Vol.7 うさぎ
ふわふわでなめらかな毛並みの、
おとなしく愛くるしい小動物。
私が通っていた小学校には校庭のすみに飼育小屋があり、
そこで数羽のうさぎが飼われていた。
掃除や餌やり当番の子どもが3人くらい入ると
お互いのおしりがぶつかるような、
木の板と金網でできた小屋だ。
そのときに触ったうさぎの心地よい感触、
体温の高さは今でもはっきりと覚えている。
長いあいだ、私にとってうさぎとは
冒頭の一文のようなイメージの生きものだった。
幼い頃、大人から「ヨーロッパではうさぎの肉を食べる」と
聞いたときはひどくショックを受けたものだ。
ところが、イギリスで暮らすようになって、
私はこの国の人びとがうさぎを
2種類にはっきり大別していることを知ったのである。
「ヘア(hare)」と「ラビット(rabbit)」だ。
ヘアは筋肉質で野性味あふれるうさぎで、
鉄器時代にヨーロッパ大陸の
農夫が海峡を渡って連れてきたもの。
現在、レストランなどで食べられているうさぎ肉は
主にこれで、メニューにもhareと書かれている。
ラビットはノルマン征服の後に毛皮と食料目的で
グレートブリテン島にもたらされたもの。
いま世の中で、愛玩動物として飼育されているうさぎは
どれもラビットだという。
イングランドの農場で初めてヘアを見たとき、私は
「えっ、何かしら、このうさぎのような
巨大な生きものは‥‥」とおもわず目をみはった。
「ブラウンヘア」という種類で、連れていた1歳の娘と
たいして変わらないサイズなのが衝撃的だった。
よく飛び跳ねそうな逞しい脚、力強い瞳。
古くから人間が食用にしようと思ったのもわかる気がする。
ナショナルジオグラフィックは
ヘアとラビットの違いについてこう説明している。
「ヘアのほうが大きく、耳が長く、
警戒心が強い傾向にある。」
「ヘアは生まれたときから体が毛で覆われ
目も開いているのに対し、
ラビットは無毛で目がまだ開いていない。」
「これらふたつは、同じうさぎ科ながら全く違う種である。」
さて、イギリスのアンティークジュエリーに見られる
うさぎモチーフにもヘアとラビットの両方がある。
けっして全ての品を分類できるわけではないが、
ヴィクトリア時代に流行したハンティング(狩猟)を
テーマにしたジュエリーのうさぎは、
ほとんどの場合、ヘアと言っていいだろう。
大抵はハンティングのシーンを想像させるジャンプ姿で、
やはり脚力の強そうな後ろ脚としゅっとした胴体をしている。
きつねや狩猟犬のモチーフと一緒に
デザインされていることもある。
しかし、イギリスではこの同じヴィクトリア時代に
ラビットをペットとして飼うひとがずいぶん増えたそうで、
結果、ラビットらしい丸みのある可愛らしい
うさぎのジュエリーも次第に作られることになった。
ラビットモチーフのジュエリーは、20世紀に入った後、
いっそうバリエーションが豊かになっていった。
素材も金や銀だけでなく、
真鍮、プラスチック、木、と多種多様に。
私も、うさぎモチーフのジュエリーを作りたい、
という長年の思いがあったので、
先ごろロンドンのジュエリー職人の力をかりて、
1910年頃のエドワーディアンの品から
インスピレーションを得た
ラビットのペンダントとリングを制作した。
(ほぼ日では4月2日より発売)
素敵に仕上がったのでとても満足しているが、
ヘアがモチーフのアンティークジュエリーも
いつかは復刻してみたいと思っている。
参考文献:
National Geographic ‘What’s the Difference Between Rabbits and Hares?’
University of Oxford ‘The history of domestication: a rabbit’s tale’
The Guardian ‘Why rural Britain would be a sadder place without beautiful hares’
2019-03-29-FRI