伊丹さんが「師匠」と呼んだ男。
 
第1回 ドキュメントに原作がある?
ほぼ日 DVDの『13の顔を持つ男』を拝見しました。
佐藤 あのDVDを、はい。
ほぼ日 佐藤さんも出てらっしゃいましたね。
佐藤 そうですね、すこしばかり。
ほぼ日 伊丹十三さんという方は
ほんとうにいろいろな顔を持たれていて、
役者さんと映画監督の顔ばかりを
見ていたぼくらは、びっくりしたんです。
佐藤 意外と知られてないことも多いみたいですね。
イラストを描いていたこととか。
ほぼ日 とくに印象的だったのは、
「テレビ番組をつくる人」としての
伊丹さんの顔でした。
佐藤 うん。
ほぼ日 実に楽しそうで。
佐藤 そうですね。
ほぼ日 その時期に佐藤さんは、
もうコンビのように
伊丹さんといっしょに撮られていた、
という話を耳にしまして。
佐藤 コンビっていうのは大げさだけど(笑)、
まあ、だいたい撮らせてもらってました。
ほぼ日 きょうはぜひ、
当時の現場のお話をうかがいたいのですが。
佐藤 当時の話‥‥。
ものすごくあるんだけど、
どういうところを中心にお話しましょう。
ほぼ日 まず、伊丹さんから
「師匠」と呼ばれていたそうですが、
いつごろからそう呼ばれるように?
佐藤 いつごろでしょうねえ。
ほぼ日 伊丹さんだけでなく、
いまのテレビマンユニオンの方々からも、
「師匠」と呼ばれていますよね?
佐藤 まあ、呼びやすいからでしょう。
もともとは、最年長だから当たり前なんです。
ほぼ日 最年長。
佐藤 この会社はじまったときから最年長。
ほぼ日 いちばん年上だった。
佐藤 だから、年上だから師匠、と。
まあ、そういうことじゃないかと思いますよ。
ほぼ日 はじめて伊丹さんと会われたのは?
佐藤 それは『遠くへ行きたい』のときですね。
ほぼ日 あ、そうか、そうですよね。
佐藤 テレビマンユニオンができてから
初めての仕事ですから。
最初のうちは永六輔さんひとりが案内役でね。
ところが永さんはすごく忙しくて、
他にもレポーターを立てることになった。
ほぼ日 それが伊丹さん。
佐藤 ある日、「伊丹さんの家へ行け」って
話になって、僕、行ったんです、ひとりで。
ほぼ日 はい。
佐藤 そしたら、恩地日出夫さんがいるわけ。
映画監督の。
『遠くへ行きたい』の演出だったんです。
で、やっぱり伊丹さんがさ、怖いんだな。
ほぼ日 (笑)
佐藤 だってテレビでみてただけの人でさ、
恩地さんのことも知らないし。
どうなるんだろう、これはっていう。
ほぼ日 そのときの認識として、
伊丹さんのことは俳優さんだと?
佐藤 俳優です。
俳優としてしか知らないんです、こっちは。
ほぼ日 ええ。
佐藤 で、最初のご挨拶をしたら、
「じゃあ明日、東京駅にとにかく集合しましょう」
ってスケジュール言われて。
ほぼ日 それが「親子丼珍道中」ですか。
佐藤 そうそう、それです。
で、その挨拶のときいちばん困ったのは、
「こういう原作があるんだけど」って、
伊丹さん、本を持ってくるわけ。
そんな、原作って言われたって(笑)。
ほぼ日 ドキュメントなのに原作(笑)。
佐藤 原作? そんなの初めてだよ。
これはひどいことになるなぁと思って。
ほぼ日 ひどいことに(笑)。
佐藤 ところが話を聞いてみたらね、
その本は山本嘉次郎さんの
『日本三大洋食考』っていう本だったんだけど、
そのなかの「親子丼」をやりたいって言うんです。
親子丼は山本さんのお父さんが
発明した料理だって言うんですよ。
だから全国をまわって最高の食材を集めて、
それで作った親子丼を
山本さんに食べてもらおうって。
ほぼ日 はい。
佐藤 あ、これはすげえなって、
にわかに逆転するわけじゃないですか。
これはもうまったく、『遠くへ行きたい』だって。
ほぼ日 なるほど。
佐藤 で、東京駅の集合場所へ行った。
僕はバッグひとつを持って。
そしたら伊丹さんと恩地さんがもういてね、
伊丹さんが「駅弁美味そうだな、買おう」
なんて言ってるわけ。
ほぼ日 駅弁を。
佐藤 駅弁を買いに行った伊丹さんをみて恩地さんが、
「あ、いい。
 こういうところも撮れると面白いねえ」
って言ったのよ。
僕は「あ、そうですか」って
ボストンバッグをぱっと開けて、
キャメラで、やっ、と撮ったんだ。
ほぼ日 その場で急に。
佐藤 サッと撮った。
ほぼ日 へえー。
佐藤 恩地さんは驚くわけ。
ほぼ日 監督がなにも言ってないのに。
佐藤 うん。
だってこっちは撮るために来てんだから。
面白いって言ったじゃないですかって。
ほぼ日 へええー。
佐藤 ボストンバッグからキャメラが出るって
想像もしてなかったんだろうね。
ほぼ日 そうでしょうね。
佐藤 映画の世界では
よーい、スタート、カチン、でしょ?
ほぼ日 そうですよね、勝手に撮ることはなさそうです。
佐藤 そういう調子で始まったわけ。
すると、なにもかも面白いんだね。
伊丹さんもそういうのを面白がる人だからさ、
たとえばそのときの衣装は
伊丹さんが自分で買ってきたんですよ。
米軍払い下げのを。
ほぼ日 はい、DVDで観ました。
佐藤 これならどこでも横になれる、
なんて言いながら突然キャメラの前で
ごろんと横になっちゃうわけ。
そういうのをいきなりやるのよ。

〜DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
ほぼ日 いきなり(笑)。
佐藤 いきなりやるから、こっちもさ、
三脚つけて構えてなんかいられない。
だからあのカット見るとね、
微妙にキャメラが遅れてるんですよ。
ほぼ日 それも観ました。
急に伊丹さんが寝転がって、
フレームアウトしちゃうんですよね。
一瞬だれも映ってない状態になっちゃう。
佐藤 そう。
見えなくなる。
ほぼ日 ああいうのはかなり画期的な?
佐藤 画期的っていうか、
普通、ないよ? そういうのは。
ほぼ日 そうですか(笑)。
佐藤 俳優さん、怒っちゃうからね。
お客さんも怒るよね。
「何してんだお前ら」って。
ほぼ日 (笑)
佐藤 まあ、そういう調子でしたねえ。

(つづきます)
 
2009-07-21-TUE
 
  (C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN