形をした
小さな島のようである。

興味を持ち、さらに研究を重ねたところ、
ここに記されている道筋をたどって
聞き慣れない名の6つの場所をたずねれば、
まだ誰も見たことのないお宝本に
めぐり会えるということもわかった。
これはどうやら、フォン好きの、
いや、本好きのわたしに
もってこいの旅になりそうだ。
さぁ、さっそく出かけよう 。

オーリ(折り)
〜べらんめぇ折り師のいる工場〜

ほほぅ、
これが印刷を終えたばかりの「紙」だな。



なんだいなんだい、
今日は何が見てぇんだい?

こちとらヒマじゃねぇから
ちゃっちゃっと説明してやるよ。

いいか、
このでっけぇ紙1枚に
16ページぶん印刷してある。
意味、わかるか?
本てのは、こういう「折り」を
いくつも合わせてできてんだ。




こうして、折るから「折り」。
そのまんまだよなぁ。
しゃれっ気なんてあったもんじゃねぇ。
昔はな、「折り子」さんっていうのがいて
1枚1枚手で折ってたもんだ。
今は、こいつがやる。




「こいつ」は、ものすごいスピードで紙を折っていた。
あっけにとられていると、折り師がたたみかけてきた。

こいつは1時間に数万枚単位で折るんだ。
はやくしねぇと次の行程が待ってんだよ。
仕事はちゃっちゃとやるもんだ。

だけどなぁ、最近の本づくりは、
せせこましくていけねぇよ。
本が売れると増刷がかかる。
そうすっとまた急ぐ。
俺たちは、そりゃ、ちゃっちゃとやるさ。
けどな、印刷のインクが乾かねぇくらい
急いでつくる必要はねぇと思うぜ。
はやく出しゃいいもんばっかりじゃねぇよなぁ。


追い立てるようなべらんめぇ口調で
こう語る彼(=青木工場長)は
腕に覚えがある、という感じで
頼りがいに満ちていた。
工場を一歩出て、何気なく振り返ると、
「ヒマはねぇ」と言っていたのに、
手を振って見送ってくれていた。

さぁ、われわれも足をはやめよう。

アナアケ(抜き加工)
〜寡黙な職人のあける穴〜

な、なんだ、これは!



岡本太郎によると
「なんだ、これは!」というものこそ芸術。
しからばこれぞ、芸術か?!



でっかい車輪の向こうに
うつむき加減の男性を発見。



すいません、と謝っているわけではないらしい。
見ると、「穴」をあけるための位置を
調整しているところだった。
厚紙を貼ったりはがしたり、
もっと微妙な調整には
薄いセロハンテープを重ね貼りして
コンマ単位を動かしている。
この工場の長である伊藤氏は、この道40年の大ベテラン。



横に3つ、並んでいるのが抜き型だ。
緑色に見えるものは、ゴム。
抜き型だけでは紙をはねかえさないため、
作業に必要な「返し」がこない。
このため、抜き型に
ひとつひとつこのゴムを貼ることも伊藤氏の仕事。



ふと、急に氏の気配が変わった。
「すっ」と背筋を伸ばすと突如、
先ほど見えた大きな車輪が廻り始め‥‥。



驚いたことに、伊藤氏は
決まったテンポで開閉する抜き型と台座との間に
1枚ずつ手で紙を差し込んでは引き抜いていく。
あっという間に、20枚ほど穴があいた。




厳密には、穴をあけるための
「切れ込み」を入れた状態のため、
抜き落ちてはいない。
まとまった枚数に切れ込みを入れると
奥さんの八千代さんにバトンタッチ。
これまた驚いたことに、
手でひとつひとつむしりとっていく。
つまり、世間に出まわる『言いまつがい』は
すべてこのご夫婦の手に触れているものなのだ。
1枚残らず。



聞けば、工場によっては
全自動で穴をあける機械もあるのだという。
しかし、『言いまつがい』にあけられた穴は
ただの○じゃないのだ。
だからこそ、伊藤氏の技術がいるとのこと。
どんな形かって?
この章の最初の画像がヒントである。

ツルツル(PP貼り)
〜快活なチーム〜


そろそろ旅の疲れが出てきたころだろうか。
前篇のラストは、
『言いまつがい』という本の表紙を
「ツルツル」させることが目的の工場らしい。
ツルツルさせることで、見栄えがよくなることはもちろん、
俄然、紙の強度が増す。
小学校の教科書などには必ずといっていいほど
使われている行程だそうだ。
学年の終わりのころに教科書の紙から
謎のフィルムが分離した記憶を持つひとも
多いのではないだろうか・

一歩、工場内に足を踏み入れると
ゴーッという大きな機械音に負けないくらい大きな声で

「こんにちはー!」の嵐が起きた。

全社員が、作業をしている手を止めて、
顔をわざわざこちらに向けて
こんにちはー!!
圧倒されるほどの快活さである。

場内を解説してくださった伊藤課長も
相当量の「快活さ」を誇る。


紙をツルツルにするには、
印刷した後にこの「PP貼り」という行程が必要です。
PPはポリプロピレンの略で、
このフィルムを貼り付けることをいいます。
あ、ポリプロピレンは、
燃やしてもダイオキシンは出ませんからご安心を。


セールストークもごくごく自然だ。



とにかくでかい機械。
その理由は、



フィルムを紙に貼り付けるための液状の「のり」の特長が
乾く間際に粘着力が増す、というもの。



でかい機械の最初のほうで
のりを吸い上げ、途中にあるローラーなどで均一にのばし、
機械の中央部にある熱を出す部分で、
粘着力をもっとも発揮する、ぎりぎりまで乾かすそうだ。

フィルムと紙を密着させる部分。
常に、均一に、ちからをくわえることが不可欠。




『言いまつがい』は、こちらの工場に数ある機械のうち、
内々で「エリートマシン」と呼ばれている「4号機」を
使用するとのこと。
どのへんがエリートなのだろうか?

4号機の機長、大底氏は、
なんと言っても、ツヤがよく出るんですよ。
図体の大きさと、温度調節のしやすさが
いい結果をうみだしているんです。

と、にこやかに答えてくださった。



そうこうするうちに微調整を終えていた4号機が
動き始めた。
しばらくして‥‥。



お、出てきた出てきた。
触ってみると、のりを乾燥させた熱が残っていてあたたかい。



ひだりが「PP貼り」をしていないほうで、
右が施しているほう。ツヤの違いがよくわかる。
快活なチームが、商品をぴかぴか、ツルツルと
ツヤ出しをしているというのが
なんとも気に入ってしまった。

しかし、それにしても『言いまつがい』とやら、
ゴールまでこれでまだ半分の道のりだ。
いったいこの先に何が待っているというのか?
今日はこのくらいにして、明日にそなえるとしよう。


(無意味に勇壮に、続きます!)


2004-02-09-MON
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