JAMSTEC藤倉さん&江口さんに訊く
ぼくらの足元に広がる未知なる空間
「深海」について、
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の
藤倉克則さんと江口暢久さんに、
あれやこれやと、うかがってきました。
藤倉さんは、有人潜水調査船
「しんかい6500」などで、
40回以上、深海へ潜っている研究者。
江口さんは、世界最大の
地球深部探査船「ちきゅう」に乗って、
海底を何千メートルも掘っている人。
光なき世界、奇妙な住人、生命の起源。
巨大地震の震源も、多くは、そこに。
真っ暗闇で、ぶきみだけど、
知的好奇心をかき立ててやまない世界。
全5回でおとどけします。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
>藤倉克則さんプロフィール
>江口暢久さんプロフィール
99%、未知の場所。
──
いま、池の水を抜くというテレビ番組が、
流行っているじゃないですか。
藤倉
ああー、あれね。おもしろいよね(笑)。
江口
うん、あれはいい。
──
やっぱり、抜きたいんですね‥‥海の水。
藤倉
いやあ、抜けたら、すごいことですよ。
江口
海のなかの山あり谷ありなんて光景は、
絶対、壮観だよね。
──
海の底は「見えてないところだらけ」、
なんですものね。
江口
さっきも言いましたけど、いま、
「ちきゅう」が
海底から「3000メートル」くらいの穴を
南海トラフで掘って地層を調べていて、
現状、それが
科学調査としてはいちばん深い穴なんです。
──
世界でも。
江口
そう、アメリカの研究船も、
まだ「2000メートル」くらいまでしか、
掘ったことがないんです。
でも「ちきゅう」では、
これを、5000メートルくらいまで掘るんです。
──
はい、すごいことです。
江口
大袈裟じゃなく、そのことで、
われわれ人類は、
いまだ、誰も見たことのない世界へと、
突入していくんですよ。
──
宇宙空間には、
実際に人が行くようになってますけど、
地球の一部である海の底には、
実際には人は行けてないということが、
不思議な気持ちになります。
謎は、足元に広がってる‥‥みたいな。
藤倉
海底からは、実際に「もの」を持ってきて、
あれこれ計測することができるし、
研究や調査についても、
深海ってところは、まだまだ未知です。
江口
宇宙より「掘りがい」はあると思うよ。
──
宇宙の映画はさまざまありますけれど、
海底映画というのは、あるんですか。
江口
見せ場が‥‥ないだろうなあ(笑)。
藤倉
地味地味。
江口
藤倉さんが乗り込む潜水船は、まだいいよ。
こっちはひたすら穴掘ってるだけだよ。
藤倉
あのね、そういう意味では、
「しんかい6500」で深海に潜るまえに
絶対観ちゃいけない映画があって、
それが、『アポロ13』なんですよね。
江口
ああ、そうだろうね。そうだろうね。
藤倉
あれ、まったく同じことが、
海底でも起きる可能性があるんですよ。
──
二酸化炭素濃度上昇、酸素欠乏‥‥。
藤倉
急激に室温が低下しちゃったりとかね。
──
先ほど「しんかい6500」の模型の内部に
入らせてもらいましたが、
え、このスペースに3人‥‥と思いました。
有人潜水調査船「しんかい6500」耐圧殻の内部。
パイロットと研究者の計3名が乗船可能。
水深6500メートルまで調査ができる。©JAMSTEC
江口
潜って浮かんで、何時間だっけ。
藤倉
8時間、9時間。
体勢の自由があんまり効きませんから、
2日連続で潜ったりすると、
もうね、首とか肩が悲鳴をあげますよ。
──
深海にはじめて潜ったときは、どうでしたか。
ドキドキしましたか。
藤倉
実は辞めようと思ったんですよ‥‥怖くて。
──
やっぱり! 怖いですよね‥‥。
藤倉
わたしが「しんかい2000」で
はじめて、日本海へ潜ることになったとき、
事前のブリーフィングで、
応急呼吸器‥‥何かトラブルがあったとき、
呼吸を確保するにはどうしたらいいだとか、
2人のパイロットが倒れた場合、
おまえ1人で、戻ってくるんだぞとか‥‥。
──
その授業‥‥イヤです(笑)。
藤倉
もうね、聞いてるうちに怖くなっちゃって、
手のひらから脂汗は出てくるわ‥‥。
江口
そんなカワイイ時代があったかあ(笑)。
──
でも、それから40回も。
藤倉
今でも、潜水船に入った瞬間には、
ちょっとイヤな脂汗が出てくるんですけど、
不思議なことに、
上からフタをガチャンと閉められちゃうと、
大丈夫になっちゃうんです。
──
覚悟が決まるんですかね?
藤倉
どうなのかなあ。
でも、何かあるとしたら最初の30メートル。
水が入ってくるとしたら、そこですから。
──
え、そうなんですか。
藤倉
うん、水深30メートルを越えてくると、
水圧で蓋がギュッとしまるので、
それ以降は、
漏れてきても結露のポタポタくらいですね。
──
ポタポタ漏れるのも、イヤですけど‥‥。
藤倉
まあ、気分は良くないね。
──
それでも、潜るんですね。
藤倉
いや、この地球上で、
我ら人間のアプローチできる最後の場所が、
深海じゃないですか。
──
ええ。
藤倉
宇宙の場合って、まだ、
具体的な何かを取ってくるような段階には、
ないと思うんです。
まあ、「はやぶさ」が頑張りましたけどね。
まもなく「はやぶさ2」も、ですが。
──
はい。
藤倉
いっぽうでわれわれは、深い海に対しては、
AIの無人ロボットまで使って、
いろんなものを取ってこようとしています。
──
そうですね。
藤倉
でも、「どこまで手を出していいのか」を、
きちんと精査しなければならないです。
つまり、深海の生き物って、
さまざまに興味深い機能を持ってますけど、
それらは、おそらく、
自然の摂理に組み込まれているはずなので。
──
いたずらに深海を撹乱しないように、と。
いまでも、新生物が発見されるんですか。
藤倉
深海の新種なんて、山のように出てきます。
ある意味で諦めてます、新種だらけなので。
──
江口先生は、何かございますか。
深海への思い‥‥というか。
江口
マントルを「オレンジ色」で表すのだけは、
ホントやめてほしいですね。
──
え、よく地球の断面図とかでありますけど、
マントルは、オレンジ色じゃない?
江口
だって、だーれも見たことないんですよ。
マントルなんて。
それなのに、
ドロドロに溶けてるイメージがあるのか、
みんな、勝手にオレンジ色にしちゃう。
──
そのことに、ご納得が、いかないと。
江口
そのおかげで、
「あなたね、そんな海底なんか掘って
マントルが吹き出したら、
いったいどうしてくれるんですか!」
とか、まじめに言われちゃうんだけど、
そんなことありえないし、
そもそもマントルの境界あたりって
300度とかで、たいした温度じゃないわけ。
──
では‥‥何色がよろしいでしょうか。
江口
グリーン‥‥、かな。
マントルは
「橄欖(かんらん)岩」という火成岩で
できているから、
きっと、グリーンがいいんじゃないかな。
──
なるほど、わかりました。
今後は、
マントルはグリーンでイメージします。
江口
お願いします。
──
でも、大昔のあるときに、
海のなかでポッと生まれた1個の生命が、
いまではこんなにもたくさん、
地球上に、あふれているじゃないですか。
藤倉
そうですね。不思議ですよね。
で、その進化の舞台って、ほとんど海。
みなさんの身体の細胞を見てやると、
ミトコンドリアがいますけど、
あれも、もともと別の生物ですしね。
──
はい、授業で習って、気持ち悪いなあと
思った記憶があります(笑)。
国立科学博物館の「深海2017」のときにも
感じたことなんですが、
深い海の底に対する興味の持ちようって、
まずは「生物」じゃないですか。
藤倉
そうでしょうね。
──
でも、生物以上に、
もっとタップリしたものがあるんだなあと、
おふたりのお話から、感じました。
江口
海の底を掘ることで、大昔の地球の姿、
その当時の記録にアクセスできるんですよ。
──
ええ。
江口
ようするに、自分たちはどこから来て、
どこへ向かっていくのかについて、
より深く理解することができるんです。
藤倉
海底を掘ることによってね。
──
巨大なタイムカプセルですね。
藤倉
だって、人間が見た深海底なんて、何%?
1%? 2%?
江口
1%いったかいかないか、でしょ。
──
そんなものですか。
藤倉
だから、これからも、きっと、
おもしろいものや見たことのない生物が、
たくさん出てくると思いますよ。
だって深海って、99%未知なんですから。
海の底を掘ることで、過去と未来の地球がみえてくる。©JAMSTEC
<おわります>
2018-06-29-FRI
写真提供:海洋研究開発機構(JAMSTEC)
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN