04完成まで13年かかった本。
- ──
- 刀鍛冶の職人さんに聞き書きをした
『刀に生きる』が本になるまで、
13年もかかったのは、どうしてですか。
- 塩野
- 何回質問して、何回テープ起こししても、
本として成立させられるような
深い言葉を、
なかなか手に入れられなかったんだよね。
- ──
- で、13年。
- 塩野
- なかなか、ピンと来なくて。
- ──
- はー‥‥。
- 塩野
- 何度も通って、
さんざん
食ったり飲んだりしゃべったりして、
録音テープだけは、
どんどん、溜まっていったんだけど。
- ──
- ピンと来なかった。
- 塩野
- 刀を打つ姿は神々しくさえあって、
あれほど
説得力のある光景もないんだけど、
身体の動きは、
必ずしも、言葉には関係なくてね。
- ──
- そうなんですか。
- 塩野
- 「どんなことを思って叩いてる?」
と聞いても、
「何にも考えてない」
「何かを考えてたらダメなんです」
と言われて、
「うん、そうだよねぇ‥‥」って。
- ──
- 映像ならいい場面になりそうですが、
それだと、
文章で表現するには、難しいですね。
- 塩野
- で、はじめての取材から5年経って、
少しくらい、
何か言ってくれないかなあ‥‥ダメ。
- ──
- ええ(笑)。
- 塩野
- で、10年経って‥‥まだダメ。
- ──
- そこまでつきあうのが、すごいです。
- 塩野
- 涙出てくるでしょ?
- ──
- その‥‥刀鍛冶の職人さんは、
塩野さんのことを、
どう思ってらっしゃるんでしょうね。
- 塩野
- 「このおじさん、
なーんで、いつまでも来るんだ?」
だろうね。
- ──
- 他方で、職人さんのやってることは、
基本、同じですよね。何年経っても。
- 塩野
- そう、同じ。
- ──
- 新しい何かが生まれるということも、
ないわけですよね。
- 塩野
- ないね。ただ、腕は上がっていく。
- ──
- ああ、そうか。
で、13年後、ピンと来る言葉を
「つかめたな」と思ったときがきて、
ようやく本になった‥‥と。
- 塩野
- なったなった。
- ──
- じゃ、その「つかめたな」って言葉が、
ようやく現れてくれたんですね。
- 塩野
- あのさ、長い文章や言葉って、
反省するか、説教するか、批判するか、
そんなのばっかりじゃない?
- ──
- ははあ、たしかに。
- 塩野
- でも、お金にならないほど短い言葉ってさ、
そうであればあるほど、
その断片性が、
読む側の想像力をたくましくするよね。
- ──
- たとえば、どういう‥‥。
- 塩野
- 道端に手袋が落ちていたってことを
書くときにさ、
ただ一言「まだ、ぬくもりがあった」
なーんてやったら、
何かもう、できあがっちゃった感じ、
しちゃうじゃない。
- ──
- ‥‥しちゃいました、今。
- 塩野
- つまり、短い文章だとか短い言葉って、
想像で補うことを、
読者の側で、やってくれるわけだよね。
- ──
- はい、なるほど。
- 塩野
- そういう意味で言うと、
宮大工だとか、刀鍛冶だとか、船大工とか、
そういう職人の言葉も、
たいがいにして「長くない」んだよね。
で、その長くない言葉が、
仕事の中から生まれてきたものじゃないと、
ぼくが、納得できないんだと思う。
- ──
- つまり、その刀鍛冶の職人さんの言葉が、
通り一遍のものに聞こえたってことですか。
- 塩野
- たぶん、誰でも同じだと思うよ。
その人の肉体にひっかかりながら出てきた
言葉じゃなければ
「それ、どっかで聞いたことあるな」って、
きっと、思っちゃうんですよね。
- ──
- その状態が、13年間、続いた。
- 塩野
- ぼくは、3人の左利きの刀鍛冶の本を、
つくろうとしたんです。
同じお師匠さんの元で育った、左利き。
- ──
- 左利きには、何か意味が?
- 塩野
- 左利きだと、鍛冶屋になれないのよ。
鞴(ふいご)と
炉(ろ)の位置が決まってるので、
左利きは、
右利きに矯正しないとダメなんです。
- ──
- へえ、そうなんですか。
- 塩野
- その苦労をいとわずに鍛冶屋になって、
数えるほどしかいない
「無鑑査(むかんさ)」という名匠に
認定されるかもしれないほど、
素晴らしい腕前になった3人だったの。
- ──
- ええ。
- 塩野
- その3人をインタビューしてたんです、
13年間。
でも、その間、
刀鍛冶の協会が分裂したりとかしてね、
最後、3人のうちの1人が残って。
- ──
- はい。
- 塩野
- もともとは
出版社の友だちとやってた仕事なんだけど、
その人が亡くなっちゃって、
編集者が替わって、
最後は出版社も替わったりしたんだ。
- ──
- 13年という時間の中では、
いろんなことが、起こるものですね。
- 塩野
- 最終的には、
刀鍛冶、研ぎ師、鞘(さや)を作る人、
金具をつくる人、
漆を塗る人、柄を巻く人‥‥と
いろんな職人さんに聞き書きをして
一冊の本にしたんです。
刀鍛冶ひとりのままだったら、
あと10年は、かかったかもしれない。
- ──
- はぁ‥‥。
<つづきます>
2017-07-16-SUN