春の宵、鼠穴にて高吟す
担当:ハリグチ
三七、二十一日の荒行を終え、
檜風呂にて斎戒沐浴し、
体も清めたいま、
いうほどのことは何もない。
茶など煮てくつろぎ、
退鼠を待つばかりである。
窓には夜の底に沈む麻布の街、
そして、そこに蠢く人々を見下ろすように
ややアンバランスとも思える巨大さで
屹立する東京タワー。
その喧騒も、
ひとたび戸を閉めれば、
うたかたの夢と化す。
残るのはメールの着信を告げる
パンポロリ〜ン
という電子音のみ。
ああ、悠久なる哉、
都市の営み。
盛んなる哉、
電脳交流。
私はワインに手を伸ばす。
ん。
いやちがうちがう。
茶であった。生茶。
今は昔、
何をどう間違えたのか、
「ちょっと似てるかも」
などと言われたこともある
かの小林薫氏が目前で談笑し、
名前を口にするも懼れ多い
月光庵氏の尊顔を間近で拝し、
あろうことか後日には
二言三言ながら言葉を交わし、
かしぶち哲郎氏、松本隆氏にまで
謁見するという、栄養映画。
いや栄耀栄華。
極楽じゃ。この世の悦楽じゃ。
夢に見た享楽じゃ。
夢?
はっ。
こは夢か。
ムーン・ライダーズというからは、
稲垣足穂よろしく
「なあんのことだ」
と一千一秒後にはかき消える
砂上の楼閣か。
かように簡単に夢がかなってしもうて、
これは堕落ではないのか。
努力を放擲させるための
何者かの罠ではないのか。
ひとり合点し、ガッテンだと深く頷く。
ん。この雑誌はガテンか。
そう、肝要なのは、
かような快楽にもびくともせぬ強靱な肉体。
鍛えねばならぬ。
あえてつらい道を選ばねばならぬ。
かくなるうえは、いかに名残惜しくとも
鼠穴を出ねばならぬ。
「おほほほほほ」
などと怪鳥のように笑う
もぎ・リコリス部長や
鼠穴の黒幕、フクダさん、
夜の街で騒いで風邪を直すニシダ部長、
正体不明のイタリア人からの電話に悩まされる
あややさん、
体ではなくスピリットがつんのめっている
木村さん、
シェフの料理、一口賞味いたしとうございました
武井さん、
いつも送っていただいてすみませんねえ
金澤さん、
そしてすべてを厳しく、しかし大きな器量で
見守っていただいたdarling。
おお。おお。
もしすべてが春の深い眠りのなかで見た
夢まぼろしであったとしても、
忘れはしません、その御高恩。
いつかこの地、鼠穴に舞い戻り、
目醒めぬ覚悟でともに夢を見ましょうぞ。
すべてが終わって心静かないま、
明澄な声にて明瞭に名調子で声高らかに唄えれば快いが、
それは単なる近所迷惑。
吟ずるのみにて、失礼つかまつる。
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