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第0回お直しの日々 2016-11-08-Tue

長い学生生活のあと、社会人になって、早いもので10年以上が経ちました。ふだんは本の編集をしています。以前は外食が多かったのですが、ごはんを自分でつくり始めたら、うつわの楽しさがわかるようになりました。ただ、そそっかしいので、たまに悲鳴が…

お直しの日々

お直しの日々

担当・レレレ

たいせつにしている食器を割ってしまったときの
あのなんとも取り返しのつかない気持ち、
心当たりのある方は多いのではないでしょうか。

気がついたら、欠けてしまっていたり、
うっすらヒビが、なんてことも……

そんなある日、漆をつかって繕う金継ぎに出会って、
お直しの日々がはじまりました。

この数年、静かにはまっていることがあります。

金継ぎという、割れたり欠けてしまった器を
繕う方法があるのを、ご存知でしょうか。

ずっと使っていたごはん茶碗のふちが、
欠けていることに気づいたのが、はじまりでした。

そのあと、うっかり手をすべらせて、
急須のふたを落として割ってしまい、大反省。
でも、それを理由にお別れするのは
なんだか惜しくて、紙に包んで、
そっと食器棚の奥にしまっておきました。

お直しに出そうかな。
でも、せっかくなら、自分でできたら、
楽しいだろうなあ。

そんなことを考えながら、金継ぎの受付を
している店のウェブサイトをのぞいていたら、
体験型ワークショップのお知らせが…!
さっそく申し込んでみることにしました。

講師はふだんは、漆の塗師さんを本職にされている方で、
漆をつかった仕事の延長で、金継ぎの相談も
受けることになったのだとか。

金継ぎと呼ばれることが多いものの、
それは最後の仕上げに、金を蒔くことからきていて、
欠けた部分を埋めたり、割れたものを
くっつけるのは、漆をつかって行うことから、
漆継ぎということもあること。
また、仕上げは金だけでなくて、銀でもいいし、
錫などを使うこともあって、
もとの器の色や柄との相性で考えたりするのだそう。
さらに、直接触るとかぶれやすい、
漆の扱い方の説明を受けて、それぞれ持参の器をもとに、
実際にやってみることになりました。

まずは欠けた部分を埋めることから、はじまります。

生漆という、精製前のそのままの漆と、
砥の粉という砥石を削った粉末を混ぜ合わせた
「サビ」をつくります。

これをパテのように欠けたところに
うすーく薄く塗り重ねて埋めていくのですが、
早く進めたい!と勢いあまってたくさん塗ると、
中心部分が生乾きになってしまい、
結局やり直しになるので、要注意です。

さっとうすく塗って、乾かすこと一晩、
また、サビをつくりなおして、塗っては乾かし、
はみ出したところをナイフで削り、
表面がたいらになるまで繰り返します。
だいたい5ミリくらいのちいさな欠けで3回くらい、
大きな欠けの場合は、10回以上になることも。

次に、割れてしまったものは、
まず、かけらのパーツを全部そろえて、それをはめ合わせて、
直したときを再現します。
大物になると、一度にくっつけるのは難しいので、
どの順番でつけていくのか、設計図を考えます。
それから、小麦粉を水で練って耳たぶくらいの硬さにしたものに、
生漆を混ぜて、チューインガムを踏んで、しまった!
と思うあのネチャネチャした状態にしたものを糊がわりに、
割れたパーツを一気にくっつけていきます。
このとき、みっちり隙間なくつけておくのが大事です。
そうでないと、後でずれてきてしまいます。

パーツが足らなくて、隙間が残ってしまったところは、
欠けのときと同じようにサビで埋めて、元どおりになったら、
仕上げ用の精製した漆で、表面の下塗りを2回ほど。

最後に漆をもう一度塗ったたうえに、仕上げの金粉を蒔くと、
一瞬にして、目の前の景色が変わって、もしかしたら、
あの傷がなかったら、この姿には会えなかったのか、と思うと、
ちょっと特別なうれしさがあるのです。

そこに至るまでの、サビをつけては乾かし、また削って、
すこしずつすこしずつ、本来そうであっただろう表面に近づていく
地道な作業も、実はけっこう好きだったりします。

たまに、ぼーっとやっていると、思わず力を入れすぎて、
せっかく平らに近づいていたのに、ごりっとナイフで削ってしまい、
やりなおしになることも少なくなくて、ほんとうに一進一退。
ときに修行みたいな心持ちになったりしながらも、
ていねいに仕上げると、やっぱり出来あがりがよいので、
ついつい手が動いてしまいます。

それに、よそおい新たなその姿を毎日の食卓で楽しめるのも、
なんだかうれしかったりもして。
いつしか、無心に手を動かしつづけているこの時間が、
わたしの一日の終わりのたいせつな時間になっていました。

そんなこんなで、うちの食器は気づけば、
金継ぎで生まれ変わったお皿で大にぎわい。
(そそっかしさが、バレますね…)

そのうち、家族や友達からもお直しの相談が舞いこんできて、
気に入ってもらえるといいなあ、と思いながら、
夜な夜な、お直しの日々はつづきます。