02なぜ「人生ぜんぶ」を聞くのか。
- ──
- 聞き書きの場合、
録音した音声を文字に起こすときは、
一語一語、
忠実に書き起こしてるんですか?
- 塩野
- それはもう、完璧に。
高校生に聞き書きを教えてるんだけど、
ずっと、そう教えてる。
「うん」「あー」「すー」も起こせと。
- ──
- 「すー」(笑)。でも、なぜですか?
- 塩野
- 人間は、言葉と言葉のあいだに、
よけいなことをいっぱいしゃべってて、
そういうものまでぜんぶ起こすことで、
その人が、
どんな言葉をしゃべってるのか、
身をもって感じることができるんです。
秋田弁なんかね、大変なんだよ。

- ──
- でしょうね(笑)。
- 塩野
- 録音で「んだべぇ」って聞こえるけど、
どんな表記にしようかなぁ、とかね。
- ──
- 機械的にテープ起こしするんじゃなく、
その人の言葉と向き合いながら、
起こしてる。
- 塩野
- 「んだべぇー」は「だべ」じゃなくて、
「ん」からはじまって、
最後にちいさい「ぇ」を入れて、とか。
これをやっておくと、
「話し言葉と書き言葉の関連性」が、
わかってくるんです。
- ──
- へぇー‥‥。
- 塩野
- そこがわかってると、まとめるときに、
頭のなかに「話し言葉」が出てきます。
で、聞き書きでは、
その「話し言葉」を重ねていくんです。
- ──
- だから、
「目の前でしゃべっているかのような」
聞き書きの、
独特のリズムが生まれるんですね。
- 塩野
- 話し言葉だから、
校正者が赤字を入れるような部分も、
あえてそのままにしたり、
聞き書き独特のリズムというものは、
きっと、あるでしょうね。
- ──
- 先ほど、聞き書きの第1回の原稿では
「質問側の発言をぜんぶ捨てる」
とおっしゃってましたが、
原稿は
それで完成するわけじゃないですよね。
- 塩野
- 第1回原稿のあとに、
まあ、10回くらいは直しますよね。
- ──
- 10回。推敲の回数で言うと、
自分もそれくらいは推敲するんですが、
塩野さんのほうが、
圧倒的に、文字量が多いですよね。
基本的に、本一冊にするわけですから。
- 塩野
- 昔の「フロッピー」で言うと、
たいだい「10枚で、本1冊」だった。
テープ起こしのあとに、
質問をぜんぶ消した第一稿をつくって、
小見出しをつけて、
少しずつ文章を整理して、
「うーん」とか
「ああー」とか要らないものを取って、
文章が整ってきたら、
話がダブってるところは、消して‥‥。
- ──
- ええ。
- 塩野
- 時代順に時系列を整えて、
第一章、子ども時代ができあがります。
で、当時の家族のこと、
どこに住んでて、どんな間取りの家で‥‥
という話をチクチク集めてきて、
第二章、家族についての原稿ができる。
- ──
- その繰り返し。
- 塩野
- そう。
集めちゃくっつけて、
集めちゃくっつけて‥‥というのを、
えんえんやってるの。
- ──
- そもそもの質問ですが、
どうして「人生ぜんぶ」を聞くんですか。
- 塩野
- 目の前の「この人」が「誰」なのか、
わかりたいから。

- ──
- ああ、明快ですね。
- 塩野
- たとえば、西岡常一棟梁を取材するとき、
「宮大工と檜の関係性を書こう」
というテーマがあったら、
「西岡さん、
はじめて檜に触ったのはいつですか?」
とかなんとか聞いて、
檜の話だけを書くことになるけど。
- ──
- ええ。
- 塩野
- でも「宮大工・西岡常一とは誰か?」を
描こうと思ったら、
やっぱり人生全体を聞く必要があります。
「親父からは、いっさい教わってません。
宮大工の仕事は、
ぜんぶ、おじいさんから教わったんだ」
「じゃあ、
おじいさんってどんな人でした?」
「親父さんって、どんな人でした?」
- ──
- どこへ行き着くかわからない感じですね。
- 塩野
- そうなの。
「おじいさんは、何年生まれですか?」
「おじいさんの使っていた道具は
手元に残っていますか?」
「法隆寺の、どのあたりに、
おじいさんの痕跡が残っていますか」
- ──
- はい。
- 塩野
- で、
「新しく弟子入りしたときに渡すノミは
何本ですか?」
「3本だ」
とかなんとか話してるうちに、
「ノミというのは、
穴を掘るための道具ではあるけど、
穴を掘るのなんてずっと先で、
まずは『研ぐ練習』をするときに、
ノミはわかりやすいんだ」
ということになって‥‥。
- ──
- ええ。
- 塩野
- 「言われたとおりにがんばって研げば、
1年で、ノミが消えてなくなる」
なんて話が、ポッと出てくる。

- ──
- おおー、おもしろーい!
- 塩野
- でしょ、おもしろいよねえ?
聞いてるこっちも
「そういう話だ、聞きたかったのは」
って思うんだけど、
これ、その人の「人生」について、
えんえん聞いてきたからこそ、
出てくる話なんだよね。
- ──
- なんだかもう、ご褒美のようです。
- 塩野
- ねえ。
<つづきます>
2017-07-14-FRI