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ひどい目日誌。
授業料を払ってこきつかわれる
わたしたちの記録。

担当:内山
素になって考えた。


こんにちは。「ひどい目隊」の内山です。

紹介がすっかり遅くなってしまいましたが、
私の本業は、フリーのコピーライターです。
キャリアだけは長くて、
かれこれ15年、広告の文章を書いてきました。

「ほぼ日」に来る前までは
広告とウェブの差はあるにせよ、
文章を書くという行為そのものに
違いがあるわけではないし、
いちおう、プロとしての自信もありました。

で、いさんで乗り込んだ鼠穴ですが、
実際に「ほぼ日」の原稿を書いてみて愕然としました。
ぜんぜん書けないのです。

まず、スピードが大幅に遅くなりました。
文章の質は別として、
仕事仲間の間では「書くのが早いやつ」で通っていたのに
自分でもおかしくなるくらい筆が進まない。
(この文章だってここまで約1時間もかかっているのです)
新人ならいざしらず、
中堅のコピーライターで
この程度の分量の文章に1時間もかけていては、
笑われてしまいます。

自分なりに筆の進まない理由を、ちょっと考えてみました。

広告の世界では「私は〜」「ぼくは〜」といった一人称で
文章を書くことは、ほとんどありません。
黒子に徹する。
これがコピーライターの、まあ、お約束みたいなものです。
私は、舞台の袖で黒い衣装に身をまとって、
うろちょろしていた黒子でした。
そこへ偶然スポットライトが当たって「さあ、踊れ」
といわれても、何をどうしていいのかわからない。
というのが、正直な気持ちでした。
しかし「ほぼ日式スタッフ募集」には、
自分の意志で応募したわけですから、
正確には「偶然」ではありません。
汗ばむばかりで、手も足も動かせないのは、
私に芸がなかったからなのでしょう。

このコーナーは「日誌」のスタイルになってはいますが、
基本的に何をどう書いてもいいことになっています。
サーバーにアップロードする前に、
糸井さんが原稿に目を通してくださいますが、
(今回は、糸井さんとお呼びします)
いままで訂正らしい訂正は、一度もありませんでした。
なにを書いてもいいという自由。
少し憧れてもいた自由なのに、
こんなにも苦しいものとは知りませんでした。
商品も、媒体も、ターゲットも、競合も決まっていて
その枠の中で書くコピーが、簡単だとは
今でもまったく思っていません。
しかし、まっ白い紙を前にして、途方にくれる自分を
予想はしていませんでした。

先週のスタッフミーティングの席で、
糸井さんが、新聞の文芸欄の切り抜きを
スタッフに配りました。
記事の詳細までは、スペースの都合上、紹介できませんが
そのタイトルは
「言葉のもどかしさ」
「本当に思っていることを、うまく書けない文章のほうが
ときには文章としては上である」。
その切り抜きを見た瞬間に、
雷に打たれたようなショックがありました。
糸井さんは、細かな訂正を要求しないかわりに、
こうしたかたちで、
私たちに何かを気づかせてくれるのです。

広告のコピーを読む人は、ふつう読者とはいいません。
広告の世界では、消費者もしくはターゲットと呼ばれます。
読者ではない以上、広告をご覧になった方から、
メッセージをいただくことは通常あり得ません。
私は「ほぼ日」で文章を書いて、
何通かのメールを、読者の方からいただきました。
最初は、それが嬉しくて、有頂天になっていたのですが、
最近は、読むことにちょっとした勇気が必要です。

芸がないことの悲しさ。
自由であることの厳しさ。
つながることの怖さ。
この9日間でそんなことを学びました。

なんだかこの日誌全体が、私のつたない文章に対する
エクスキューズのようになってしまいましたが、
「素」になって言葉を綴っているうちに、
気持ちが少し楽になりました。
(ここまで約2時間30分、ややスピードアップです)

今日のシークレットショット
各種霊界グッズ。
本日の泊まり込みに備えて、こっくりさん、
ろうそく、ポラロイドカメラ、お清めの塩等を準備。
今夜の鼠穴は、臨戦体制だっ。

2000-04-21-FRI

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