糸井 |
この『13の顔を持つ男』にも出てきてましたね、
その「携帯用洗面器」とかについては。
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浦谷 |
パッと見はブリキのトランクなんだけどさ、
それが何なのか、
番組を見ているほうは、わからないんです。
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糸井 |
うん、うん。
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浦谷 |
で、最後にバラす。「顔が洗えます」と(笑)。

ブリキのトランクを開けると‥‥「顔が洗えます」
〜DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
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糸井 |
あれ、現実につくった人がいたんだ‥‥。
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浦谷 |
いたんですよ。
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糸井 |
あはははは、はぁー‥‥(笑)。
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浦谷 |
収録の前日に、福生のほうまで取りに行ったら、
まだ完成してなくて、ハンダゴテやってた(笑)。
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糸井 |
おもしろいなぁ。
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浦谷 |
ようやく完成した携帯用洗面器を持って
飛騨高山に行ったんだ。
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糸井 |
ああ、なんかガケだか滝つぼだかみたいな
ところでしたね、撮影してたのって。

ガケのような場所で携帯用洗面器を用い身体を洗う伊丹さん
〜DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
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浦谷 |
このときにはね、
同時に「千鳥格子のナゾ」ってネタもやったんだ。
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糸井 |
うん、うん。ありましたねぇ。
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浦谷 |
お堂なんかにある「木製の千鳥格子」って
一見、どんな構造をしてるのかわからないから、
そのひみつを明かしに、旅に出るってやつ。
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糸井 |
あったあった。
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浦谷 |
あれもね、伊丹さんの持ってた
『第四物理の散歩道』って本がネタ元なの。
千鳥格子のナゾとかって言ってさ。

「ほら、これへんでしょ、ちょっと?
千鳥格子っていうんですけれども、
こんなふうにね、
木を編むことができるわけがないわけでね」(伊丹さん)
〜DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
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糸井 |
うん、うん、うん。
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浦谷 |
その本を読めば答えも出てるわけだけどさ(笑)、
わざと「ナゾだ」とかって言って、旅に出た。

「これがもう、ナゾなわけです。
このナゾを、まぁ、
この旅行をしながら、解いていこうと」(伊丹さん)
〜DVD『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』より
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糸井 |
おもしろいですよね。
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浦谷 |
で、このとき、現場で言い争ってるんです。
この業界に入ったばっかりのオレのまえでさ、
カメラマンの佐藤利明と伊丹十三が。
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糸井 |
あの‥‥その佐藤さんという人は
伊丹さんが「師匠」って呼んでたカメラマン?
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浦谷 |
そう、伊丹さんとずっといっしょに仕事してた人。
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糸井 |
そのふたりが言い争ってた?
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浦谷 |
そう、かたやね、佐藤さんは
ドキュメンタリーの歴史をつくってきたような
人だからさ、
いろいろ原作やら素材やらを用意したがる
伊丹さんに対して
「そんな仕込んだ材料ばっかりじゃ
ドキュメンタリーにならないじゃないか」って、
怒ってるわけ。
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糸井 |
ほう、ほう。
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浦谷 |
そしたら、伊丹さんはなんて言ったと思う?
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糸井 |
ん‥‥。
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浦谷 |
こわいんだ‥‥って。
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糸井 |
ああ、すごい。
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浦谷 |
正直でしょう?
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糸井 |
すごいですね、そのセリフは。
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浦谷 |
「おれはドキュメンタリーに堪えうるような
人間じゃない。こわいんだ」と。
「だから用意した素材でやるんだ」と。
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糸井 |
はぁー‥‥。
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浦谷 |
伊丹さんが、そう言ったんだ。
すごい正直なんだよ。
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糸井 |
その場面が「ドキュメンタリー」ですよね。
はぁー‥‥。
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浦谷 |
そんなところにいたもんだから、
だんだんね、
ぼくにも「ドキュメンタリーの呼吸」が
わかってくるわけ。
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糸井 |
うん、うん。でしょうね。
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浦谷 |
そこで、伊丹さんから学んだことのひとつが、
映像作品をつくるときには
「太い串が1本、刺さってなきゃダメ」
‥‥ということでさ。
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糸井 |
太い串。
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浦谷 |
ぼく、のちに、伊丹映画のメイキングを
つくったときなんかにも
つねづね言ってたことなんだけど、
細かい部分には
いろんな動きがあっていいんだけど、
作品というものは
1本の太い串で貫かれていないとダメ。
つまり、たとえば
「千鳥格子のナゾを解きに行く」って
太い串がまずあって、
その串で、作品全体を引っ張っていくんです。
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糸井 |
なるほどね。
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浦谷 |
伊丹さんが「原作を用意したがる」のも、
そういう「太い串」の信念があるからなんだよ。
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糸井 |
それは‥‥つくりかたとしては、
もう「映画」そのものですね。
伊丹さん、のちにつくることになるけど。
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浦谷 |
でもね、「師匠」の佐藤利明が
「それだけじゃ、つまんないだろう?」って言うのも、
よーくわかるんです。
「現場で、予測もできない何かが出てこなければ、
テレビとしては、
ドキュメンタリーとしては、つまんない」って、
師匠がそう言うのも、正しいのよ。
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糸井 |
うん、うん。
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浦谷 |
そんな言い争いを、
ぼくのいちばん最初のロケでやってくれた。
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糸井 |
23歳の浦谷さんのまえで。
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浦谷 |
ずいぶんトクしたなと思う。いま思えば。
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糸井 |
そんな話、聞けないですよね。
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浦谷 |
うん、ふつう聞けないよ。
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糸井 |
ねぇ‥‥。
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浦谷 |
で、帰ってきて映像を編集するじゃない?
そのときにさ、また‥‥あるんですよ。
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糸井 |
ひと悶着が(笑)。
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浦谷 |
うん。たとえば‥‥そうねぇ、ぼくが
「最後、あのとき、伊丹さんが
ただ歩いてるだけだったのがよかった。
あれこそ、ドキュメンタリーですよね」
とかなんとか言うと、
伊丹さんは「いや、それはちがう」って。
「撮ったものは、撮ったもの。
それが、どう使われるかが勝負なんだよ」
とかってまた、はじまるわけ。
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糸井 |
はぁー‥‥。
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浦谷 |
もう、ひとつひとつが勉強になった。
で、いつか、なにかの拍子で
ぼくが、伊丹さんとはちがうアイデアを
出したことがあったんですね。
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糸井 |
ええ。
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浦谷 |
そうしたら伊丹さん、こう言ったんです。
「わかった。でも、そのアイディアは
キミの頭のなかでは理解できてるだろうけど、
聞いただけじゃ、他の人にはわからない。
だから、
入り口をつけなきゃダメなんだ」って。
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糸井 |
入り口?
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浦谷 |
うん、入り口。つまり映像の見方の入り口。
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糸井 |
ああ‥‥。
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浦谷 |
「こういうふうに見てほしい、という
見方の入り口を示すことで、
見ているほうには、
こっちの意図が伝わるし、楽しめるんだ」って。
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糸井 |
‥‥勉強になるなぁ。
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浦谷 |
こんなのがさぁ、最初からなんだよ!?
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糸井 |
大学出たての、23歳のまえで。
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浦谷 |
第1回めのロケでこんなことやられるわけ。
大学時代、映画研究会だった若造のまえで。
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糸井 |
ああ、映像とか、そのあたりについての
観念論は、やりとりしてたけど‥‥。
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浦谷 |
そう。そんな現場のぶつかりあいなんか知らない
新米チーフADのまえで。
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糸井 |
そりゃあ、ビックリしちゃいますよね。
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浦谷 |
うん、だってオレ、そのときのことをさ、
日記に残してるくらいだもんなぁ‥‥。
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糸井 |
たまんない話(笑)。
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<つづきます> |