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アメリカに「理想郷」ができるわけ。

ほぼ日
少量生産のジャムとかグラノーラとかの、
そういった「少量生産で作られたもの」に
興味がある層というのは、
ニューヨークではけっこう多いんですか?
佐久間
ずいぶん増えたとは思いますね。
食べものについては、やっぱり人々の意識が
すごく変わってきている気がします。
というのが、食べものって、
どんなにほかのカルチャーに興味がない人でも、
ちょっと味見してもらうと
「こっちのほうがうまい」とかわかるので。
ほぼ日
たしかに食の話って、伝わりやすいですもんね。
佐久間
ただ、少量生産の作り手は
服とか、他のライフスタイルの分野でも
出てきているんですが、
食べもの以外の分野については、
食べものほど幅広い人たちの意識の変化は
まだ起きてないと思います。
だけど、そういった分野では逆に、
「興味を持つ人数が少ない」からこその
おもしろい動きがあるんです。
ほぼ日
「興味を持つ人数が少ない」からこその
おもしろい動き、ですか。
佐久間
なにかというと少量生産の作り手って
だいたいみんな、
「自分がほしいけど売ってないもの」を
作ることが多いんですね。
それはもともと、ビジネスとして成立するほど
お客さんを見つけられないから、
これまで作られてなかったものだったりするんです。
だけど、その部分がいま、
インターネットが成熟してきたことで
「作り手」と「買い手」がつながれるようになって、
そういったものも作られるようになってきたんです。
ほぼ日
つまり、前だとビジネスとして
うまく成立しなかったようなものが、
いまは、ちゃんとビジネスとして成立する。
佐久間
そうなんです。たとえば
「アウトライヤー(OUTLIER)」という
自転車のブランドは、
アウトドア用の特殊素材を使って、
「自転車で通勤したときにも
 汗ジミなどのできにくい、高機能な街着」
を作っているんですね。
だけど、その
「通勤にも使える、おしゃれで高機能な自転車服」
を欲しい人ってきっと、
そこまで多くはないですよね?
ほぼ日
たしかに、「自転車で通勤する人」だけでも
数がかなり絞られますし。
佐久間
そうなんです。
でもいまは、インターネットがあるから、
彼らも、自分たちの作るものがほしいお客さんに
ちゃんと出会えるんです。
ほぼ日
じゃあ、そういったものは、
ネットショップでの販売が主なんですか?
セレクトショップなどではなく。
佐久間
そう、インターネットで
直接買ってもらってるとこが多いですね。
こだわって作っているからもともと高いし、
間にお店を通すと、定価が高くなるでしょう?
でも、あまりに高いと、みんな買わないし‥‥という
そのバランスなんです。
直売にすると値段をおさえることができるし、
あと、ネットであれば
遠くのお客さんとも繋がれますよね。
「アウトライヤー」については、
日本やニュージーランド、オーストラリアなど
アメリカ国外からの注文がかなり多いそうです。
ほぼ日
そっか、ニューヨークには
十分な数のお客さんがいないかもしれないけれど、
海外まで目を向ければ、
ビジネスとして成り立つだけのお客さんが
見つかるかもしれない。
佐久間
そう。そういうことで、
「少量生産の新しいビジネス」というものが
はじめやすい状況にはなっていると思います。
ほぼ日
じゃあ、そのときインターネットの存在は、
ものすごく大きいですね。
佐久間
だからみんな、そのあたりも
すごく工夫して頑張ってたりしますよね。
「インスタグラム(Instagram)」を使ったりとか。
ほぼ日
そういった、ものづくりブランドの
インスタグラムは、
作り手の顔とかどうやって作られたかとか
背景が伝わってきて、いいなと思います。
佐久間
いいですよね。
ものが作られる背景の情報を知れると、
お客さんのほうも、より愛着を持って
買った商品とつきあえますし。
もちろん、いかにも
「マーケティング的にインスタグラムやってます」
みたいな会社もありますけど、
やっぱり誠実にやってるところのほうが
だんぜん人気ですよね。
ほぼ日
そういうときのSNSって、
「フェイスブック(Facebook)」ではなく
「インスタグラム」なんですね。
佐久間
いまは完全にインスタグラムですね。
たぶんアメリカ人はフェイスブックを見てる人が
どんどん減ってる気がします。
インスタグラムは今もう、写真の投稿だけじゃなく
直接メッセージを送り合えるでしょう?
だから、最近は名刺交換の代わりに
インスタグラムのIDを聞き合ったりとか、
何もかもインスタグラムなんです。
男女の出会いにも普通にインスタグラムが使われるし。
知らない人からいきなり、
お誘いのメッセージが来ることもあります。
ほぼ日
そういえば少し前に佐久間さんが
ご自身のツイッター(@yumikosakuma)で
「アメリカではインスタグラムの常識みたいなものが
 日本と比べて、ずいぶん整ってきてる」
と書かれているのを読みました。
佐久間
日本とアメリカでそれぞれインスタグラムを見ると、
投稿される写真の景色がぜんぜん違うんです。
たとえば、いまアメリカでは
「フィルターはあんまりかっこよくない」
みたいなムードが、広まってきていますし、
立て続けに何枚も投稿するのはNG。
何枚も投稿しつづけていると、
フォロワーが一気に減ったりします。
ほぼ日
一気に減るんですか、厳しい。
佐久間
みんな、ひとりの人の情報だけで
画面がいっぱいになるのが嫌なんですよね。 
だから「連続投稿してもいいけれど、
数時間くらいは空ける」とか、
「同じ場所でいっぱい投稿しない」とかは、
ルールとして徐々に広まってきています。
まあ、SNSのルールって変わっていくものだし、
SNSは基本的に若い子たちが主導しているものだから、
おそらくわたしが気付いていないルールも
たくさんあると思いますけど。
ほぼ日
じゃあ、いまのお話に出ていたような
少量生産の作り手の人たちも
きっといろいろ考えながら投稿してるんですね。
佐久間
そうだと思います。
とはいってもやっぱり得意な人と
得意じゃない人がいますけどね。
そしてもちろん、そういったSNSの使い方が上手で
有名になっていく人もいれば、
インスタグラムなどには強くないけど
「味がいいから」などの理由で有名になる人もいます。
ほぼ日
さきほどの「アウトライヤー」の話とかもそうですが、
この本に書かれていたいろいろは
ほんとうにすごく「理想郷」というか、
いいなと思うことが多くて、衝撃でした。
アメリカって、なんておもしろい場所なんだろうと。
佐久間
おもしろいですよね。
ただ「理想郷」のような面もあるんだけど、
アメリカにそういう「理想郷」っぽい場所が
できてきた理由はおそらく
「まわりの環境自体があまりにひどいから」
ということがあると思うんです。
日本は、それぞれに問題意識はあっても
やっぱりすごくいいところだし、平和だし、
みんながそんなに貧乏でもない。
アメリカではいま、ほんとうに大変で
ミドルクラスの人たちがみんな追い込まれて
どんどん生きづらくなっているんです。
だからみんなの感じている
「このままいったら、絶対だめだよね」という気分が、
反動のように「理想郷」を作る動きに
繋がっているような気がします。
ほぼ日
いまいる場所への反動としての「理想郷」。
佐久間
そういう面は、あると思います。
だから、日本に暮らしている人から
「アメリカは進んでてうらやましいです」
と言われることもあるけど、
わたしはアメリカが進んでるとか、
日本が遅れているとかはまったく思わないんですね。
こういったおもしろい文化は、
それぞれの人たちが、それぞれに
「自分たちの住んでいる場所でなにができるか」
を考えてやっている結果だと思うんです。
で、そのなかで、
みんなが欲しくなるものだったり、いいアイデアだったり、
食べものならおいしかったりというものが、
みんなに喜ばれて育ってきている。
そういうことなんじゃないかな、と思っています。

(つづきます)
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どうしていまポートランドが
注目されているのか。

アメリカの北西部にある人口わずか60万人の中都市
ポートランドは「住みやすい都会」という文脈で
語られることが多い都市なのですが、
近年、日本の雑誌でも多くとりあげられています。
どうして、ポートランドが注目されているのか。
これまたひとことで語ることは難しいことなのですが
ポートランド文化が評価された理由は、
ハンドメイド感と懐かしいレトロ風味が
絶妙にミックスした感性や
アウトドア、自転車、DIYといった
ポートランドを語るうえで欠かせない要素が
それ以前にメインストリームで主流だったバブリーな感性に
違和感を感じていた人たちの心に響いたからでしょうか。
エイスホテルのアレックス・カルダーウッドや
自分たちのリベラル価値観をコメディに仕立てた
テレビ番組「ポートランディア」のように
ポートランド文化を主流に輸出する動きもありました。
ポートランドのデザインや商品だけでなく
DIYの精神からもたくさん学ぶことがありますよ。

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(2015-04-27-MON)
佐久間裕美子さんの本

リーマンショック以降、
ブルックリンやポートランドなどを中心に
現在アメリカの人々の間で広まりつつある
新しい価値観について、
たくさんの具体的な事例を紹介しつつ、
わかりやすく解説している一冊です。
抜群においしくなったコーヒーや、
「買うな」とうたう企業広告、
地元生産を貫くブランドや、
アナログレコードの再評価についてなど、
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