伊丹さんが「師匠」と呼んだ男。
 
第2回 楽しいのは厄介な仕事。
佐藤 『遠くへ行きたい』はね、面白かったですよ。
伊丹さんがその場でいろんなカットを思いついて、
こんなことをやっていいのか?って思うんだけど、
編集されて1本になってくると、
「それが伊丹十三なんだ」ってことになるわけ。
ほぼ日 すごいですね。
師匠はそれに応えなきゃならない。
佐藤 「この手で来たか、じゃあこっちは」
みたいなやりとりを楽しんでたよね。
ほぼ日 緊張感ありますね。
佐藤 一応最初にアイデアは考えてるんだけど、
アイデアったってさ、
その通りにはならないわけですよ。
ほぼ日 はい。
佐藤 ボクシングと同じで、
向こうがこう打ってきたら、
こっちからこう行こうと。
キャメラが咄嗟に反応しないとね。
ほぼ日 やっぱり現場なんですね。
佐藤 現場。
感覚でしかないんだ。
ほぼ日 すごいなあ‥‥。
佐藤 その流れで『天皇の世紀』っていう、
ドキュメンタリー・ドラマのはしりを
撮ったことがあるんだけど。
ほぼ日 はい、『天皇の世紀』。
佐藤 それは日本人のね、
つまり、どう言えばいいのかな‥‥。
とにかく伊丹さんが
日本人を告発するみたいなシリーズなんです。
ほぼ日 ええ。
佐藤 これで「廃仏毀釈」を取り上げたことがあって。
ほぼ日 それもDVDで、ちらっと拝見しました。

〜DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
佐藤 ラッシュがあって、仕上がりがあって、
ほとんどできてきて。
「師匠、ちょっと見てよ」
って伊丹さんが言うからね、見たんです。
えれぇ面白い。
えれぇ面白かったんだけど、
一点、危ねえなと思ったのが、
一途なんですよ。
ほぼ日 一途。
佐藤 「私が」になっちゃってるわけ。
つまり「私が」、
廃仏毀釈で日本人を告発してる。
見方によっては、
「役者が何、偉そうなことを」
って思う人も出るかもしれない、と。
ほぼ日 ああー。
佐藤 僕自身はそうは思わないけど。
テレビのお客さんはたくさんいるから。
ほぼ日 はい。
佐藤 「それ、やめた方がいい」って言ったんです。
ほぼ日 伊丹さんに。
佐藤 そしたらね、あくる日ですよ、
すぐ、直した。
ほぼ日 直した。
佐藤 ぜんぶ直した。
ほぼ日 はあー。
佐藤 ぜんぶね、「男は」にしたんです。
つまり三人称に。
ほぼ日 あー、なるほど。
佐藤 演じてるのは伊丹十三なんだけど、
「男は」にしたことで、
自分を客体しちゃった。
あれは見事でしたね。
ほぼ日 その指摘をした佐藤さんも
すごいと思いますが。
佐藤 まあ、伊丹さんって、
あんまりそんなこと言われないみたいなんだよ。
ほぼ日 なかなか言えないと思います(笑)。
佐藤 あれのときもそういうのがあったね。
伊丹さんの2本目の映画。
ほぼ日 『タンポポ』。
佐藤 伊丹さんが「どうでした?」って訊くからね、
僕は気に入らないところをはっきり言ったんです。
ほぼ日 ‥‥そうでしたか。
佐藤 まあ、感想を求められれば
言いたいことを言いますよ、
みたいなところはこっちにもありますし。
ほぼ日 テレビの時代の関係があったから、
言えたわけですよね。
佐藤 そうだと思います。
ほぼ日 テレビのお仕事では、ほかにどのような?
佐藤 伊丹さんとはいろいろやりましたが、
とにかくお金がなかったですね(笑)。
当時、予算がかけられない仕事に、
お呼びがかかったような気がします。
ほぼ日 そうですか(笑)。
佐藤 たとえばね、
『古代への旅』っていうシリーズ番組。
これも予算がなかった(笑)。
素材がなくて、本だけしか写せなかったりする。
でもそこに伊丹さんがナレーションで、
「エー、カメラマンの佐藤さんが、
 本の活字をそのまま撮ってますが、
 手法としてはめちゃくちゃ、やけくそですよ」
ってやるわけです。
もう、それで、がぜん面白くなる。
ほぼ日 ははは。
佐藤 それと『欧州から愛を込めて』。
ほぼ日 あ、仲代達矢さんが出てる。
佐藤 そうそう。
やっぱり予算がないからロケ先の
ベルンの町の風景をそのまま撮るんです。
昔のままの町並みだから、
セットなんか作るよりよっぽどすごい。

〜DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
ほぼ日 役者の仲代達也さんが演じるドラマと、
リアルな人々のドキュメンタリーが混ざりあって、
ちょっと観ただけでもわくわくする作りでした。
佐藤 仲代さんがね、あのとき初めてテレビに出て。
ほぼ日 あ、そうだったんですか。
佐藤 町を歩いている仲代さんが、
ふと足を止めて考え込むっていうシーンを
最初に撮ったんです。
なんでもないカットですよ。
ところが撮ったやつをみてみたら、
大芝居なんです、仲代さんが。
ほぼ日 舞台の方だったから。
佐藤 僕も撮りながら、
こーりゃあ、まずいよって、
これはNGになっちゃうなと思ったんですけど。
ほぼ日 はい。
佐藤 そのときはビデオだったんです。
だから撮ったシーンをすぐに見れた。
仲代さん、自分で見て、「はーっ」て(笑)。
すぐに撮り直したら、一発で微妙な表情に。
あのあたりは、さすがですよね。
ほぼ日 鍛えられ方が違うんですね。
佐藤 うん。
ちょっと話がそれましたね(笑)、
予算がないほうが面白いっていうところから。
ほぼ日 はい、はい。
佐藤 冷蔵庫のコマーシャルもそうだった。
ほぼ日 松下電器の冷蔵庫「ビッグ」。

〜DVD『13の顔を持つ男伊丹十三の肖像』より
佐藤 富士山から馬で氷を運ぶCM。
あれね、1日ですよ。
ほぼ日 え?
佐藤 1日で撮っちゃったの。
なんかね、空前絶後の安さだって言われた(笑)。
ほぼ日 へええー。
佐藤 まあ、そんな具合で、
厄介な仕事の方が楽しかったですね。
ほぼ日 お金がないとか、時間がないとか。
佐藤 お金も時間もたっぷりだと、
どうしようと思っちゃう(笑)。
ほぼ日 面白くない。
佐藤 それだったら他に頼めばいいって思ってました。
厄介じゃないのは面白くないんですよ。
「やった」という実感がなくて。
やれて当たり前じゃないかみたいな、ね。

(つづきます)
column 伊丹十三さんのモノ、ヒト、コト。
20.『天皇の世紀』

伊丹さんがテレビマンユニオンといっしょに作った
ドキュメンタリー作品のうち、
代表的なもののひとつが、『天皇の世紀』です。

この『天皇の世紀』は、大佛次郎氏による史伝で、
朝日新聞に連載されていました。
明治天皇誕生、大政奉還、戊辰戦争など
幕末の日本の激動と国家成立までを、
大佛氏が膨大な資料から丹念に調べあげて書いた、
名作との誉れ高い作品です。
連載期間は1967年1月1日から
1973年4月25日までの6年以上。
大佛次郎氏の逝去により未完となるまで、
1500回以上続いた人気連載でした。

まだ連載中の1971年、
朝日放送・国際放映の制作により
全13話でドラマ化されました。
伊丹さんはここに、岩倉具視役で出演しています。

このドラマ版を第1部とし、第2部として作られたのが、
1973年10月から放映された
ドキュメンタリー版『天皇の世紀』です。

史実を再現するために
伊丹さんがサムライの格好をしてパリの街を歩いたり、
再現シーンを見ながら専門家にインタビューをしたり、
伊丹さんはホスト役として、この番組に参加していました。


(DVD『13の顔を持つ男』より)

さらに、自身が演出を担当した回もありました。
「廃仏毀釈」のときです。
明治政府が発した「神仏分離令」を発端として、
本来意図されていなかったところまで、
人々が過剰に仏像を捨てるなどした運動のことで、
のせられやすく、信じ込みやすい日本人の特徴が、
描き出されています。
これに怒りを表現した伊丹さんの演出は、
伊丹さんの父・伊丹万作さんが第二次大戦後、
戦争責任について、

「いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になって互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。」
(「戦争責任者の問題」『伊丹万作エッセイ集』より)

と書いていたことと重なって見えます。


(DVD『13の顔を持つ男』より)

『ヨーロッパ退屈日記』などの
エッセイに見える日本と外国の違い、
『お葬式』をはじめとした映画における
日本人の描き方など、
「日本人について」というのは、
伊丹さんがずっと持ち続けたテーマのようです。

ドキュメンタリー『天皇の世紀』は、
第11回ギャラクシー賞、第14回放送作家協会賞などを
受賞し、質の高い作品と評価されました。
(ほぼ日・りか)

参考:DVD『13の顔を持つ男』
   『伊丹十三の本』(新潮社)ほか。

(コラムのもくじはこちら)

 
2009-07-22-WED
  (C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN