- ーー
- 私もこのアルバムは結構聞いていて。
私は比較的楽しかった時期だったんですけれど、
『plenty』の主人公みたいな
どこにも行けなくて停滞しているみたいな自分も
私の中に多分いて。
一人で聞いて、あえてそういう自分を見る
みたいなことをしていた気がするんです。
「おりこうさん」とか「砂のよう」が好きで。
ハローハロー おりこうさん
多忙野望 優越感
(「おりこうさん」より)
- ーー
- アルバムの中でも、
特に好きだった曲はあるんですか? - 中嶋
- 「人間そっくり」は
曲自体も好きなんですけど……
この3行が、なるほどと思っていて。
君が髪を切った
キレイだった すごく似合ってた
問題は君を好きなのかどうか
(「人間そっくり」より)
- 中嶋
- 「問題は君が好きなのかどうか」って
あんまり出てこないなって。
「君」とか「あなた」みたいな言葉が出てきても、
結局自分のことしか歌っていないな
ってところに共感して。
あと、最後はずるずるずるずる
「まぁいっか」とか「今週何しよっか?」とか
結局なんにも考えていないみたいな。
それを嫌だと思っていても
そういうふうな方に行っちゃう状況が
教習所に通っていた自分にもあって。 - ーー
- はい。
- 中嶋
- 周りの人がなあなあと生きている
って言いたいわけではないんですけど、
それなりに楽しんで生きて、
それなりに芸術とかも、みんなが好きなものを
かじって生きていくことに対する疑問
みたいなものがすごくあったんですよ。
でも、逆にそういうふうに思っていると、
「人間そっくり」みたいに
他人ができることができなくなっていくみたいな。
就職しても、大学に入っても、
みんなができることができないじゃないかって不安で。
それを新しいステージに入っていくときに、
ずっと俺は感じていて。自分がコミュニティーの中で、優秀な方でいられることって
あんまりないじゃないですか。
基本的に一番下に入っていくので。 - ーー
- 確かに、そうですね。
- 中嶋
- 小学校6年生だった人が中1として入っていくことに
俺はすごく不安があって。
めっちゃ不安だなって思っているときに、
教習所に通っていて。
他にやることあるじゃん、
もっと有意義な生活ができるんじゃないか
って思っている一方で、
結局そんなことはないっていうのを
すごく感じていたんです。 - ーー
- はい。
- 中嶋
- 教習所に行っていなくても
この時期はそういうふうに思っていたのかもしれないけど、
結局…… なんだろう、
理由のない不安みたいなものが
その当時にはすごくあって。
特に何かあったわけではないけれど
ずっと思っている悲しさを、
肯定された気がしていたんですよね。
嬉しいときには大抵理由があったりするんだけど、
悲しさみたいなものの無意味さみたいなものって、
あんまり人から肯定されることってなくて。 - ーー
- うん、はい。
- 中嶋
- そういうものって、
自分の中で消化はされないまま大人になっていく
みたいなところがあると思うんです。
例えば、
やだな就職したくないな、みたいな気持ちが
だんだん消えていくんだろうな
というのはわかっているんだけど、
そのときはずっと思っていて。
そういう気持ちから
逃げていたんですよね、『plenty』で。 - ーー
- そういうものなんだ、というふうに?
- 中嶋
- それでいいんだよって言ってもらえた
っていうのが救いになったというか。
そういう生活をしたいわけではないんだけど
なってしまうときに、
「違う」っていうふうにも言わないし、
「一人でいい」っていうふうにも言わなくて、
一人でいたくないんだけど一人でいるっている状況を、
肯定してくれたのがすごく大きくて。
そういうのってあんまりないなって。
多分日本語じゃないと、
そういうふうに思わなかったのかな。
これだけ歌詞のある曲だったからなのかなって。
「蒼き日々」とかめっちゃ聞いたな。
結局ずっとひとりですもんね。
朝が来るまでは僕だけが正義。
蒼き日々だけが続いてゆく
今更何を怖がる?
独りきりでもいいだろ
(「蒼き日々」より)
- 中嶋
- 僕は割とそういうふうに、
音楽を聞いてきたところはあるかもしれないですね。
そのときの気持ちを、すごく比喩的に言えば、
部屋のコルクボードにとめてくれたというか。
あんまり言葉にできないですけど、
気持ちをそのままとめておいてくれたみたいな、
脚色せずに。
そういうアルバムかなっていうのはすごく感じます。
いいアルバムだなぁ……。 - ーー
- 3年経った今も、
『plenty』、振り返って聞いたりするんですか? - 中嶋
- ちょうど今年(2015年)に
新しいアルバムが出たりしているんですけど、
やっぱりこれが好きだなって思いますね。
plenty自体もドラムメンバーが辞めたりした時期で、
江沼さんのエゴが全部に出ているアルバムだったんで。
大人とか子供とか、少年とかいう言葉がすごい出てきて、
彼も狭間にいたのかなって。
でも、彼らもそこから抜けた感はあるので。
悩んで悩んでオーケーみたいに終わるじゃないですか。 - ーー
- そうですね。
「蒼き日々」は、印象ですけど
視界もひらけていく感じがあるなぁって。
- 中嶋
- あの、音楽とかアートで
思ったことだったり感じたことって、
言葉にしていったときに
ちょっとずつこぼれていくものだと思っていて。
なるべく削れないように伝えていくことが
重要なんだって思うんです。高校のときから漠然と思っているイメージがあって、
人の心とかはちゃんとまあるくなっているけれど、
それを伝える言葉は、
ドーナツみたいに真ん中がないってなんとなく思っていて。
真ん中が抜けた円になっていて、
上からさーっと降りてきたときに、
真ん中も外も抜けちゃうっていうイメージがあって。
「掴めなかった」みたいな。 - ーー
- そのイメージ、すごくわかります。
- 中嶋
- そういうところを音楽は埋めてくれる感覚があって。
スポーツもそうなんですけど。
身体で表現するっていうのは、
そういうところを埋められるんじゃないかって。 - ーー
- ああ、スポーツも。なるほど。
- 中嶋
- 大学入ってから精神衛生上保てているのは、
バレーをやっているからっていうのがあるなあって
最近は思いますね。
高校のときはそんなこと思っていなかったんですけど。
バレーって、
試合中しょっちゅうハイタッチをするんですよね。
それがいいなって。
見ないでハイタッチできるようになるんですよ。
向こうが出しているのかなんて見てないのに、
パンパンパンパンて。
そこで俺は仲間がいるから、生きていけるのかなって。