「はじめてのJAZZ。」特別番外篇
 高平哲郎さんが語る
「植草甚一」。

第2回
植草さんが初めてジャズを
聞いたのは48歳からなんだよ


高平哲郎さん:
1947年東京生まれ。編集者・放送作家・演出家・評論家。
一橋大学社会学部卒業後、マッキャンエリクソン博報堂に入社。
コピーライターに。
その後月刊誌『宝島』創刊に携わり編集者として活躍。
「笑っていいとも!」のスーパバイザーでもある。


高平 コルトレーンが死んだ70年代から
ジャズがつまんなくなっていって、
植草さんがロックにいくのも
当然といえば当然だったんだよね。
その後、ほぼ60歳にして植草さんは、
生まれて初めてニューヨークにいくんだよ。
ニューヨークにいっても、
自分で撮る写真とか小物類の買い物が
楽しくなってしょうがなくて、
ジャズとはそんなに直面しなかったらしいんだよ。
ほぼ日 ジャズへの興味が一気に薄れたんですかねえ?
高平 そもそも、植草さん自身が
初めてジャズを聞いたのが48歳なんだよ。
50年代の後半ことなんだけど。
当時のフランス映画で、
やたらジャズを使っていた時期があるんですよ。
『危険な関係』という映画だったら、
アートブレイキーの『危険な関係のブルース』、
他にも、マイルスが音楽をやった
『死刑台のエレベーター』とかね。
そういった映画からあの人は
ジャズに入っていったんですよ。
映画を観ながら「なんだろ?この音楽は!」
と思ったんだろうね。
それから、植草さんが
やたらにジャズ聞くようになるわけだよ。
一番有名なあの人の文章で
『ぼくがモダンジャズを聴いた600時間』
というものがあって、
久保田二郎さんという
当時のスウィングジャーナルの編集長が、
「この人面白い文章を書くぜ」
ということになって。
それから、植草さんが
『スイングジャーナル』で書くようになったんですよ。
ほぼ日 その他にも植草さんは
いろんな雑誌に登場されてますよね。
高平 うん。その後、『話の特集』という雑誌にも
植草さんが登場するわけだけど。
和田誠さんと矢崎泰久さんという二人が、
『話の特集』をはじめるにあたって
「どういう書き手を選ぼうか」
という話になって。
「こういう記事かなぁ」と
和田さんがもってきたのが、
植草さんが書いた
「ヒップとスクエア」だったんだよ。
簡単に言えばカイトとナカイ。(田舎と都会)
「あいつはカイト面してるけどナカイだよ。
 それがヒップとスクエアみたいなもんだよね」
という解釈なんだけど‥‥。
この時、二人は植草さんに原稿依頼をする前に、
とにかく一号を出してしまおう
ということになって、
一号を出したそうなんですよ。
そしたら雑誌を出した2日後に、
5円切手が貼られた読者カードがきたんだって。
そこには「植草甚一」って書いてあって
「素晴らしい雑誌です」
感想が書いてあったんだって!
それから『話の特集』で
『緑色のズックカバーのノートから』
という連載をずーっと
することになるんだよ。
ほぼ日 そこではどんなことを書かれていたんですか?
高平 そっちには映画と英米文学と雑学だねえ。
今の雑学とちょっと違うんだろうけど、
「あの映画を観て
 う〜んと思わず唸ってしまった」
とかさ。
そういう文章なんだよ。
文章も言葉みたいな文章で。
おそらく今の50代前後の連中が
文章をかけるようになったのは、
植草さんの文章を読んで
「喋りをそのまま文章にしても
 いいのかもしれない」と思ったのが一方で、
もう一方は深夜放送の投稿ハガキだよな。
おそらくそれが『ビックリハウス』だよ。
その3つの世代がすこしずつ
ずれながら存在してるということなんだよ。
たぶん、系譜でいうと
深夜放送と植草さんはほとんど同じで、
深夜放送がちょっと先かな。
それがすーっと薄くなってきた時に
『ビックリハウス』の
投稿というものが生まれた。
そこでみんな完全に
文章を書くのは怖くないと思ったはずだよ。
そういう流れがあるんだよ。
ほぼ日 なるほど。それが今の「ほぼ日」にも
つながってきているような気がします。
高平 そういえば、突然、何であの人が
言ったのかわかんないんだけど、
『週刊小説時評』というのを
東京新聞に連載してた時期もあるんだよ。
小説誌があるでしょ。
『オール読物』とかそういうやつ。
植草さんはさ、
あの分厚い雑誌を全部切って広告とか捨てて
それをひとつの小説ごとにばらして
ホッチキスで止めちゃうの。
その作業で大体一日がかかるわけなんだけど(笑)。
そこで池波正太郎さんとか筒井康隆さんとか、
70年以降の切れ味のいい作家の文藝評論を
書きだしたんだよ。
こっちは池波さんなんか、
昔から知り合いかと思ってたら、
どうやらそうでもなくて。
単純に小説を読んで
池波正太郎を気にいったみたいで、
即刻、電話したりしてるんだよ。
「アメリカ映画のようだ」って褒めながらね。
そういう風に何にでも
興味を持っちゃう人だったんだよ。
70年代に植草さんが亡くなって
頼まれた原稿でさ
「いつも少年のような好奇心を
 失わない人ということで尊敬している」
ということを書いた記憶がある。
植草さんは
「このジャズを聞かなきゃいけない」とか、
「この映画を観なきゃいけない」というような、
そういうことをしない批評家だったんだよね。

例えば、よく昔、日野元彦さんや渡辺貞夫さんが
「植草さんには何言われてもいいけど
 他の評論家は何か嫌なんだよね」
という言い方をしてたんだよ。
そういうところのある人だった。
ものを学ぶことに束縛したりしないわけだよ。
今は糸井さんもそうだし、
そういう人が多いんだけど。
やっぱり60年代、70年代って
そういう人がいなかったんだよな。
  (ゆるゆるとまたつづきます!)


:::::::::::::::::::::::::::

『新宿植草・甚一雑誌』

『はじめてのJAZZ。』イベントに
興味をもたれた方には間違いなくおすすめです。
あの坂田明さん、あの中村誠一さんの
生演奏もあるんですよ!!!
入場料は1700円。(なんと安い!)
チケットのご予約はお早めに。

日時:2005年4月2日(土)13時開演(12:30開場)
会場:新宿紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4階)
入場料:1700円(全席指定・税込)
チケット前売:キノチケットカウンター
     (紀伊國屋書店新宿本店5階10:00〜18:00)
ご予約・お問合せ:紀伊國屋書店事業部
      03-3354-0141

第一部 新宿・ジャズ・植草甚一
座談会・レコード観賞・
スライド・生演奏(坂田・中村デュオ)
出演者:坂田明(ジャズ・アルトサックス奏者)
    中村誠一(ジャズ・テナーサックス奏者)
    中平穂積(写真家・『DUG』『NEW DUG』店主)
    高平哲郎(編集者・演出家)

第二部 60年代〜70年代の
     サブカルチャー雑誌と植草甚一
座談会
出演者:矢崎泰久(評論家・元『話の特集』編集長)
    津野海太郎(評論家・元『宝島』発案者)
    高橋章子(作家・元『ビックリハウス』編集長)
    高平哲郎(元『宝島』編集長)

:::::::::::::::::::::::::::

「はじめてのJAZZ。」外伝への激励や感想などは、
メールの題名に「はじめてのJAZZ。」外伝と入れて、
postman@1101.comに送ってください。

2005-03-31-THU


戻る