1101
ひどい目日誌。
授業料を払ってこきつかわれる
わたしたちの記録。

「ほぼ日式スタッフ募集」に合格してしまった人々の、
理不尽や混沌に立ち向かう戦いの記録。
いつか、キミもこんな目に遭うかもしれない。

春の宵、鼠穴にて高吟す
担当:ハリグチ


三七、二十一日の荒行を終え、
檜風呂にて斎戒沐浴し、
体も清めたいま、
いうほどのことは何もない。

茶など煮てくつろぎ、
退鼠を待つばかりである。

窓には夜の底に沈む麻布の街、
そして、そこに蠢く人々を見下ろすように
ややアンバランスとも思える巨大さで
屹立する東京タワー。

その喧騒も、
ひとたび戸を閉めれば、
うたかたの夢と化す。
残るのはメールの着信を告げる
パンポロリ〜ン
という電子音のみ。

ああ、悠久なる哉、
都市の営み。
盛んなる哉、
電脳交流。
私はワインに手を伸ばす。
ん。
いやちがうちがう。
茶であった。生茶。

今は昔、
何をどう間違えたのか、
「ちょっと似てるかも」
などと言われたこともある
かの小林薫氏が目前で談笑し、
名前を口にするも懼れ多い
月光庵氏の尊顔を間近で拝し、
あろうことか後日には
二言三言ながら言葉を交わし、
かしぶち哲郎氏、松本隆氏にまで
謁見するという、栄養映画。
いや栄耀栄華。

極楽じゃ。この世の悦楽じゃ。
夢に見た享楽じゃ。

夢?

はっ。
こは夢か。
ムーン・ライダーズというからは、
稲垣足穂よろしく
「なあんのことだ」
と一千一秒後にはかき消える
砂上の楼閣か。

かように簡単に夢がかなってしもうて、
これは堕落ではないのか。
努力を放擲させるための
何者かの罠ではないのか。

ひとり合点し、ガッテンだと深く頷く。
ん。この雑誌はガテンか。
そう、肝要なのは、
かような快楽にもびくともせぬ強靱な肉体。
鍛えねばならぬ。
あえてつらい道を選ばねばならぬ。
かくなるうえは、いかに名残惜しくとも
鼠穴を出ねばならぬ。

「おほほほほほ」
などと怪鳥のように笑う
もぎ・リコリス部長や
鼠穴の黒幕、フクダさん、
夜の街で騒いで風邪を直すニシダ部長、
正体不明のイタリア人からの電話に悩まされる
あややさん、
体ではなくスピリットがつんのめっている
木村さん、
シェフの料理、一口賞味いたしとうございました
武井さん、
いつも送っていただいてすみませんねえ
金澤さん、
そしてすべてを厳しく、しかし大きな器量で
見守っていただいたdarling。
おお。おお。
もしすべてが春の深い眠りのなかで見た
夢まぼろしであったとしても、
忘れはしません、その御高恩。

いつかこの地、鼠穴に舞い戻り、
目醒めぬ覚悟でともに夢を見ましょうぞ。

すべてが終わって心静かないま、
明澄な声にて明瞭に名調子で声高らかに唄えれば快いが、
それは単なる近所迷惑。
吟ずるのみにて、失礼つかまつる。

通知表をいただく、の巻。
担当:うりぞう


昨日、ごあいさつしたのに、
また、しゃしゃり出てきました。うりぞうです。
すでに、潜入のネタは尽きてしまったので、
追加ということで、こんなこと、調べてみました。
今回、わたくし達の応募の条件としては、
年齢、性別、期間などが明示されていたのですが、
その他に、以下のものも覚悟せよ、とあったのです。
 ・不用意なセクハラ
 ・お化けがでる
 ・性格のわるいスタッフもいる
わはははは。見直してみたらさ、こんなこと言ってる。
授業料5万円に気を取られてたけど、
こっちの方が、継続的に苦しい可能性がありましたねえ。
で、ご報告であります。
まず、2番目のお化けは、
大々的イベントとして、ご報告済みですね。
ココロに残る顛末は、鼠穴的にも、
語り継がれることでしょう。
出たか、出なかったか、ですか?
そんなこと、わたくしの口からは言えませんわ。
オホホホホホホホ。
では、1番目の、セクハラは?
「ありましたっ」とムーン・ハリグチさん。
ええっ、ほんとですかあ。
「ぼくは、下着泥棒にされてしまいました」
ど、どういうことですか、それは。
「いや、なんかみんなと話してたら、
下着泥棒なんてするのっていう話になって、
しないけど、したとしても言わないって答えたら、
次の日から下着泥棒にされて……」
うわーん、なんということ。
まさしくセクハラじゃあーりませんか。
「うん」
む、待てよ。セクハラというより、
ちょっとしたスキを見せると、
突っ込む態勢を整えている、
そういう人がいるとも言えそうですねえ。
あ、それが3番目の、性格のわるいスタッフっていう
ことなのでありましょうか。
で、性格のわるいスタッフって、
どなたのことなんでしょうか。
「おれ以外はみんなわるい子組だよ」
なんてことを、わたくしの上司である金澤氏は
おっしゃるのでありますが。
わたくしが見たところ、性格のわるい、っていう切り口は
適確ではありません。
面白いことは見逃さない。見逃してなるものか。
そういう意気込みの人が実に多い。
それだけのことです。
なので、性格のわるいスタッフ、は、
いた、と言えばいたし、
いなかった、と言えばいなかった、が正解でした。

ついでに、卒業記念として、
わたくし、およびひどい目隊の、
通知表をいただいてみようじゃないかと、
スタッフの間をうろうろしてみました。
スタッフの目に、わたくしたち3人はどう映ったのか、
いってみましょう。

まずは、わたくしが、最初にコップの洗い方聞いたり、
いろいろとお世話になった、
可愛い可愛いあややちゃんを捕まえました。
どーでしたかねえ、わたしらって。
「わたしも鼠穴に来たばっかしなんで、
 仲間増えたかんじで楽しかったですよお」
だめっ。そんな優等生なお答え。
「じゃあ。ハリグチさんのこと、言っちゃおうっと。
 お菓子好きみたいなんですよ。
 どっかから持ってきて、よく食べてて、
 わたしの飢えも救ってくれましたあ」
これはハリグチさんの上司の、もぎ・カエル部長に、
ぜひともご意見を伺わなくてはっ。
「それはわたしが確認しました。
 お菓子ばっかり食べてましたよ、確かに」
 こらっ、だめでしょ、ハリグチさんたらあ。
「わたしはね、白馬に乗った王子様との出会いを
 期待してたんだけどさあ」
とも、ため息混じりに、もぎ部長。
それはほんと、済みませんでした、
こんなハリグチとウチヤマで。
「は(吐)くまでの(呑)んだおじさま、なんてね」
と、横からグッドマン武井さん。
パチパチ。座布団差し上げます。
武井さんは、どんなかんじでしたか、わたくし達。
「みんなが4階にいるようになったんでねえ、
 ぼくは3階だけど、よく4階に行くようになったよ」
 はあ。足腰強くするお手伝いはできたってことですか。
よかった、よかった。
「いや、でも、さみしいよね。
 教生の先生がいなくなっちゃうかんじに似てるかな」
あ、あ、ありがたきお言葉。
授業料をお支払いする形を取っていただいたおかげで、
わたくしは、とてもとても自由に、
鼠穴を、ほぼ日を、ウロウロすることができましたのに。
最後になって、こんな優しいお言葉を
かけて下さったりして、もおおおお、泣かせる気かあ。

本日をもって、ひどい目隊は解散しますが、
こんなに密度の濃いひどい目にあったのは、
生まれて初めてのことでした。
幸運でした。
この幸運を得た反動で、
わが愛する日本ハムファイターズの優勝が、
またまた遠のいたりしないことを祈るばかりです。
今度こそ。
では、また、どこかで。うりぞうでした。

幽霊はいつやってくるの? (最終回)
担当:ウチヤマ


ぼくの好きな映画のひとつに
「フィールド・オブ・ドリームス」という作品があります。
この映画をご覧になっていない方に、
粗筋をちょっと紹介しますね。

舞台は、1987年のアメリカはアイオワ州。
ケビン・コスナー演じる主人公レイ・キンセラは、
愛する妻と可愛らしい娘の三人暮し。
ささやかではあるけれど
自前のとうもろこし畑で汗を流し、
平和に生活をしていました。

レイは、ある日、畑の中で“声”を聞きます。
「それを作ったなら、彼はやって来る」
それってなに? 彼ってだれ?
その“声”をいぶかしく思いつつも、
その“声”が頭から離れないレイ。
やがて彼は感じます。
それが、野球場で
彼とは、1957年に他界した伝説の大リーガー
“シューレス”ジョー・ジャクソンであることを。
つまり“声”の主は
「野球場を作ったなら、
“シューレス”ジョー・ジャクソンがやって来る」
とレイに伝えたかったのです。

その日から、周囲の嘲笑と反対の中で、
レイの野球場づくりが始まります。
しかし、とうもろこし畑の半分以上をつぶして
野球場をつくることで、
一家の経済状況は、
坂道を転げ落ちるように悪化していきます。

“声”を聞いてから約1年後、
ある夜、レイはダイヤモンドの中に立ちすくむ
一人の男を見つけます。
彼こそが、30年以上も前に他界した伝説の大リーガー
“シューレス”ジョー・ジャクソンだったのです。

やがて、レイの野球場には、
次々と“シューレス”ジョー・ジャクソンの仲間たちが
グラブやバットを手に手に集まります。
バットでボールを打つ音、
ボールがグラブにおさまる音、
“幽霊”たちの笑い声やヤジにつつまれ、
フィールドは、またたく間に
はなやいだ雰囲気になっていきます。
しかし、その一方で、
経済的に破たん寸前のレイ一家には、
明日にでもこの野球場を人手に渡さなければならない、
という危機が迫っていました。

映画は、この野球場へと向かう
自動車のヘッドライトの洪水でエンディングを迎えます。
全米中からこの野球場の噂を聞きつけた人々が、
2ドル50セントを握りしめて「夢の畑」で行われる
“幽霊”たちの有料試合を
ひと目見ようと集まってきたのです。
ぼくは、鼠穴に来るようになってしばらくしてから、
この「夢の畑」と「ほぼ日刊イトイ新聞」が
なんだかとても似ているように思えてきたのです。

最初の頃は、 野球場を作っているのが、スタッフの皆さんで
試合をする幽霊たちが、執筆をしてくださる皆さんで
2ドル50セントを握りしめて野球場へやって来るのが、
読者の皆さんだと単純に考えました。
しかし、それはどうやら違うようです。

やがて、ぼくは、 スタッフも執筆者も読者も
ただただ“幽霊”が見たくって、
この野球場づくりに参加しているような気がしてきました。
映画でいうところの“声”を聞くことができた人々が、
まとめること、書くこと、読むことで
球場づくりに参加しているように思えてきたのです。

もうひとつだけ、 皆さんにお伝えしたいことがあります。
前回、ぼくが担当した「ひどい目日誌」は、
糸井さんに全ボツになった「その後」の原稿です。

ボツになったその理由は、
糸井さんがじっくり話してくださいました。
文章の理論構成に明らかな矛盾のあること。
読者にとって不親切な文章であること。
訂正の理由については、
なんのわだかまりもなく、本当にすっきりと
納得できました。

納得はできたのですが、
時刻はすでに夜中の12時をまわっていたと思います。
まったく新しいテーマで、
原稿を書くのは楽ではありませんでした。

ぼくは、ここで原稿を書くようになって、
言葉の無力さ、非力さ、不確かさに、
いいかげんうんざりしていました。
ぼくの書く日誌も、読者の方へ返信するメールも、
言いたいことの一割も届いていない。
そのもどかしさが本当に苦しかった。
そんな状況だったから
書き直した原稿も、自信が持てませんでした。

たぶん、夜中の二時をまわっていたと思います。
二度目の原稿を読んだ糸井さんから、
こんな返信のメールをいただきました。
その全文を掲載します。

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ちょっとセラピー体験記のように
読まれちゃうかもしれないけど、
いいたいことが、そのまま伝わっているという意味で、
さっきのよりずっとわかります。
よかった。
こっちのでいきましょう。
おつかれさまでした。
夜、ひとりでも怖くないでしょう?

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糸井さんのメールの中に
「よかった」のひと言を見つけた時に
ぼくは、ほんとうに嬉しかった。
どれほど嬉しかったのか上手に伝えることは
できないのですが、
とにかく、本当に嬉しかった。
そして、
言葉は、まだまだ大丈夫なんだ、と思った。

「ひどい目隊」は今日で解散です。
それぞれが、それぞれのフランチャイズへと
抱えきれないくらいのお土産と一緒に帰っていきます。

最後に、
映画「フィールド・オブ・ドリームス」から、
レイが“シューレス”ジョー・ジャクソンに会った時の
台詞を拝借します。

「ここは、天国かい?」
「いや、鼠穴さ」

ご愛読、ほんとうに、ありがとうございました。

このページへの感想などは、
メールの表題に「ひどい目日誌を読んで」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2000-04-29-SAT

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2000-04-11  担当:ハリグチ
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2000-04-12  担当:うりぞう
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2000-04-13  担当:ウチヤマ
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2000-04-14  担当:ハリグチ
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2000-04-15  担当:うりぞう
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2000-04-18 担当:ウチヤマ
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