|
── |
われわれ、ただいま本館地下の
連絡通路近く、輸入食材の売り場におります。
メンズ館へはこのまま地下から行きますか? |
ジョージ |
このまま行くと、いきなり殿方の下着売り場よ?
それはちょっと刺激が強いわっ!
ていうかちゃんと正面玄関から入りましょ。
|
── |
そういたしましょう。では上の階へ‥‥。
ジョージさんは、メンズ館には、
ビジネス用途で来られることもあるんですか。
|
|
ジョージ |
うーん。来ないこともないけど、
ボクが伊勢丹を好きなのは、
「役割」がない時に来るとたのしいからなの。
つまりね、ビジネスマンとしてよりも、
“私個人”として来る伊勢丹がたのしいのね。
ずいぶん前だけれど、女の人が
すごくうらやましい時期があって。
というのは、女性の消費って、
母親としてとか
妻としてとかじゃなくて、
じぶんのために買うでしょう?
靴にしたってなんにしたって、
じぶんが好きな物を
自由自在に選ぶための売り場があるの。
でも、男が洋服を買おう思うと、
スーツなのか、スポーツウエアなのか、
ようは「役割」で買うしかないのね。
もちろん伊勢丹をビジネス用途で
使わせていただくこともあるわよ?
たとえば経営者やってるお友達から、
「銀行に行って、
支店長がお金を貸したくなるような
洋服とか鞄が買いたいんだけど」、
って訊かれたことがあるの。
そうするとね、やっぱり伊勢丹が良い!
そりゃ三越さんとか高島屋さんに行けば
立派なスーツが揃っていたりする。
けれども、上等に見えるけど、
どこのブランドかわからない、
そういうものって、伊勢丹が得意なのよ。
|
|
── |
ブランドがわからないほうがいいんですか。
|
ジョージ |
そう、そこがポイントなの。
というのはね、銀行の支店長って
華美な人は好きじゃないのね。
でも上等なものを持っていないと
コイツは責任感を感じてない、
というふうに判断する。
けれどあつらえ服も、
銀座であつらえた服は、あつらえすぎ。
そういう時に着るべき服は
伊勢丹さんのスーツのオーダーコーナー
あたりに行って、
ゼニア(Ermenegildo Zegna)とかの生地で
「ス・ミズーラで」って。
そうすると、上下全部いって
40〜50万くらいの投資になるでしょうけど、
それで1億円借りられたらいいじゃない?
|
|
── |
ハッ。桁がちがいました。
|
ジョージ |
でも、バーニーズ・ニューヨークや
ヒューゴ・ボス(HUGO BOSS)で
上から下を揃えようとすると
銀行の支店長がわかんなくなっちゃうの。
バーニーズは上等でもかたちが不思議だったり、
ヒューゴ・ボスは
芸能プロダクションの社長であるとか、
そんな人に似合う、やわらかーい感じがする。
その服を着て銀行にお金を借りに行っても、
実業の人ではないんだな、
っていうふうに思われる。
証券会社に上場したいからって
行くぶんにはいいんでしょうけれど。
|
── |
歌舞伎町でモテたいかどうかはともかく、
おしゃれはしたいですよね。
|
ジョージ |
そうよ、たぶん、日本の男の人は、
もっとおしゃれがしたいんだと思うのね。
だけど今はお手本のない世の中だから、
彼女とか奥さんの言いなりに
着てしまうのかもしれない。
そうすると、ちょっと見ていて
違うなっていうことがあって‥‥。
その人その人が、
こういうおしゃれがしたい、ということさえ
きっちり言ってくれれば、
たぶん百貨店の売り場でも伝わって、
ほしいものが手に入ると思うのよ。
言わないのはもったいないなと思います!
|
── |
はい。
|
ジョージ |
試着するじゃない?
試着室に入って鏡見るじゃない?
正面は自分でわかるのよ。
だけど、男服ってぜったい、
後ろ姿も大事なの。
そこで売り場の人が
背中を押してくれないと!
後ろ姿を見て、信頼できる人から、
「ジョージさん、いいですよ」
って言われてごらんなさいな。
カードがピューッよ?
そう、百貨店のお洋服は
信頼のおける売り子さんがいることが大事。
この関係はぜったい量販店ではないでしょうし、
なによりファストファッションの洋服を着たら
後ろ姿もへったくれもないから。
彼女が「いいんじゃない?」と言ってくれるのと
売り場のプロが「いいですよ。
すごくステキに見えます」
って言ってくれるのでは、意味が違うの。
今ってね、その「いいですよ」って
言われた時の気持ちの上がり方を
経験してない人が多いような感じがする。
女の人は、わかるはずよ。
靴を買ってはかせてもらって、
鏡の前に立ってぐるっとまわった時に
売り場の人が「ああ、ステキですよ」
って言ってくれた時。もう飛べるでしょ?
それと同じ。
その人間関係が百貨店のお客様と
百貨店の人間関係だと思うのよ。
|
── |
その関係が伊勢丹にはあると。
|
ジョージ |
ウン。伊勢丹に「男の新館」ができたとき、
ボクは初めて女の人のように
男の買い物ができたのよ!
「男の新館」っていうのは、
いまのメンズ館の前身ね。
2階に上がって正面のところに
ラルフ・ローレンがあって、
パターン・オーダーの
スーツをいっぱい作りましたっ。
それまで、あつらえ服か
既製服かしかなかったんだけど、
パターン・オーダーって、
“あなたのための”でしょう。
それがボクにとってはものすごく新鮮で、
けっこう重宝させていただいたの。
|
伊勢丹の人 |
昭和30年代に、
「男の新館」ができたときのテーマが
「クロス・セックス」なんです。
男の子も女の子も
一緒に買い物ができるようにと
オープンさせたんですよ。
「クロス・セックス」、
「クロス・ショッピング」。
上の方に行くと
完全に男子の趣味の世界でした。
HOゲージももちろんありましたし、
プラモデルもありましたし、
レコードもありました。
|
── |
そんなだったんですか!
|
ジョージ |
そうなの!
テナントが中心になりながら
2階から4階ができあがってて、
それでも変わったブランドがあってね。
しかも、伊勢丹の紳士服は、
さわれる売り場が多かったのよ。
ワイシャツの売り場って、
たとえばニューヨークのバーニーズなんか、
セールスクラークに
あれを見せてください、あるいは
わたしはこういうのが趣味です、って
後ろの棚から出してもらうじゃない?
あれ、日本人むずかしいのよ。
けれど伊勢丹のシャツの売り場は
ほんとうにぜんぶじぶんで触れた。
素材感も見られたし。
そういう意味では
選びたい人がやってくると
たのしい売り場だったのよー。
|
── |
と、おしゃべりしながら、
本館の裏手に来ました。
この道を渡ればメンズ館ですよ。
ここ、いつも交通整理のかたが立ってますよね。
明治通り寄りのところには
トラックが出入りするバックヤードの
入り口があるので
けっこう車の出入りもあって。
|
|
ジョージ |
小さい築地ね!
すっごい贅沢なものが運ばれてくる場所!
こちらの交通整理の
おじさんたちには頭がさがるのよ。
笑顔も素敵だし、
お客さまの止め方が素敵なの。
やわらかーく、
「申し訳ございません」って。 |