ほぼ日 ここはインドラさんのギャラリーなんですね。
インドラ ここは、僕のデザインルーム兼ギャラリーです。
プロモーションのためのパーティーをしたり、
いろいろと楽しく仕事できるような空間を作ったんです。
下の階が工房になっています。
ギャラリーがあって、工房があって、
ちょっとしたスペースがあってという感覚って
ネパールには、あんまりないんですよ。
ほぼ日 インドラさんは、ネパールの伝統的な技術を継承しながら、
いままでにないものを作っていますね。
インドラ そうです、ものづくりが好きなんです。
ほぼ日 もともとお家が工芸系の家だとお聞きしました。
インドラ そうです。工芸‥‥職人の民族です。
貴金属、宝石、英語で言うと
goldsmith(ゴールドスミス=金細工商)ですか。
うちの民族が昔は貴族たちの宝石を
ずっと作ってきました。
一族は、だいたいいまでも宝石を扱っています。
ほぼ日 何族っていうんですか。
インドラ スヌワール族といいます。
ほぼ日 ネパールに古くからある民族。
インドラ 古くからです。マハラジャたちの時代から、
王族と貴族のためにものを作って献上していた民族です。
ネパールは2008年に王制が廃止となり、
共和国になりました。
今は、それぞれが店を出したりして、
一般に売るようになりました。


ほぼ日 王様‥‥何王でしたっけ。
美術で有名な王様がいましたよね。
インドラ 最近ではビレンドラ王も美術を愛した王様でしたが、
うんと昔は、アルニコといって、
芸術家の王様がいたんです。
ここの町で生まれて、
チベットから中国のほうまで
仏教美術を教えたのがその王様です。
チベットのポタラ宮殿もその人が
設計していると言われています。
僕たちにとってはほとんど神様の時代。
日本ですと、たとえば空海とか、
そういう感覚に近いんじゃないかと思います。
ほぼ日 ラリトプルというのは、
とても古い町なんですよね。
インドラ そうですね。
3000年前にも貴族が住んでた町だそうです。
山賊‥‥兼、貴族。
ほぼ日 山賊って?!
インドラ ほかから財宝を奪ってきたんです。
ほぼ日 あらま。
インドラ 貴族なんですけどね、
キラティ族っていって、
モンゴリアンなんですよ。
仕草とか容姿が、日本人とそっくりですよ。
ほぼ日 そういう人たちがいたんですね。
インドラ 旧市街を発掘したら
キラティ族の宝物が
眠ってるかもしれないですよ。

ほぼ日 この町の名前は、
いくつか言い方があるんですか。
インドラ あります。
「パタン」「ラリトプル」。
そしてネワール語では「ヤラ」。
「ラリトプル」はちょっと古い言い方です。
一般的には「パタン」のほうが
通りがいいでしょうか。
ほぼ日 インドラさんは、ネワール語と、ネパール語と、
日本語と、英語と‥‥。
インドラ インドの言葉も話せます。
若い頃はイタリア語もわかったんですが
もう忘れました。
ほぼ日 インドラさんはこの町の
宝石や金銀細工師の家に生まれ、
けれども日本に行くことになった。
インドラ 最初は写真の勉強に行きました。
そのときに、ぼくのおじさんが
日本で何かあったときのためにと、
トパーズなどの石を持たせてくれました。
ほぼ日 宝石?
インドラ けれどもその頃はあんまり
石の知識がなかったんです。
じつは父が宝石の道からはずれて
自動車の仕事をしていたということもありますが、
そもそもネパールには、インドのようには
いろんな石は入って来ないんですね。
貴族はダイヤモンドとか
高い石を持ってるんですけど、
一般に出回っていない。
なので普通の人たちは石の知識がちょっと薄いんです。
僕は日本の展示会を見たり、
アメリカの大きい展示会を見たりして、
覚えていきました。
ほぼ日 石のことを勉強しながら仕事として、
少しずつ石を売っていた。
インドラ そうです。
ほぼ日 ビーズの世界へは、
どういうふうに入っていったんですか。
インドラ ビーズの世界には、不思議な縁がありました。
じつは日本で宝石を、すべて盗まれちゃったんです。
ほぼ日 えっ? ひどい。そんなことに。
インドラ 盗まれちゃって、ゼロになった時があるんです。
ゼロ。何もかにもゼロになっちゃったんです。
財産も全部盗まれて。
そして同じ日にネパールの事務所にも泥棒が入りました。
ほぼ日 そのこと自体、なにか不思議ですね。
インドラ ネパールでは占いを信じるので、
父が占い師のところに行って、
息子がこういう目に遭ったと相談したんですね。
そうしたら「よかったじゃないか」と。
「命が助かっただけでも、ありがたいって思いなさい」。
その言葉を聞いて、‥‥まあそうですよね。
ほぼ日 それはたしかにそのとおり。
命を取られなくてよかった。
インドラ ショックは大きかったんですけど、
それで立ち直りつつあったある日、
当時民芸品の小さな店を
札幌でやっていたんですが、
友だちが、ネパールから、
ビーズを送ってきたんです。
その中にジィ(dZi)ビーズというのが入っていました。
ほぼ日 ジィビーズ?
インドラ 「天珠」(てんじゅ)とも呼ばれるビーズです。
ネパールや、チベット文化圏だけで発見される、
茶色の瑪瑙(めのう)に、白い筋のような
模様が入った石のことです。
紀元前5世紀から、紀元10世紀頃のものです。
ジィビーズは、身に付けておくと
災難から身を守ると信じられていて、
古くて希少なので、たいへん高価なんですよ。
いまでも覚えてるんですけど、その災難に遭った日、
ジィビーズの夢を見たんです。
それから自然とビーズを扱うようになっていきました。

ほぼ日 とても不思議な縁ですね。
インドラ それからビーズでネックレスを作ったり、
何だかんだやるようになっていくうちに、
世界中のどこに行っても
ビーズを扱っている人に出会えるようになったんです。
それまでまったく縁がなかったのに。
街歩いてても声掛けられて、
「どこどこからこういうもの売りに来たんだけど」って。
そのままホテルを訪ねて交渉して仕入れたり。
ほぼ日 で、だんだん増えてった。
インドラ だんだんだんだん増えていって。
ほぼ日 不思議!
インドラ 不思議です。
そうして10年ぐらい経ったら、
アンティーク・ビーズのコレクターとして、
世界中で名前が知られるようになっていました。
ほぼ日 面白いです。仕事の中で出会ってるんですね。
つまり、惚れ込んで、
自分のものにしようっていう熱意ではなくて、
人から人へ手渡していく役割みたいな。
古いものを今の人に受け継ぐ、
そういう役割として
「選ばれた」みたいなところがあるんですね。
インドラ そうかもしれません。
前世‥‥はるか昔、もしかしたら紀元前に、
自分はビーズ作ってたんじゃないかって
思うぐらい出会うんです、どこに行っても。
集まってくるんですよ。
もうほとんど世界中のビーズが集まってくるんです。


(続きます)

2013-12-06-FRI

写真 菅原一剛(モデル写真/商品写真) 武井義明(ネパール取材)
協力:株式会社シグマ(SD1 Merrill)/ストロベリーピクチャーズ/フルーヴ