もくじ
第1回選びきれない「名古屋めし」。 2016-06-02-Thu
第2回味仙という体験。 2016-06-02-Thu

広告制作11年目、1児の父。立浪和義が晩年、ネクストバッターズサークルに立ったときのナゴヤドームの歓声が好きでした。

ぼくの好きなもの
「味仙」の台湾ラーメン

担当・ミズノ

第2回 味仙という体験。

名古屋でしかいただけない名古屋めしの筆頭として、
僕は台湾料理「味仙」の台湾ラーメンを推したい。

味仙については、子どもの頃からの
東海ローカルでのテレビCMによる刷り込みもあり、
何となくのおなじみではあったものの、
その背景については今回、ようやく調べたようなもので
付け焼き刃感まるだしで、まったく恐縮なのだが、
1960年、台湾出身の郭明優さんという方が
「中国台湾料理」を提供すべく、
名古屋で営業を開始した店だということだ。
ラーメン屋というのではなく、
いわゆる中華料理というか、台湾料理の店だ。
この店が、とにかく、本当に美味しいのです。

僕がここへ訪れる時は、とるものもとりあえず、
青菜炒めをあてにビールをのむところから
始めるのをごく個人的な作法としている。
お酒が苦手な方はウーロン茶でいっこうに構わない。

この青菜炒めというのが、まず、絶品で、
シンプルな味付けながら、にんにくが効いており、
炒めた際のひたひたになったスープぶんは、
たとえばアヒージョのオイルのように、
パンが手元にあればつけてさらいたくなるほど魅力的だ。
とにかくシンプルな料理であり、
比較的すみやかに提供されるのもポイントだ。

味仙は、手羽先も素晴らしい。名古屋の手羽先といえば、
有名店「世界の山ちゃん」と「風来坊」を筆頭に、
からっと揚げた手羽先に、独特の甘辛いスパイスを
まぶしたものが有名だが、味仙の手羽先はこれとは異なり、
しっとりと、タレが絡められて提供されており、
甘辛さをしっかりと感じることができ、幸せだ。


かならず頼んでしまう味仙の「コブクロ」。
奥に見えるのが「青菜炒め」。

ビールから始める、とか書いておいて恐縮だが、
僕のようにとりわけ酒好きとはいえない者からすると、
「ビールに合う、」という形容詞は、
まるで知らない国の言い伝えかのように、
よそよそしく聞こえてしまう響きをもっている。
それでも、店の壁に貼られたビールのポスターを
見ながらいただくと、不思議と旨く感じるもので、
これも味仙マジックのひとつと言える。

味仙独特の、東アジアの食堂然とした、
見晴らしの良い、広い店内は、収容できる客数も当然多い。
読者の皆様におかれましては、
こうした、客席を多くもつ店舗で食事をする際に、
はじめの一品を待たされた経験をしている方が
少なくないと思う。
ましてや、多少の待ち時間を乗り越えたあとともなると、
胃袋も完璧にスタンバイできている状態であり、
序盤で待たされてしまうのは少々つらい。

しかも、いわゆる中華料理店によくある、
調理者がどうやって覚えているのか不思議に思うほど、
おびただしい数のメニューが並ぶおしながきを前にすれば、
先述のような、心配と興奮がないまぜになっている状態で、
あれこれを一度に注文してしまいがちだ。

その心配は無用だ、と言い切るには、
味仙全店舗のフード提供速度を厳密に計測すべく
駆け回ったわけでもないために自信がないが、
味仙は席数に合わせて厨房もでかく、
各料理の出されるスピードがじつに早いため、
あれこれオーダーしてしまうと、
ただちにテーブルが一杯になってしまうことが多く、
逆の意味で注意が必要なほどだ。

とはいえ、来ちゃったら来ちゃったで仕方がない。
それはそれで楽しいものだ。
どんどん食べればよく、何の問題もない。
餃子やコブクロ、台湾ちまきなんかを、
同行者と分け合いながらいただこう。

ここでようやく、このエッセイの本題である、
台湾ラーメンの話をしようと思う。
本来の、この文章における「お題」である
「わたしの好きなもの」というメインテーマに沿うならば、
ここから先の文だけで良いのでは、と後ろ暗く感じつつも、
やはりここまでの話は、台湾ラーメンを説明するのに
必要な前段であり、これほどの前振りをされるのに
ふさわしい、キングオブ名古屋めしであると改めて感じる。

ラーメンを食べる客はあたかも
「情報を食べに来てているようだ」という、
博多ラーメンで有名な一風堂の店主の指摘は、
もっともだと思う。僕自身も、食べながら
「ああこの種類の麺ね、ダシはあれかな、
お酢が置いてあるのはポイント高いね」などと、
誰が聞くでもない、自身のデータベースに感想を
ためこむことを、ついついしてしまう。

このように、「情報」を醒めた頭で、
あれこれ拾ってしまうことの反対のこととして、
それこそ言葉にならないような、
興奮を伴う感慨をもつ体験は、誰しもにあるはずだ。
音楽のライブの最中に、小説を読んでいる最中に、
テレビを見ている最中に、ゲームをしている最中に、
それこそ一風堂のラーメンを食べている最中なんかに、
幸運にも、遭遇することがある。
あの、えもいわれぬ感じは、まさに、
からだがしびれるような「体験」なのだと思うし、
僕たちは、あのからだごと感じる熱狂を求めて、
誰かがつくってくれた何かに向き合うのだと思う。

味仙の台湾ラーメンは、そうした熱狂を含む。
店のたたずまい、満席の店内、
てきぱきと動くスタッフと上機嫌な酔客が生み出す喧騒、
味の想像もつかないような料理名、
次から次へと調理される、中華鍋から発される音、
提供される料理からたちのぼる湯気、
そうした様々な要素がないまぜとなって、
味仙の「グルーヴ」を生み出している。
ひとつひとつは珍しいものではないかもしれないが、
味仙にはいつ訪れても、全部がある。
そして何よりも、いつ食べてもほんとうに美味しい。

「シメのラーメン」という言葉は、
胃の容量にまったく自信のない僕のようなものにとっては、
無謀なことを表すことわざのように聞こえてしまうだが、
こと、味仙においてはしっくりくる。

なぜなら、主役は、こぶりの丼でやってくるからだ。


「味仙」の台湾ラーメン。
写真ではわかりづらく申し訳ないが、量がちょうど良い。

すっきりとした醤油味の鶏ガラスープの中に、
ひき肉と鷹の爪とニンニクとニラなどを
クラッシュして炒めたものがぎっしりと入っている。

いわゆる、担々麺に見られるような、
ゴマの効いたとろりとしたスープの辛味とは異なり、
きりっと澄んだスープに辛味がしっかりとうつされている。
最後まで飲み干してしまう方も多いようだ。
とはいえ、刺激の多い商品であることは間違いないため、
読者の皆様におかれましては、ぜひ、
ふだんの「おなかの弱さ」を鑑みていただき、
懸念がぬぐえない方は、胃薬をご用意いただきたい。

高校生の頃、初めて食べたときのことは忘れられない。
それまでの、どの食事とも違う体験だった。
自分の限界いっぱいまで辛さを感じたのと同時に、
こんなに美味しいラーメン食べたことあったっけな?
という感覚が共存していた。

「からい」だけでなく「うまい」と、客に言わしめる
スープのバランスこそ、味仙の目指すところであると
店主が語っているのをどこかで読んだことがある。

たしかに、この台湾ラーメンというメニューを
味仙ではない、ほかの店でいただくとき、
どこか違うものを食べているような気になる。
なにせ、「台湾ラーメン」と呼ばれるメニューは、
名古屋市内で数百を超える店舗で提供されているらしい。

とはいえ、他店舗の出す台湾ラーメンは、
それぞれに異なる工夫がこらされ、それはそれで趣がある。
最近では首都圏においても「台湾まぜそば」という
メニューを提供する店が増えているが、
これはこれでやみつきになる味わいだ。

味仙では、多少、辛さのやわらいだ
「アメリカン」も提供されており、
「名古屋名物 台湾ラーメン アメリカン」と、
もはや出自を示すことを一切放棄したような
乱暴なネーミングは、名古屋人の間で
ネタにされることがしばしばある。
読者の皆様におかれましては、
いずれ、あなたの近くで味仙が語られるときに備えて、
この覚えやすいひとネタをぜひ、
持ち帰っていただければ幸いだ。

とめどなく、ぐずぐずとした長文になってしまったが、
わずかでも、個性豊かな名古屋めしの存在に
関心を向けていただければ、幸いだ。

この企画が定まってから、
帰省するタイミングがなかったため、
記載させていただいたメニューそれぞれに、
フォトジェニックな写真を存分に添えられなかった、
取材不足を最後に、お詫び申し上げます。

気になるメニューがあれば、大手口コミサイトなどで
素晴らしいレビュアーによるレポートや写真を
心ゆくまで、ご覧いただき、
さらには、ぜひ自身で味わっていただく機会が、
この先、幾度となく、もたらされることを
ささやかながら祈らせていただきたい。

今回の文を書くにあたって調べていた中で、
雨上がり決死隊の宮迫さんも、
味仙のファンであるらしいと知った。いつか、
アメトーークで味仙芸人の特集がなされることを祈って、
筆を置きます。